11.少し調べてくれ
執務室に戻り、ローガンと共に内政業務をこなしていた時だった。
コン、コン、という控えめにドアをノックする音が聞こえ、ローガンが代わりに「どうしました?」とドア向こうに声を掛けた。
「…アンジェラです。あの、旦那様にお礼と謝罪に参りました」
「ああ、ちょっと待ってくださいね」
ローガンが立ち上がり、ドアを開けた。
「…」
「…」
ドア向こうに立つ女性に俺も、ローガンも開いた口が塞がらない。
「あ、アンジェラなのか?」
「??はい、アンジェラに御座います。ルーカス様?どうなさいました」
正直に言って、俺はモテる。女性に言い寄られたことだって覚えていないレベルでモテる。もちろんその中には随一の美女と言われた人間もいたけれど。
…なんだ、これは。次元が違う。
ぼさぼさの髪に、荒れた手肌。ぼろぼろの服では全然わからなかった。造形が美しそうではあるな、と思っていたけれど。
それが今やピカピカに磨き上げられ、薄く化粧を施され、髪も艶々と美しい光を放つ上に、きちんとした身なり。豪奢なドレスとまでは言わないが、楽に着られるようなデイドレスだ。というか、カスガはどこから引っ張り出してきたんだこんなドレス。母上のドレッサーだろうか。
色素の薄い、金糸のような髪。藍色とも青とも、蒼とも違う。コバルトブルーのような色でもない。まるで角度によって色を変える、最高級のサファイヤともタンザナイトとでも言おうか。表現できる言葉がこの世に存在するのかというほどの美しい瞳。
それらすべてが当たり前のように存在するその美貌。絶世の美女、傾国の美女なんて言葉が一瞬頭を過る。そしてその美しさを身に纏うに違わぬ、凛としたオーラは、一朝一夕で身に付くものじゃない。
「美しいな」
「…まことに」
自然と。ごく自然とその言葉が口から出ていた。ローガンもおそらくそうだったのだろう。
「?なにかございましたか?」
アンジェラの言葉にはっと我に返った。
「すまなかった。その、不躾に見過ぎたな。…少々見違えた」
「ふふ、感謝いたしますわルーカス様。あんな温かな薬湯もお手入れも久しぶりでとても幸せでした。メイド一人ごときにこのような好待遇、痛み入ります。ありがたく頂戴いたします。ドレスはきちんと洗ってお返しいたしますわ。…そして食事もとらずに寝てしまいましたこと、お詫びに参りました。今から朝食を摂ってまいります」
そう言って洗練された仕草で淑女の礼を披露する目の前の彼女に俺は思わず声を掛けていた。
「…朝食、一緒にここで摂らないか?アンジェラ、君と話をしたい。ローガン」
「は、用意させます」
「アンジェラ、どうだろうか?」
少し、躊躇いながら声を掛ける。断られても仕方はないのだが…
「はい、ぜひ。ふふ、とても嬉しいですわ、ルーカス様」
邪気のない美しい笑顔に、心臓が一度大きく跳ねた。
―――――――
「まぁ、ルーカス様はやっぱり28歳でしたのね」
「やっぱり、とは?」
「ふふ、18歳くらいのお見目ですから。でも、雰囲気や纏う空気などで10は上だと思っておりましたの。どんぴしゃですわ!」
「…それはよかった(?)」
「私、アークライト家におりましたころ、とても美味しい蒸留酒を嗜んでおりましたの。男性が飲むものとばかり思っていましたので、初めて口を付けたときはとても背徳感を感じましたわ」
「酒、飲めるのか?」
「ええ!だいぶ強くなりましたの」
「なら今度一緒に飲むか」
「まぁ。いいんですの?」
「ああ、飛び切りうまい蒸留酒がある」
「まあ、楽しみにしておりますね!でしたら厨房を使わせていただけるのでしたらおつまみも何か作ります!私、料理もだいぶできるんですの」
「まぁ、それでは6年前に譲爵されていたんですね。全然知りませんでしたわ。代替えのお話なんて王都で出ていたかしら?ルーカス様が譲爵されたとしったら、ご令嬢たちが放っておきませんでしょう?」
「一時は凄かったんだがな。何しろ蛮国と呼ばれるトゥーケとの国境境の領地だ。もちろん問題ごともゼロじゃない。見合いは何件かあったが、見合う人間がいなかった。お飾りの妻などここ辺境伯家では何の役にも立たないからな」
「周りからのお声も大変だったでしょう?自分を持ってらっしゃるんですね、ルーカス様は。尊敬いたします」
「…ありがとう」
ほぼ勢いで誘ってしまったものの、なぜ誘ったかもわからないうちに食事をすることになった。会話が続くのかとか、若干の不安がよぎったがすべて杞憂に終わった。彼女は話し上手、聞き上手、そして絶妙なところで相手を立てたり褒めたり、会話の駆け引きが一流だった。
女性と食事をしていて、こんなに時間が早く過ぎるのは初めてだった、と思うほどに楽しい時間だった。そして、名残惜しいと思いながらも朝食会はお開きとなった。
名残惜しそうなそぶり一つ見せることなく、慎ましやかに一礼して去っていった彼女に少し物足りなさを感じながらも、俺は傍でずっと控えていたローガンに声を掛けた。
「ローガン、少し頼みたいことがある」
俺のこの一言で、長年フェイ家の執事をやってるローガンはすべて察したらしい。
「ええ、ええ。わかりますよ。あのアンジェラ様についてですね。もちろんでございます。すぐに諜報部隊をお送りしましょう」
「…頼む。というかなんだ、アンジェラ様って」
「なんとなく、そう呼んだ方がしっくりくるのですよ。長年の執事の勘というやつです」
「…お前もやはりあれはどこかの令嬢だと思うか?」
「間違いないかと。言葉遣い、会話の流れ。食事のマナーも何もかもが完璧です。あと、あの美貌。…どこの妖精かと見間違うほどでした。28年間どんな女性にも見向き一つしなかった坊ちゃんが思わず食事に誘ってしまうほどですから」
「…うるさい。すこし興味があるだけだ。あと、ローガン、アンジェラはトゥーケ語を話してたぞ」
「…は?」
目の前の初老の男性の予想通りの反応に俺は笑ってしまう。
「な?驚くだろう?カスガを見ても蛮族だと馬鹿にする態度一つ見せなかった。ここに来た令嬢であんな反応をしたのはアンジェラが初めてだ」
「坊ちゃんこそ、アンジェラ様のことをもう令嬢だと認めておられるではないですか?」
「逆にあれで庶民だと言われたらもう俺は貴族を辞めてやるよ」
「それは困りますのでやめて欲しいですが、何はともかく、これは早々に真実を我らは掴まないといけないようですな」
「…ああ、頼む」
アンジェラが庶民だろうが貴族だろうが、これはもう手放せそうにはないな、と昨日会ったばかりの彼女にそんな思いを抱く自分に驚いた。これはまだ興味というレベルであって、恋や愛というものではないのだろうが。
そして数日後諜報部隊から届いた報告に俺は盛大に怒り震え、そして頭を抱えるのだった。




