12.君はどうしたい?
「アークライト侯爵家の一人娘…だと!?」
報告書を見た俺は思わず叫んだ。ローガンも、めったに見せないような難しい顔をしている。
「何をどう間違えたら侯爵家の一人娘がこんな辺境伯家のメイドに募集する流れになるんだ?」
俺の動揺に、ローガンは2枚目をご覧ください、と言ってくる。
そして2枚目の報告書に俺はますます頭を抱えることになった。
「当主が記憶喪失…?酒場の給仕を後妻に…?後妻の息子は養子…?だめだ、わけがわからない。なんだこの情報量…というか、アンジェラはこれ確実に虐げられてるじゃないか」
「はい、カリンというメイドが全部話してくれたようです。それはもう憤懣やる方ないという感じで。」
「朝からいびり倒し、金目の物を奪おうとしたりしても、いっさいそれに気づかないアンジェラもすごいな…いや、だが侯爵は何をしていたんだ?いくらなんでも気付くだろう」
「それについては3枚目を」
言われ3枚目に目を通す。報告書によると、侯爵が在宅の間はあの親子がアンジェラを虐げることはしなかったらしい。留守の時に執拗に嫌がらせを行っていたらしい。
だが、当の本人はまっっっったく嫌がらせだと気付いてない上に、その天然さゆえに本人も気付かないうちにやり返していたことの方が多いとのこと。
使用人が見るに見かねて、侯爵に報告すると、侯爵はアンジェラを呼び出して真偽を問う。そうすると、アンジェラ本人は嫌がらせに気づいていないため、きょとんとして『なんの話です?』と言うことになる。
結局使用人の勘違いということで話が終わってしまうとかなんだそのおかしい展開。
「侯爵が記憶喪失になってからは、堂々と離れに押しやって厄介払いをしてたようですね。記憶がないことをいいことに、その親子が色々侯爵に吹き込んでしまい、記憶喪失というショックもあったのかすぐに親子の方を信じてしまったようです」
「嘘みたいな話だな…よくスレなかったなあいつ…」
「アンジェラ様はおっとりされているようで、芯が強い方なんでしょうね。辺境伯家のお嫁さんにはぴったりですな」
「…何が言いたい」
またこの爺は余計なことを考え出したなと、俺はジロリと睨め付けた。
「いえいえ、いけませんな。歳を取ると本音がダダ漏れになりましてございます」
「漏らすな漏らすな」
とりあえず今はその話題をスルーして俺は報告書を読み進めていく。最後まで読んで、俺はもう抑えが効かなくなり報告書を机に打ち付けた。
「自分の小遣い欲しさにアンジェラを出しただと…!?!?!何を考えているんだ!!!馬鹿も休み休み言え!!!」
「落ち着いてください、坊ちゃま」
「だいたい侯爵は何を考えているんだ!記憶はなくとも、使用人や周りの人間がアンジェラのことを娘だと言っているならそれ相当の扱いをするのが普通だろう!侯爵ともあろう人間が何を言いくるめられているんだ!」
「落ち着いてください」
「落ち着いていられるか!しかも給金を自分の懐に?馬鹿じゃないのか!?管理費だって少なくない額渡されてるだろうに!おい、ローガン!給金は絶対にアークライト家へ送金するな。アンジェラに直接渡せ」
「坊ちゃま!!!」
ローガンの言葉に俺はびくっと肩を震わせた。頭に血が上ってしまったことに即座に気付く。
しゅるしゅると怒りがしぼんでいき、冷静さが戻ってくる。
「…全く。こういうときこそ冷静になってください」
「…すまなかった。血がのぼった」
「情に厚いところは坊ちゃまの美徳ですがね。過ぎた美徳は身を滅ぼします。…さて、どういたしましょうか」
「アンジェラの今後…か?」
「そうですね…令嬢だと知ってしまった以上メイドとして働かせるわけにはいきませんね。侯爵の記憶が戻った時に、我が家がメイドとして扱っていたとなってはそれこそいらぬ火種を生むことになるかと」
「ここにメイドとして出したのはあちらだ。どう考えても自業自得だろう」
「だと、してもです。諜報員を使って令嬢だと調べが付いたうえで働かせていたとなれば、賠償問題などと騒がれた場合どう頑張ったってこちらの分が悪いのです」
「向こうでも離れに追いやって、令嬢とは言い難い扱いだったじゃないか」
「生家と他人の屋敷では同じことをしていても意味合いが違うのですよ」
「そんなもんか?」
「そんなものです。悪いことを企む人間はどんな些細なことでも掬い取って揚げ足を取ってくるのです」
「…それならどうしたらいい?悪いがアークライト家に返すという選択肢は無しだ」
「私もそれには同意いたします。ですから…こういうのはどうでしょう?」
目の前の狸ジジ…もとい策士はにやり、と不敵に笑って見せた。
―――――
夜、私はルーカス様に呼ばれて、彼の執務室の前に立っていた。今日は一日掃除に庭仕事にとてもとても疲れていたのですぐにでも眠りたかったのだけれど、ご当主からの呼び出しを断るわけにもいかない。
こんこん、と二回ノックして名乗ると、ルーカス様自ら扉を開けてくれた。
「よく来た。少し話したいことがある。…お酒でも飲みながらどうだ?」
「まあ、嬉しいお誘いありがとうございます。では、ぜひ頂きたいと思います」
ローガン様がす、と部屋の戸棚からグラスを2つとお酒を持ってきてくださる。オールド・パームス四十年物の高級蒸留酒だわ…!お父さまのお気に入りコレクションの一番高い棚に乗っているやつだわ。
「まあ、そんないいお酒を…!」
「これを一目見て良いお酒だとわかるのも相当なものだがな」
ルーカス様が苦笑して、何かおっしゃったけどよく聞き取れなかったわ。
ローガン様がグラスにとろりとした琥珀の液体を注いでくださる。ううん、いい香り。
「ローガン、軽く摘まめるものを用意してくれ」
「かしこまりました、厨房に伝えてまいります。アンジェラ様、爺はしばし席を外しますがそこの坊ちゃまは不埒なことが出来るほど器用な男ではありませんので安心してお酒を飲まれてくださいませ。すぐに戻ってまいります」
「ローガン!」
ルーカス様が慌ててローガン様を叱りつけるけど、ローガン様はどこ吹く風で飄々と部屋から出て行かれた。
「まったく…あの爺は…」
「ふふ、良いじゃありませんか。気の置けない臣下というものはなかなか大事な存在ですわ」
「まあ…それはそうなんだが。ああ、堅苦しくしないでくれ。俺のペースとか気にしないでいい。好きに飲んでくれ」
「まあ、それではいただきます」
そう言って私は蒸留酒を口に少し含んだ。強いお酒だから、少しずつ飲まないとすぐに酔ってしまいそうだ。
「どうだ?ここにきてもう2週間経つが、なにか不便なことなどはないか?」
ルーカス様が優しいお声で聴いてくれる。言葉遣いは少々荒いけれど、お顔は本当に今まで見たどんな方よりも美しく、そして一見優しそうな顔をしている。言葉遣いは荒いけど(2回目)
「いいえ、驚くほど皆さん良くしてくださいます。ここに来てから野菜だけではなく肉や魚などもしっかりいただけるもので、少し太ってしまった気すらしますわ。毎日石鹸などで体を洗えるのもとてもありがたくって」
前の缶風呂のときは、お湯には浸かれたけど洗髪剤などはなくて、髪の毛がギシギシしていたのが悩みだったから、ここのように洗髪剤も基礎化粧品なども使い放題なのは本当にありがたい。
そんな風にのほほんと考えていたから、次のルーカス様の言葉に私は脳天を突かれたが如く衝撃を受けた。
「そうか…不便に感じていないのなら良かった。で、だ。悪い、俺はまどろっこしい方が下手だから単刀直入に言う。…明日からメイドとして働かなくていい」
…。
……。
咄嗟のことに言葉が、出てこなかった。頭が真っ白になってしまった。
「おい、おい、アンジェラ」
「…私、何か、してしまいました、か…?」
必死で思考回路を巡らせる。初日以外はきちんと8時間労働を守っていたし、物品を破損したこともない。真面目に真面目に働いてたはず…「おいアンジェラ」はっ!まさか令嬢としての常識一般の非常識だったのかしら?いえ?でもちょっと待って。「おーいアンジェラ」メイド仲間のリカさんとか働き者だねとか言ってくださったし、料理長とかもよく気が付いて偉いなとか言ってくれたし、庭師の…
「おーーーーーーい!アンジェラ!!!帰ってこい!!!」
「…っ!」
ルーカス様の一声で我に返る。
「まったく。坊ちゃまはこれだから」
いつの間にかローガン様も帰ってきて、大きなため息を吐いていらっしゃる。
「単刀直入に言うのは構いませんが、順序があるでしょう。理由付けもしていない直接的な言葉は逆に混乱させるだけです。一から話してください一から」
「んっ?あ、ああ。そうだな。すまないアンジェラ。気が急いて」
「すみませんねアンジェラ様。我が坊ちゃんは顔だけは王子なんですが、なんせ女性の心の機微とかには本当に無頓着で…ほんと、顔だけは王子なんですが」
「それ2回言う必要あるか???」
え、ええと?よく分からないけれど。つまりはこの話に至る何かがあるのね?
「大丈夫ですわ。すこしびっくりしてしまって…もしよければ最初からお話しいただけると」
「その前に2つ確認したいことがある。1つ目にアンジェラ。…君はアークライト侯爵家の一人娘、アンジェラ・アークライトで間違いないか?」
ああ、これは…お調べになったのね。まあ、辺境伯家ともなると雇い入れる人間のことを調べてもおかしくはない。色々とわかっておられるのならば、隠すべきではない。
「はい、間違いありません。私はアークライト侯爵が嫡女、アンジェラ・アークライトに御座います」
「…ずいぶんあっさり認めるんだな」
「私の意向で隠していたわけではありませんので。お調べになっている以上、隠すこともございません」
「…すまないな。勝手に身辺調査などして」
しゅん、と項垂れるルーカス様にびっくりしてしまう。
「いえいえ。辺境伯家ともなれば雇い入れる人間をお調べになるでしょうし」
「いや、調べたのはアンジェラ。君が初めてだ。他の奴らは、ここにメイドとして来ても大抵トゥーケ国のものとうまくいかず辞めていく。どんな人間でも受け入れられる寛大で、気のいい奴しか残らないんだ。だから身辺調査なんてしなくても勝手に篩い分けられてた」
「まあ、それならなぜ私をお調べに?」
「…君が不思議だったんだ」
ルーカス様はふ、っと笑う。
「ぼろぼろの乞食のような身なりで来たかと思えば、所作や品位、口調は高貴な令嬢そのものだ。あまりにちぐはぐで違和感があってな」
「まあ、隠しきれていませんでしたの?」
「隠していたつもりだったのか!?」
私はこくん、と頷く。
「ぶっ…!!!!あっ…!あははははっ!!!!」
ルーカス様がお腹を抱えて笑い出す。その隣でローガン様も肩を震わせている。
「おま…っ!あれ、で隠してた…っとか、無理がある…だ、ろっ…!」
ひとしきり笑うと、ルーカス様は眦の涙を掬って言った。
「カスガにも服から脱がせたんだって?知ってるか?アンジェラ。一般の女性は全部自分でするんだぞ」
「…まあ、そうでしたわ!!」
完全にすっぽ抜けていた。そうだわ。一般の女性や使用人は自分で全部するのに、あの時は久しぶりにお湯番がいることに浮かれてて失念していた。
「ああ、悪い。話の続きをしなくちゃな。2つ目だ。アンジェラの意向を聞きたい。…アンジェラはアークライト邸に戻りたいか?戻りたくないか?」
ふ、と笑顔から真剣な表情へ戻したルーカス様は、優しく、いたわるように私に尋ねてきた。




