17.あなたとガゼボで朝食を
朝は7時にきっちり目が覚める。
今まではカリンが起床と同時にお湯と化粧品を持ってきてくれていたけれど、ここに来てからは全部自分でやらないといけない。
「ほんと、お義母様が離れに行くように言ってくださらなかったら、今頃大変なことになっていたわ。自分で全部できるようになっていてよかったわ…」
カーテンを引いて窓を開ける。さわやかな朝の空気がとても気持ちがいい。
ここは屋敷の3階部分で、遠くまで見渡せる。初めてここに来たとき、遠くの方に巨大な山脈が見え、ここが本当に辺境の地だと、ワクワクしたことを思い出す。
「おはよう、アンジェラ」
不意に下の方から声が聞こえ、私は下にいる人物を見て破顔した。
「あら!おはようございます、ルーカス様。お早いですね」
そこには、さわやかな朝に負けないくらいのさわやかな笑顔のルーカス様がいた。
「何をしてらっしゃるんですの?」
「鍛錬をな。走り込んでた」
「まあ、いまからお仕事ですのに」
「今日は一日執務室に缶詰めなんだ。朝動いてないとどうも気持ちが悪くてな」
「まあ、ふふ。すごいですわ」
ルーカス様は、シンプルな黒のシャツに、ラフなズボンで朝の光の中におられた。まるで一つの彫像のように整った顔に引き締まった美しくしなやかな体躯。
ただ単に造形として美しいのは勿論のこと、その佇まいやところどころに見える体の傷に、この人がどれだけ努力して生きてきたかが垣間見える。
凛、という言葉がこれほど似合う男性もいないでしょうね、と思ってしまう。
思わず、口から素直に言葉が出ていた。
「美しいですわ」
「ん??何がだ?」
「ルーカス様がです。あまりに素敵で見惚れました」
「ん゛ん゛っ!?!?」
突然の誉め言葉にルーカス様が目を白黒させて、頬を赤く染められた。ふふ、こんな言葉、耳にタコができるほど聞き慣れているでしょうに。
にこにこしてルーカス様を見ていたら、ごほんっと咳払いをされた後に問いかけられた。
「あー、その、なんだ。アンジェラは朝のご飯は食べたか?」
「いいえ、まだですわ。今から使用人食堂に行くところでしたの」
「そうか…もしよければなんだが、一緒に朝食を摂らないか?」
突然のお誘いにびっくりしてしまう。一使用人ごときがご主人様と食事を共にしていいのだろうか。
そんな私の思惑を見透かしたかのように、ルーカス様はとても素敵な笑顔で言ってくださった。
「俺が、お前と食べたいんだ、アンジェラ。…どうかな?」
「ふふ、光栄ですわ。ぜひご一緒させてください」
「そうか。なら、中庭のガゼボで待ってる」
「ええ、支度してまいりますね」
そう言って窓を閉めた途端。胸の奥からぽわぽわと今まで感じたことがないような温かな気持ちが湧き上がってくるのを感じる。嬉しい。
「急いで支度しなきゃ」
まだお仕事用のドレスは届いていないから、支給されているメイド服を着て、使用人食堂へと向かった。旦那様と朝食を摂ることをメイド長のカスガに伝えないといけない。
この数週間で城内の使用人たちとはすっかり仲良くなった。
少し急ぎ気味で食堂に向かう私にいろんな人が声を掛けてくれる。
「おう、アンジェラおはよう!」
「アンジェラ―!飴ちゃんあげるー!」
「アンジェラ、今日仕事終わったら皆で飲まねえ?」
一つ一つに返事をしながら食堂へ到着する。カスガをすぐに見つけて、小走りで近寄って旦那様を食事をする旨を伝えると。
ガタン!と音を立てて、カスガと、同じテーブルで一緒に食事をしていたグループの女子3人が一気に立ち上がった。皆一様に怖い顔をしている。
「えっ?えっ?」
これは、やはり抜け駆けだと思われてしまったのだろうか。そんな風に考えていると。
「「「「あり得ない!」」」」
カスガ含む四人の声が揃って私はびっくりしてしまう。
「ええっと、やっぱりあり得ない…かしら、やっぱり、今から断って…」
「ちがーーーーーーう~~~!!」
カスガが大声で言って、私はびっくりする。な、何が違うの?
「ルーカス様と朝食デートなのに!!なんでメイド服なんか着てるの!?そこは!もっと!こう!可愛いワンピースとか!ってああああアンジェラは服がないんだったああああ~~~よし皆の衆!!いくよ~~!」
「「「合点!!!!!」」」
が、合点??
そのまま私は4人に引きずられるようにして食堂から連れ出されたのだった。
そして、その中の一人、リカさんの部屋に連れて行かれ。
メイド4人の手によってあれよあれよと可愛いくてシンプルな品のいいドレスに着替えさせられ、メイクをされて、「ほ~い!アンジェラ行ってこ~い!」と訳が分からないまま、中庭のガゼボに連れて行かれ、背中をとーーーんっと押された。
「あ、ありがと…」
う、と言いながら後ろを見ると、そこにもう4人の姿はなくて。
「!?!?!?!?」
な、なんという早業…。
きょとん、としていると、ガゼボの方からくっくっくっとかみ殺した笑いが聞こえた。
「ああ、あのっ遅くなってすみませんルーカス様」
慌てて頭を下げる。
いくら早業だったとはいえ、着替えなおしてメイクまでして、時間が掛かったのは間違いない。でも、ここで4人が着飾ってくれて遅くなりました、というのもちょっと違う気がして、私は素直に謝罪した。
「いい、いい。カスガ率いるあの4人のことだ。大体事情は察したさ。…可愛いな。アンジェラ。良く似合ってる」
「ありがとうございます」
「そこで照れてくれたらなぁ…ま、気長にいくか」
「?どういうことです?とても嬉しいですよ」
「ま、今はそれでいいさ。さ、座ってくれ」
「失礼します。…ローガン様は?」
座りながら問うと、ルーカス様は良い笑顔で言った。
「ローガンには席を外してもらった。二人きりだ」
「いいんですの?」
「構わない。俺は紳士だ」
お付き合いもしていない、婚約者でもない男女が二人きりというのはさすがにまずいのでは…と思うけれど、ローガン様には伝えてあるようだし、それでもいいということは大丈夫なのだろう。
もともと中庭のガゼボだから、様子はどこからでもうかがえるものね。
椅子に座り、テーブルの上に並べられている料理を見て私は思わず感嘆の声を上げた。
「まぁ…!クレープですか??」
そこには、クレープの生地と、沢山の果物、スイーツ、野菜、ハムなどが所狭しと並べられていた。
「たまにはこんな趣向もいいかと思ったんだ。アンジェラ、何食べたい?」
そう言ってルーカス様がクレープ生地を1つ皿に取って聞くものだから、私はえっ、と声を上げる。
「作ってくださるんですか」
「ああ。包むくらいなら俺にもできるからな」
「まぁ…!なんて嬉しいんでしょう。ふふ、私とても幸せですわ今」
「それならよかった」
ルーカス様がニコニコと笑われる。あまりにも美しいお顔なので、笑顔の破壊力が凄まじいわ。
でも、私を喜ばせようとしているのがありありと伝わってきて、私はたちまち幸せな気分になる。
「それなら、一つ目は…お野菜とハムと卵をいいですか?」
「ああ。任せとけ」
そう言ってルーカス様はささっと具材を乗せて、くるくるくるっとクレープを巻いて私に差し出してくださった。
「ほら」
「まぁ…!こんなに早く巻けるだなんてお手先が器用ですのね。ありがとうございます」
差し出されたクレープに、少し身を乗り出してパクリ、と口を開けてルーカス様の手ずからいただく。なんて贅沢。
あまり一度に大口を開けて沢山食べられないのだけど、端っこの方にもレタスやハムはきちんと巻かれていて、私の小口でも、充分美味しいお味だった。
「美味しい…!なんて幸せなんでしょう」
「……」
「る、ルーカス様?」
はた、とルーカス様を見ると顔を片手で覆って真っ赤になって俯いておられる。
「まさ…か…っ、直接食べられるとは思ってなくて…だな、その、悪い…いや、くっそ可愛いなちくしょう…」
最後の方はほとんど独り言だったので何を仰ってるかわからなかったんだけれども…
「ごめんなさい、ルーカス様。私また甘えてしまいましたね。手ずから食べさせてくださるのかと勘違いしてしまって」
でも、美味しくて嬉しかったですわ、と言うとルーカス様はそれは良かった、と照れたように笑いながら、でもとりあえず身が持たないからクレープは自分の手にとって食べてくれ、とおっしゃった。
身が持たない…?ルーカス様筋肉質なのにクレープそんなに重かったのかしら???




