第百二十七話 氷の世界、王女の英断
お楽しみください。
ジュアン帝国本陣の作戦本部にいたガドイ将軍とイプスは後方で起こった異変にいち早く目線を向けていた。
「あれは何だというのだ!」
ガドイが叫ぶがイプスを含め誰も答えを返すことはできない。いや、ここにいない人物だったとしても答えは出せないだろう。
味方しかいないはずの後方から、強大な氷柱が現れたのだ。
だが、異変はそれだけではない。
氷柱が現れる前に一度強烈な烈風が放たれたようだった。それは、幸いこちらにまで届かなかったようだが、被害は小さくはないようだ。その証拠に多くの情報が入ってくる。
「報告!後方にいた、医療部隊は半壊!支援物資もろとも凍ってしまいました!」
「輜重部隊からの報告!物資の約三分の一が謎の攻撃により凍結!しかも、その氷は侵食するように凍結範囲を拡大とのこと!支援物資の移動を急務としすぐに兵士を送ってほしいと!」
「予備部隊のほうも被害甚大です!騎兵部隊は全滅!予備の馬と餌もすべて凍結しました!さらに、左翼に展開していた遊撃騎兵隊五百も全滅したもよう!」
報告を聞いたガドイは言葉を失った。戦況は確かに不利に傾いていたがまだ、逆転する可能性はあった。数が多ければ立て直す時間も機会も増えるのだから。
しかし、このように後ろから異常事態が発生ししかも食料の三分の一以上を失い、騎兵もほぼ全滅してしまえば勝てる見込みはなくなった。仮に兵士の数で勝っていても士気は落ち崩壊するだろう。
そんな中、一人の兵士がボロボロになりつつ、駆け込んできた。
「お、お伝えします……っ!」
「あなたは……」
その兵士に対して一番最初に声を出したのはイプスだった。目の前にいるボロボロの兵士に見覚えがあったのだ。この兵士は確か、伝令の一人であり情報を伝える場所はマリーのところだったはず。
とここまで考えて、イプスは顔を真っ青にしていく。突如の氷柱の発現、凍結、さらにマリーの伝令がボロボロになった。冗談であってほしいと思ったが、伝令は思いたくもない言葉を告げた。
「氷の巫女さまに、部隊内から、不明のへ、兵士たちが馬車に!」
「馬車に!氷の巫女は!マリーは無事なのか!」
「わかりません!私は突如襲われ何とか逃げましたが、その男たちは大臣からの使者だと!巫女様に腕輪をすると!」
「なんだと!あの馬鹿ども先走りおったのか!」
伝令の言葉にガドイが憤る。だが、今度はイプスがガドイに詰め寄った。
「ガドイ将軍!お前は何か知っているのか!すべて洗いざらい吐け!吐かないならば力づくでやらせてもらう!」
二人の間には一触触発の空気が流れ始めた。周りの報告に来た兵士たちも無言になってしまう。少しでも声を出せば危うい空気の均衡を崩し、爆発するのではないかとも思えたからだ。
しかし、幸い二人は互いに血の争いをすることにはならなかった。
「う、うあぁー!」
「なんおわぁ!」
二つの悲鳴と共に、ざわめきが起こり、最終的に悲鳴になった。ガドイとイプスも悲鳴のほうを見ると目を見開き驚く。
そこには、馬に乗り一直線にやってくる騎兵部隊がいたのだ。
それを見て、一人の兵士が敵兵と判断し恐怖から弓矢を放ったのを見た。放たれた弓は先頭を走るフードを被った人物へと吸い込まれるように飛んでいく。このまま飛んでいけば矢は確実にフードの人物を突き刺すはずだ。
だが、そんなことにはならなかった。隣にいた、同じくフードを被った人物が矢を驚くことに弾き落としたのだ。フードという視界をさえぎり、行動の制限をする格好で矢を落とすなど簡単にできることではない。驚嘆に値した。
すでに向かってきている騎兵は目の前にいる自分たちを蹴散らそうと向かってきていると判断できた。混乱に乗じて本陣を壊しに来たのかと。
しかし、ガドイ将軍の思惑は外れる。
いや、ジュアン帝国軍のすべての兵士、国盾の砦兵士、すべての兵士たちの思惑は外れる。
先頭の騎兵はガドイ将軍のそばにやってくると速度を落とし見下ろすように止まったのだ。周りにいた兵士たちはどうして、ここで止まる必要があると考えたが、次にフードを外されたときに思わず呆然としてしまった。
「お主達ここで何をしておる!早く逃げるのだ!後方の出来事は原因はわからぬが、ジュアン帝国にとっても予想外の出来事のはずだ!」
フードを脱いだ騎兵、金色の髪を靡かせ威厳に満ちた声を張り上げる少女。ここにいるはずのない、フェレス王国 エミル王女が進行軍ガドイ将軍へと訴えていた。
「あ、え、な」
「何をうろたえている!お主の格好と主旗を見るに総司令官か高官なのだろう!今はもう戦争をしている暇ではない!ここに来る最中、全滅した騎兵の彫刻を見た、あれはもう魔法の暴走であろう!しかも氷結の範囲はまだ広がっていると聞く!早く決断するのだ!こちらからも騎兵を砦のほうに向かわせ話をつけておる!一時避難するのだ!」
エミルは急かすように言うと、ようやく冷静になれたのかガドイが聞き返す。
「本当に、信じてもいいのか?」
「フェレス王国王女として誓う!少なくともこの状況が落ち着くまで戦争行為をしないと!だから急げ!」
王女として誓うとまで言われて、ガドイは決意した。果たして本当に目の前にいる少女が王女なのかと色々と勘ぐりたいのもある。しかし、ならわざわざ命の危険をさらして、ここまで来て王女と嘘をいうほうが、もっとおかしいと判断したのだ。
「ジュアン帝国軍兵士に告げる!全軍必要物資をもてるだけもってフェレス王国側に移動を開始せよ!そのとき、戦闘行為を禁じる!負傷兵を運搬するときは騎兵部隊が率先して運搬するのだ!もっていけない物資は置いていくのだ!伝令もすぐに伝えろ!」
ガドイ将軍が声を張り上げるのを聞いて、エミルもうなずいた。
「そちの英断に感謝するぞ!ではわれらの追従してきた騎兵が先頭を走る!旗を持って追従するからその後をお主達の主旗を並べついてくるのだ!そうすれば、一時戦闘は止まる。いいな!」
「承知した!鐘を鳴らせ!迅速に退却するのだ!」
それから、ジュアン帝国本陣は更に慌しくなる。ただ、先ほどの違いで言えば負ける不安、や不利による慌てようではなく、生存本能による行動になっていることだ。
エミルは隣にいた騎兵、ユレイヌに指示を出し騎兵の数十名を先行させ砦のほうに走らせた。そして、命令を終えたところでエミルはガドイ将軍に話しかける。
「時に、そちらでは何かあの氷柱に対して心当たりはあるか?」
先ほど毅然として声を張り上げていたエミル。しかし、このときだけ不安に押しつぶされそうな弱々しい声で聞く。
ガドイは突然の変化に戸惑うがすぐに答えた。
「あなた様が言われたとおり、氷の暴走。巫女の暴走かもしれませぬ。そして暴走の引き金となったのはジュアン帝国の大臣達がなにやら策謀を実行した結果かと」
「ふむ……隣のそち。そなたはどうやらなにやら事情がありそうだな。巫女という言葉に反応をしておった。どうしたのだ?」
そう問われて、呆然としているイプスは何も答えなかった。その代わりガドイが話を変える。
「この男はイプスといいます。そして、氷の巫女、マリー様はイプスの妹なのです。ですから、暴走したということは……」
「なるほど、妹君だからこそか……」
呆然としているイプスの様子を見て、エミルは少しだけ昔を思い出した。
思い出した時期は約一年から二年前。ライがリューネリスからいなくなり、呆然としていた時のことだ。肉親ならば同じ思いを抱いているのだろうと、今のイプスの気持ちが少しだけわかる。
だからか、エミルはイプスに向けて強い口調で言い放つ。
「イプスとやら、お主は何をしているのだ!」
「……えっ?」
呆然としていたイプスはエミルの声に少しだけ反応した。
「だからお主はこのようなところで何をしているのだと、言っているのだ!」
「なにをって……」
ここまで言われて、最初戸惑っていたイプスだが、時間が少したつと少しずつ理不尽なことを言われていると思ったのだろう、エミルに向けて激情を向けた。
「何をって、何もできないではないか!勝手なことを言うな!王女だかなんだか知らないが、マリーのことをどれだけ大切に思っているか判るのか!俺も何かできればすぐにでも向かっている!でもできないんだ!できないんだよ!暴走状態の話は俺は昔の文献で見たことがある、そして、その文献で暴走した巫女は助かったものはいなかった!そんななのに俺にどうしろというんだよ!」
「この、大ばか者めが!そんなことを私の知ったことがない!氷の巫女とは面識もない、赤の他人だ。気持ちが判るはずなかろう。でも、お前は肉親であり兄なのだろう!そのお前が何もしないで、ただ昔の文献で生き残りがいないと書かれていただけであきらめるとはおかしいであろう!マリーとやらが諦めていない可能性があるかもしれない!なのにお前は諦めるのか、前例がないならなぜ新しい前例を作るために動こうとしない、生きていると信じない!」
エミルはイプスの目を見て言い放つ。
「お前は私がここまで言ってまだ呆然としているのか!それでも兄か!自分で考える頭もあるのだろう!今すべきことは何か考えるといい!」
そこまで言うと、エミルは踵を返して騎兵たちのほうに向かって行こうとする。が、最後にイプスにエミルは伝えた。
「……実は、私の幼馴染にも馬鹿な奴がおってな。お主の妹を助けるために向かっている奴が居るのだ。恐らくあやつは問題の場所の近くに居るだろう。私はあやつを、ライを信じておる。……お主も妹の無事を祈るのと同時に、できることをすればいい」
そういって、次こそエミルは騎兵に向かって指示を伝えた。
「これから、我らは一度砦のほうに向かう!先頭には旗を掲げるのだ!ユレイヌ、お主は数名を選出して、こちらに宝玉もちを集合させほしい。それから、いつでもライ達の援護にいけるように準備を、土帝隊、水帝隊、風帝隊、炎帝隊も来るように指示を」
とここで、ガドイ将軍も口を開く。
「エミル王女、それならばわが軍の氷兵隊もそちらの指揮下に入るように手配しましょう」
突然の提案にエミルは驚き聞き返す。
「よいのか?氷兵隊は聞くところに虎の子部隊なのであろう?それを敵国である私らに預けるなどと」
「確かに第三者から見たらおかしいのでしょうが……敵本陣に乗り込んでくる王女様よりはまだましな行動かと」
目を見開き面食らったような表情をするエミル。だが、次の瞬間唇を吊り上げて笑った。
「そうか!ならそちらの兵士たちも使わせていただこう!」
そう言うのを最後にエミルは馬を走らせ砦のほうに向かっていく。ユレイヌは隣で守るように並走しつつ、内心感嘆の思いをエミルに抱いていた。
(この人はやはり、普通の器ではないのでしょう。下手したら現国王よりも器が大きいお方。最初はライ様を助けにいくという名目だったのに、異変に対してすぐに決断をし結果的に戦争を終わらせ、被害を最小限に抑えてしまった)
このエミルの判断は結果論といえばそれまでだが、とても大きい意味を持つ。
(本当に、この方にお仕えできて幸せ者なのでしょう。こんな特等席を得られるなどなかなかないのですから。でも……)
一度だけエミルを見て、頭の中に一人の少年の姿を思い浮かべ、すぐに消す。
(今はそれどころではないですわね。まずは目の前のことを注視しなければ)
ユレイヌは考えを改めて神経を研ぎ澄ませていく。いつエミルが狙われるか判らないのだ。油断をせずに、近くにいる敵を注視して監視をしているのであった。
その頃、問題となっている氷柱の元は氷の世界が広がっていた。
万年氷結という洞窟がありすべてが凍りで覆われている場所があるといわれるが、ここはまさに万年氷結といわれても過言ではないだろう。
先ほどまで、寒い環境でも力強く生きてきた木々や草、土、などは生命の活動を停止しその姿を止めてしまった。だが、それはある意味見るものには感動を与えるものかもしれない。
氷の彫刻が所狭しと並べられ、幻想的な光景を生み出しているのだから。
そんな場所で、生きるものすべてが凍ってしまった中で強大な氷柱の近くがぐらりと動いた。
それは、少しずつ揺れヒビ入り音をたてながら生命が存在したことを主張するように動き始めるのであった。
こんばんわ、今日は一日早く投稿をしてみました。
ただ、急ぎやったためこれから急用も入っておりあとがきはお休みさせていただきます。
また次回お会いしましょう。ではまた。




