第百二十三話 表と裏の感情
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氷による巨大魔法が実行される少し前。
ジュアン帝国といまだに戦闘が続いているとき、砦内で一人の少年が眠っていた。
その少年はいまだに目を覚まさないまま夢を見ていた。
それは、自分が体験したはずがない夢。訪れたことがない風景。辺りを見渡せば一面雪景色。白銀の世界が広がり、山、木、土、岩すべてが白かった。どこか神秘的な景色とも表現できるであろう。
だが、神秘的な景色にひとつだけ似合わないものがある。
白い形式に一人の少女が蹲り、泣いているのだ。
ライは一体誰だろうかと思い話しかける。
「どうして泣いているの?」
すると、少女は答えた。
これ以上人を殺したくない、と。
「ならやめればいい」
でも少女は首を横に振る。
それから詳しく聞いたことをまとめると、少女には兄がいるらしい。その兄は自分の安全や自由と引き換えに望まない戦いに身をおいているという。二人で逃げるという選択肢もあるのではないかと考えたが、どうやら少女の体に何かしらの細工を本国で受け逃亡防止をされたとのことだ。
そんな少女はこちらを見て訴えた。
「これから、巨大な氷を人に向けて放ちます。それで多くの人を殺してしまうでしょう」
内情を打ち明けてくれた少女、しかしこれから再び人を殺すことに嫌悪感がある為か表情が優れない。
ライには表情を見てこの先の少女の運命がどうなるか想像がつく。
強制的に行使され、精神をすりつぶし、重圧に押し続けられたら。先に待つものは破滅、崩壊だ。
ライは思わずその少女に向かって話しかけた。
「なら、俺が止める」
少女はここで初めて蹲るのをやめ、顔を上げる。その顔は本当なのかと問いかけるものをだ。
だからもう一度ライは言った。
「約束する」
その言葉にを聞いて少女は少しだけ間を空け、そして
「……はい」
初めて目の前で微笑を浮かべた。だが、その微笑は寂しそうな影がある笑みだ。嘘でもいいから止めると言ってくれたライにお礼とするための笑み。
「そうだ、君の名前は?」
「私の名前はマリーといいます、あなたは?」
「俺はライ。ライ・ジュ」
と言葉を紡ごうとしたとき、突然少女の姿は消えた。ライは周りを見渡すが近くにはいそうにない。
そう思った時、何か外から強い圧力を感じた。
一体何なのか分からない。分からないが、強力な脅威としか考えられなかった。少女が消えてからの強力な脅威。もしかしたらと思う。
ライは目を閉じ集中する。すると、ライの意識は暗転するのであった。
ーーーーーーーーージュアン帝国 本陣後方ーーーーーーーーーー
ここには全軍を支えるための必要物資や予備兵が配置されている場所だ。その一角に誰かを警護しているような台車があった。その台車の周りには数人の精鋭が警護している。
そんな中、台車の中にいる氷の巫女、マリーは閉じていた瞼を開き辺りを見渡す。
見渡したところ別になんともない壁しかない。この風景もすでに見慣れたもので母国であるジュアン帝国を離れたときから、ずっと見続けていた光景だった。
でも、マリーは先ほど不思議な光景、夢を見ていた。そこはこのような四方を囲む壁ではなく、どこまでも続く白景色。自分が見慣れた景色。でも、そんな景色の中で一人しかいない自分。
そこでは、孤独感のせいかそれとも戦争のせいか、いつも抑えている感情を抑えきれなくなり泣いていた。もちろん誰もいないのだから感情を抑える必要もない。
そのはずだった。
一人泣いている所に突如気配がしたのだ。
でも、マリーには顔を上げる気力も泣く泣いていた。そんな自分を気遣ったのか近づいてきた人は話しかけてきた。
最初は無視しようかとも思った。しかし、今は孤独ではないという感情が湧き出たからか素直に答えることにした。
人をこれ以上殺したくないと。
すると、その人はやめればいいといってくれた。でも無理だというと、その後も真剣に今までの状況や感情を静かに聞いてくれるのだった。
そしてすべてを聞いてくれると、その人は驚くべきことを言ってくれた。
「なら、俺が止める」
マリーは泣くのをやめ驚き、その人の顔を見た。
その人は驚いているこちらにもう一度言う。
「約束する」
約束する。その言葉を聴いてとても感謝したくなった。正直、自分が持つ力を止めることができる人はほとんどいない。だから、口約束になる可能性のほうが高い。
でも
それでも、自分がやりたくないという想いをしっかり受け止めて、助けてくれるという人がいれば精神力、心は軽くなる。
その人はこちらに対して名前を聞いてきた。だからマリーと答える。
それに対してこちらも名前を聞くと
「俺の名前はライ・ジュ」
だけど、そこだけきくと辺りは突如暗くなり、今に至るのだ。
そこでようやく気づく。あれは夢だったのだと。だから最初に起きたとき周りを見渡しあの人の姿を探したのだ。
「巫女様、前線からの通達で作戦通り魔法の行使をお願いします」
マリーは話を聞いて返事を返した。
「……わかりました」
マリーの返事を聞くと兵士が遠のいていくのを感じる。
これからまた多くの人を殺すことになるのだろう。仮に直撃せずに死ななくても、ジュアン帝国軍兵士が敵兵を殺す。そうなればやはり切欠を作った自分のせいになる。
でも、それでも自分には選択権はない。裏切れば家族である兄の危険が増し、本国で処置されたように、力が暴走するはず。
マリーは力の源である氷の宝玉を手に取る。
この力を持つことによって、衣食住には困らなくなった。それまでの生活は決して裕福なものではなく、天と地ほどの差があっただろう。
だけどその代わりに自由というものを全て失った。自由を失えばただの象徴となり、道具となる。極端な言い方をすれば家畜ならぬ国畜かもしれない。
そう考えながら目を閉じ集中させる。
戦場に霧を発生させることは初期段階にやっていた。周りの気温を低くすればそれだけ空気中にある水分は冷え、魔法を行使しやすくなる。
ここでマリーが集中することで最大限の力を発揮する。
宝玉は意思を反映させて光輝いていた。でもしばらくすると光は消えていく。魔法は完成し後は重力と空中に作った坂を利用して敵の砦に転げ落ちるだけ。
マリーは最後にあの夢で出会ったライという人物を思い浮かべた。
(あなたは……本当に止めてくれるのですか?)
返事がないのは当たり前なのに思わず語りかける。
そして
返事は言葉ではなく氷の割れる音と地面に沈む音で帰ってくるのであった。
ーーーーーーーーー国盾の砦 砦内ーーーーーーーーーー
「ん……」
ライは、意識を覚醒させた。
ぼんやりと目を開けていくとそこは土色の天井だった。
目を開けて周囲を見回すと周りには誰もいない。近くに椅子があったから誰かはいたのかもしれないが。
ただ、遠くからは大勢の怒声や金属音、何かが壁に当っている音も聞こえてきた。
それから、自分がベッドに寝かされていることに気がつきこれまでのことを考える。
「……ああ」
そこで思い出した。自分は確か味方から受け取った飲み物を飲んですぐに倒れたのだ。おそらく毒でもあったのだろう。
と考えているところで誰もいないはずの場所なのに声が聞こえてきた。
「……目が覚めたみたいね」
視線を横に向けるといつの間にいたのか、エスティアがいた。
「エスティア」
「……」
話しかけたというのに、エスティアは無言だ。どこか怒っている雰囲気さえ見える。
「エスティア?」
「……なに?」
二回目の呼びかけで返事をくれる。いまだに表情は怒ったままだ、でも少しだけ気遣うような表情も混じっているようだ。
そんなエスティアに質問した。
「あれから、戦況はどうなってる?音からして続いているようだけど」
「……戦況は五分というところね。指揮はキャサリンが取っているわ。一時は壊滅に追い込まれたけど、貴方が防いでどうにか持ち直しているわ」
「……俺が?」
エスティアはため息をついた。
「やっぱり覚えていないのね。敵が強力な氷魔法を作って放ってきたけど、貴方が白帝の壁を作ってとめたのよ。表情も生気があまりなかったし無意識のようだったけれど。私が何回話しかけていたと思うの?」
どうやら、無意識の内に自分は何かしたようだった。けど、ひとつだけ気になることがあった。
「俺が何をしたのかは覚えてないけど……敵は強力な氷魔法を使ってきたんだよね?それはどういう魔法?もしかして巨大な氷の塊を作った?」
「ええ、そうよ。それがどうかしたのかしら?」
そういわれて、ライは先ほど見た不思議な夢のことを話した。そこでは少女が人を殺したくないけどやらなければならないこと。氷の塊を使って人を殺すことを言っていた。
話を聞いてエスティアは考え込む。
「……宝玉同士は意思疎通できるように確かになったわ。それはティア達とも確認済み。けど、それは力の譲渡をしたから。譲渡をしていない状態で意思疎通?しかも、夢の中ですって?」
「ありえないこと?」
「経験上はありえないわ。……でも、それはただ経験上の話。意思疎通を限定的にできることから、完全に否定はできないわね」
しばらく手にあごを乗せ考えてたエスティア。しかし、考えがまとまらないのか首を振りライに告げる。
「とにかく、今はこんな話をしているときじゃないわね。さっきも少し説明したけど、ライが敵の魔法を退けた後、ジュアン帝国は全力攻撃を仕掛けてきたわ。数による力押しね」
「……ということはこのままじゃ負けるってことか」
「……そうなるわね」
戦況は五分。そうなれば、消耗も誤差はあるとはいえ避けられない。となるとやはり最後にものを言うのは兵士の数だ。砦は本来落とすのに相手の兵力の3~5倍必要といわれている。だから五分ならば計算上互角。しかし、それはしっかりとした準備が砦側にされているならばだ。準備不足なら当てはまらない。
「お兄ちゃん!目が覚めたんですね!」
と、ここで二人が会話していると扉のほうからフィルが声を上げて近づいてくる。
「あ、うん」
「もう大丈夫なんですか?体調が悪いところは?体が痛いところはないですか!」
遠慮なくライの体に触ってくるフィルにライは困惑しているとエスティアが、説明をしてくれた。
「ライ、あなたフィルに感謝しなさいよ?貴方が敵の魔法を止めてからまだ半刻しかたっていない。にもかかわらず目を覚ませたのはフィルの『天使の微笑』による魔法のおかげなのよ」
「そうだったんだ、ありがとうなフィル」
そういってライは手を伸ばしフィルの頭をなでてやる。すると、フィルは嬉しそうに微笑みながら抵抗はしない。
「えへへ、でも本当にお兄ちゃんが無事でよかったです」
二人の間に和やかな空気が流れ始めたが、いつまでもそうしているわけには行かない。
ライはフィルの頭を撫でながらエスティアに頭の中で語りかける。
【エスティア、俺が気を失ってどのくらいの時間になる?】
エスティアは視線を向けるだけで返事を返してくる。
【約三日って所かしら。それがどうかした?】
【いや、ならそろそろかなと思って】
【……まさかあなたその状態で戦場に立つとか言わないわよね?】
【あー。うん、ごめん】
【私からはっきり言わせてもらうけど、貴方がもし死んでしまったら最悪その後を追う人物がいるかもしれないのよ?そういう人たちがいるのも覚悟で言ってるのね?】
【ああ、もちろん。そんな人たちがいるか分からないけど、それでも俺は夢で約束したんだ。止めると。ここでもし保身に走ったらみんなに顔向けできないよ。一つの約束も守れないでさ】
【……そういうわよね。貴方なら。わかったわ。ただし、条件が二つ】
【なに?】
【一つは一人では行かないこと。誰にも見つからないように移動しても、人がいたほうがいいでしょ?それに誰かに話をしていないと、いなくなったことを見られてしまったら、内側から崩壊するわ。まずはその子からだと思うけど】
エスティアの視線の先には安堵と頭を撫でられる嬉しさから笑みを浮かべ幸せそうにしているフィルがいた。
【うっ……と、とりあえず。二つ目は】
【二つ目は生き残りなさい。目的が達成できなくても。じゃないと本当に後を追う子が出ると思うわよ。ティアやエミル、リエルやフィルそのほかにも大勢の子が。否定はさせないわ。リューネリスの後のことを聞いた貴方ならば】
ライは無言になる。あの時、ユレイヌさんから聞いた話では死体でも出てこようものなら、ティア達数人が、精神を壊していたかもしれないと聞いていた。
【……わかった】
【ならいいわ。私も一緒に行くのだから道案内は任せなさいな。ただ、まずはその子に説得を頑張りなさい】
そして、ライは苦い思いと心苦しさを持ちつつ説得を開始するのであった。
こんばんわ、ついにライの意識が戻りました。
戦争中なのに戦争描写がほとんどないのは初めてのことではないでしょうか。ただ、自分でもこの話は必要なことだと思っていますのでご容赦を。
あまり表に出ていなかったマリーですが、久しぶりに登場しました。まさかの夢で出会うという展開でしたが。
ここで、申し上げます。
ついに、ついに、ライが動きます。これにて、戦局が大きく動きます。というか決着に向けてラストスパートをかける勢いでございます。
……といっても、後数話書くかもしれませんけどね、このお話を。今の気分?どころでは2~3話で戦いは終わるかな?と。
では今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。




