21.アークライト家再びと夜の続き
「お初にお目にかかります、王立医学学園から参りました、ロビン・ウエッジウッドと申します」
先触れはあったものの、実際に本物を見てしまうと、さすがのアークライト家当主デイヴィッドも長年執事を務めているスティーブンも冷や汗が出そうになる。
無理もない。今大きなトランクを持って目の前にいるのは、この国最高の医師だからだ。そして国王専属の医師。どれだけお金を積んでもどれだけコネがあっても、王命でしか動かないような医師がアークライト侯爵邸を訪ねてきたのだ。
先触れがあったのはつい二日前のことだった。あまり見慣れない封筒だったが、封蝋を見た瞬間スティーブンは慌てて当主であるデイヴィッドの元に駆け込んだ。紛れもなく、この国の王族しか使えない印璽だったからだ。
王家からの文書など、恐ろしくて恐ろしくて何事かと思いながらデイヴィッドが封を開けてみると、そこには、当主の治療のためにこの国の医学の最高権威、ロビン・ウエッジウッドを派遣する、というまるで眩暈がしそうな内容が国王の名と共に記されていた。
「これ…は、なぜだ?なぜ私のために陛下が動いてくださるのだ…?」
何度も述べるようにアークライト家はあまり政治の中枢部に関与している貴族ではない。侯爵というそれなりの立場はあっても特に国益となるような働きをしてきたわけでもなかった。ただ質朴誠実に与えられた領地を大切に大切に発展させてきただけの貴族だ。
「………アンジェラ様」
スティーブンの呟きにデイヴィッドは文からはっと顔を上げた。
「アンジェラさまが今いるフェイ辺境伯家の先々代の当主は現在の陛下の兄君であらせられました。…その関係で今も王室とフェイ家のつながりは非常に深いと聞き及んでおります。もしかしたら、アンジェラさまが現当主に働きかけてくださったのかもしれません」
「そんな…」
デイヴィッドは頭を抱えたくなる。
最近ではもう使用人はほとんど目を合わせない。それどころか優秀な人材が一人、二人と退職願を出し始めたのだ。なんとかスティーブンが当主の記憶が戻るまでは思いとどまってくれと頼みこんで現在ようやっと足止めをしている状態なのだ。
使用人が辞めていく原因。それは、娘であるアンジェラを辺境へと追いやったからだ。
――――そんなアンジェラが、私のために?
ちり、と胸の奥が痛む。私が愛した妻に生き写しのあの美貌。
使用人たちの態度のあまりの変化に、キャロルの言い分だけを聞いていたのはあまりに早計だったと最近では考えを改めるようになってきたところもある。だが、デイヴィッドはどうしてもキャロルの言葉を信じてしまう。どうしたって愛しているのだ。
そんなキャロルと折り合いの悪いアンジェラを屋敷に戻すのは、まだ些か抵抗がある。
と、まあこんな流れで今目の前には国一番の医学の権威、ロビン様がいるのだ。
「さて、と。早速診せていただいてもいいかな?」
にっこりと笑うロビンは、とても腰が低く、人当たりのいい笑顔でデイヴィッドに尋ねる。
もうわけもわからず目を白黒させながらデイヴィッドは頷くしかなかった。
―――――――
血液・唾液採取ののち、ロビンは大きなトランクから液体が少しずつ入った複数の試験管を取り出して採取した検体を少しずつその中に入れていく。そののち、デイヴィッドに向き直り、触診を終わらせてから紙にいろいろと書き込んでいく。
しばらくすると検体の検査結果も出たのか、一つ一つ試験管を覗き込んではまた紙に書き込んでいく。
診察開始から二時間以上は経っただろうか。ううむ…と難しい顔をしてロビンが押し黙り始めた。
「あの…結果は…」
デイヴィッドがおそるおそる尋ねる。
「ああ、…そうですね。記憶の方は、ううん…いや、こっちが先かな。…最近、薬を盛られましたか?」
「「えっ!!?」」
デイヴィッドとスティーブンの声がハモる。
デイヴィッドはともかく、執事であるスティーブンがこのような場で声を出すのは珍しい。それほど衝撃的な言葉だったのだ。
「薬…?ですか?いえ、心当たりはありませんが」
デイヴィッドは困惑しながらも答える。最近体調不良などがあったわけではないし、しかし薬を盛られた可能性と言えば…
「数か月前に、賊に襲われたことがありました。その時になにか服用させられた可能性はある…かも、しれません」
「いえいえ…これは一回だけ飲まされた人間の血液反応ではないですね。おそらくご当主様は定期的に何かしらの薬を飲まされています」
「なん、です、と…?一体どんな薬を…?体調不良とかはないのですが」
「そうですね。…もう一回検体を採取させていただいてからでないと詳しいことはお話しできないのですが…ああ、あの御方の危惧通りになってしまったか…」
ロビンが最後の方は独り言のように呟いていたのでデイヴィッドもスティーブンも聞き取ることは出来なかった。
「失礼ですが、ご当主と執事様…のようにお見受けしますが、お食事内容は一緒でしょうか?」
ロビンの問いかけにスティーブンが答える。
「はい、我が侯爵邸では当主とご家族に出す肉などは良質なものを使っていますが、使用人のは肉や魚の質が落ちるだけで、調味料などは全く同じものを使っておりますし、同じ鍋で煮たり焼いたりしています…ので、基本的には同じと言えます」
「それだと少し裏付けが弱いな…」
裏付け?ロビンの言葉に当主と執事は首を傾げる。
「ご当主様とまったく同じ食材で食事を摂られている御方はこのお屋敷にいますか?」
「はい、後妻のキャロル様と息子様のレイブン様です」
スティーブンの解に、ロビンはふむむ、と顎を擦っていたが、やがて顔を上げて尋ねた。
「どちらかの検体を摂取することは可能でしょうか?ご当主ほど量は要りません。」
「…承知した。私がレイブンに掛け合ってみましょう」
デイヴィッドの言葉にスティーブンは驚いてしまう。まさか当主である彼が請け負うとは思っていなかったからだ。
「キャロルは女性だからな、むやみに傷がつくのは嫌がるだろう。レイブンは、最近カジノに行くお金がないと言っていたから、小遣いをやる代わりに検体接種に付き合ってくれと言えば付き合うだろう」
「それならば、すぐにレイブン様を呼んでまいります」
執事のスティーブンは慌てて部屋を飛び出して行った。
――――――――――
「ん…頭、痛っ…」
「あら、お目覚めになられましたか?ルーカス様」
「おっ、起きたねルーカス」
あの後、すとん、と落ちるように眠ってしまわれたルーカス様は、一時間ほど眠ったのちにゆるりと目を覚まされた。
その間アーサー様はルーカス様の小さい頃のお話をしてくださったり、どんな仕事っぷりかというのをとても面白くお話してくださっていたのだ。
さすが王族というか紳士というか、話にもきちんと起承転結があり、とてもお話上手だった。聞いているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。
「俺…っっ!!!すまない!アンジェラ、アーサー!」
大慌てでソファから身を起こし、ぼさぼさになった髪を手で直されるルーカス様がとても可愛くて、あらあら、そこの謝罪は王族のアーサー様を優先するべきところでは?と思ったけど思わずくすくすと笑ってしまう。
「いや~~僕は構わないけど、誘った令嬢を放っといて寝るのはどうかとおもうなぁ」
「いえいえ、あれだけ強いお酒を一気に煽られたんですもの。最近は仕事ばかりでお疲れだったんですよ。お気になさらないでください」
アーサーさまのやんわりとしたお咎めに私は首を横に振りながら返す。
「いや、ほんと、すまない。アンジェラ…っ、それはアーサーが全面的に正しい」
未だ大慌てのルーカス様。ふふ、なんて可愛らしいのかしら。
「大丈夫ですわ、はい、ルーカス様。お水です」
私は水が入ったカラフェを手に取り、コップへと注いでからルーカス様に手渡した。ありがとう、と言って受け取られたその時に、ルーカス様と指がほんの少し触れあった。お酒のせいか、少し熱い。
と、同時に。
胸の奥がどくん、とまた波打った。
――――まただわ。
最近心がせわしない。これがどういう因果で成り立っているモノなのか、まだ私には情報が足りないわ。でも、これだけは言える。決して不快なものじゃない。
私から受け取った水をごくごくごくと一気に飲み干していくルーカス様。喉仏が上下に動くのすら美しい。と同時に、ぷはっと幼い少年のような笑顔でコップから口を離されたその仕草があまりに可愛い。
私よりも年上の殿方に可愛いだなんて失礼かもしれないけれど。
「アーサーも、アンジェラもあれからずっと飲んでいるのか?」
「うん、アンジェラ嬢結構強くてびっくりしてるよ。そんなに量はないけど、これだけの度数の酒をずっと同じペースで飲んでるからね。令嬢にしては珍しいなって思ってた」
「離れで生活していた時、たくさんの蒸留酒がありましたの。それでお腹を満たすときもありましたので、少しずつ鍛えられたんですわ、きっと」
私が言うと、途端にルーカス様もアーサー様もさっと表情を曇らせた。
「…僕、料理長におつまみだけじゃなくてなんか作るように言ってくる…」
「いや、さすがにお前がうろつくのは悪いだろ、俺が行ってくる」
「アンジェラ嬢と僕が二人きりになってもいいの?」
「…う…、そ、それは」
「あ、なら私が行ってきましょうか?」
なにやら揉めてるようだったから、私が名乗り出ると。
「なんでだよ」
「なんでなの」
絶妙に目の前の美丈夫たちのセリフが被った。




