第百八話 敗戦と敗北の違い
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リエル達が敗走をした日の夜、現在ライ達はオデガ山脈に続く峡谷の入り口に布陣していた。敵は峡谷の上に陣取っているが、峡谷内ではまだ雪崩の除去が終わっていないのかジュアン帝国兵を見ることはできない。
そんな中、ライ達は陣地の中央天幕に主だった将を集めてリエルたちが敗走した理由を聞いていた。
内容は、最初に来た五千の兵士は壊滅させた。だがその後に来た兵士達には峡谷上にすでに一万以上越える兵士を配置されていたという。しかも、敵は霧が発生したと思ったら突如現れ、弓攻撃をしても敵には届かず空中に刺さり、一方的にやられたとのこと。
その後撤退を判断したが、峡谷を出るまでに二千の兵士達のうち千以上の兵力を失ったことを話した。
「…………」
天幕には重たい沈黙が流れている。今回の作戦では雪崩付近で少なくとも後三日は妨害をして、約束の期日である一ヶ月足止めするつもりだった。ライ自身、それ以外に『安全な』足止め方法は思いついていなかった。
そのことは事前に説明しており、重要な場所だからこそ一騎当千であるラッシュやリエル、虎の子部隊、ライが組織した魔法武具部隊土帝隊、水帝隊を運用させたのだ。
しかし、結果は失敗に終わった。全員が不利になった現状を重く受け止めているからこそ空気が重いのだ。
しかし、この重い空気を打ち破ったのは意外な人物であった。
「……組織のトップであるエミル王女殿下、そして軍師ライ殿。お二人にお伝えしたいことがあります」
そういってきたのはアスティールの騎士であるサチであった。
エミルは伝えたいという言葉に視線を向けて問いかける。
「この時に伝えたいとは、先ほどの内容以外にということだな?」
「はい、……今回の敗走の原因は私にあるのです」
「なに?」
「私はラッシュ殿にいくつかの忠告を受けました。霧が出たときに気にしないようにし、敵が何万こようと一人でできるつもりでもいた。しかも、敵が大群でこちらが被害を受けたときとにかく前に出て敵を倒せばと突出した結果……退却が遅れ予想以上の損害が出てしまいました。これはすべて私の罪です。どうか罰していただきたい」
内容を聞いたエミルは目を細める。アスティールの騎士の話は聞いたことがある。三千の海賊をたった一人で相手にして魔法を用いて無傷で目的を達成したと。
だが、それからはあまり話を聴いていなかった。それはつまり経験があまりないのではないかという可能性がある。ここで言う経験は戦いや部隊戦、戦争を指している訳ではない。
負けた経験だ。
「ふむ……」
エミルは言葉を慎重に選ぶ。ラッシュがとっさに何かを言おうとしたのは見えた。しかしそれをリエルが裾を引くことでとめていたのだ。ということは、すべてがサチの責任ではないにしても無いとは言い切れないということ。ここで何も罰を与えなければ示しがつかなくなり、何よりサチ自身が納得しない。
「サチ殿、貴方の言い分は確かに分かった。だが貴方はアスティールの騎士でありイビア王女の使者でもある。そんな人物をフェレス王国の王女が裁いてしまったら問題ではないのか?」
「もちろんそうでしょう。ですから私は罰を受けた後アスティールの騎士の任を下りようと思います」
この言葉を聴いて少しだけ迷いが出た。サチを納得させることができ、尚且つ角がたたない方法。しかしこの方法は負担が各隊長に掛かる方法だ。果たしてそれを実行しても良いのかと思ったのだ。
誰かに意見を求めたかったのか、ふと目を上げてみると、左にいたライと目線が合う。そして、ライは一度だけ頷いた。この頷きはエミルに思った通りにやれという合図なのだろう。もう一度だけエミルは深呼吸をしてから話し始めた。
「サチ殿、話をまとめさせて貰うがお主が原因で部隊を壊滅してしまった。だから自分は騎士の座を降り、任を解かれた後に今回のけじめとして罰を受ける。その内容を私に決めろと、これで合っているか?」
「はい」
「……そうか、なら私から言わせてもらおう」
エミルは一度大きく息を吸うと
「この馬鹿者が!」
突如大きな声でサチのことを怒鳴ったのだ。これにはライ以外全員が驚いていた。でもこの中で一番驚いているのはサチである。まさか罰を要求して怒声が来るとは思っていなかったのだろう。だが、エミルは周囲の状況を無視して言葉を続ける。
「お主は本当にそれでよいのか?本当に?」
「え、あの、私の責任が」
「この馬鹿者が!責任だと?ああ、そうだろうとも。私はその場を見たわけでもない。現場である人物が自分のせいで敗走した、それが本当ならば責任を追及されるだろう。今回の戦いで千以上の兵士が死んだ」
「なら」
「しかしだ!なぜお前は死んだ兵士のためにもっと頑張ろうとしない?その死んでしまった兵士は何のために死んだのだ?それは敵の進行をとめる為に、味方を生かすために、少しでも奮戦して死んでいったはずだ!なのに生き残った人物が罪を受けて騎士を辞めるだと?そんなもの逃げているのに過ぎん!はっきり言ってやろう、お前のはただの責任逃れだ!逃げているだけなのだ!」
サチは顔を青ざめ手を口に当てつつ言葉を聞いていた。
その様子を見て、エミルはリエルのほうに視線を向ける。
「リエルよ、お主に聞くがもしサチの立場になったとしてお主ならどうする?」
「……絶対に逃げない。逃がしてくれた兵士達の分まで戦う。そして兵士の人たちの家族や国の人たちを守る。それが、御礼になると思うから」
「うむ、すばらしい答えだ。……さて、アスティールの聖女神騎士殿?お主にもう一度聞こう。まだ騎士を辞めて罰を受けるというのか?」
「あ、ぅ」
「はっきり答えないか!」
状況を見ていたライはさすがに威圧しすぎだと判断しエミルに話しかける。
「エミル、少し強く言いすぎだよ。これじゃ、気持ちの整理もできないし畏縮するだけだよ」
「じゃが!」
「うん、エミルの言ってることももちろん分かってる。そして、エミルがなぜそこまで感情を出しているのかもね。サチさん、エミルは別に貴方を畏縮させるために言ってるわけではないんですよ?」
「え、」
「エミルはこの国の王女です。それと同時に国盾の砦の中心人物である。ならば兵士が一人でも死んだ場合、すべての責任が中心人物であるエミルにいくんですよ。一つの命令で兵士が死ぬ。これは避けられない。ならば上に立つ者として死んだ人物にできることは何か、それは兵士達の死を無駄にしないこと」
ライはそのまま話を続ける。
「今貴方がすることは罰を求めることではないんです。この敗戦から何を学び兵士達の死を無駄にしないことです。サチさん、一つ聞きますが敗北と敗戦の違いって分かりますか?」
「敗北と……敗戦の違い?」
「はい」
「どっちも同じ意味だと思うが」
「確かにどっちも負けてしまったことには変わりないんですけどね。でも意味はぜんぜん違う。敗北は戦いに負けること、敗戦はすべての戦いに総合的に負けること、戦争に負けることを意味する。でも今回の内容は敗北です。戦争に負けたわけではない。なら次も、その次も戦いがある。サチさん、なら今回自分に責任があるというのなら、次の戦いで名誉挽回してみませんか?」
「……本当にそれでいいのだろうか?」
「生きている自分達は兵士の死を無駄にしないとさっきエミルは言いました。ならこう考えてください。次の戦いで自分を生かしてくれた兵士達の死が無駄でなかったと、サチさんを生かして無駄ではなかったと証明してください。そうして戦いに勝てればリエルが言ったとおり、確実に死んだ兵士達の家族は北の脅威から守れる」
「そうか……」
ここでライは表情を和らげ、笑みを浮かべながら語りかけた。
「本来ならサチさんはアスティールの人間であり、こちらでは罪を用意できないんですけどね。そんなことしたら自分達の首が飛びますよ。そんなのごめんです」
「何を言う。一回お主は死んだとされていたのだぞ?」
「あ、ひどいこと言うなエミル。まあ自分でも死んだと思ったけど首は繋がってたよ」
「……本当か?」
「なら目の前にいる俺はなんなのさ」
「偽者」
「ひっど!っていや、今はそういう話をしているときじゃない。なんだか最後はグダグダしちゃったけど、サチさん納得はしてもらえたかな?本当に死んだ兵士達のことを思うなら次の戦いで頑張ってほしい。これは命令じゃない、お願いなんだけど」
そこまで言うと、サチは先ほどまで顔を青くしていたが、今では少しだけマシになった顔になり、そして頷いた。
「……はい、まだ自分でも気持ちの整理はできてませんが。必ず、必ず兵士達の死を無駄にしません。それを次の戦いで示して見せます!」
その言葉を聴いて、天幕の中の空気が一気に弛緩した。ライはほっとするが、すぐに気持ちを引き締める。問題はすぐ目の前にあるのだから。
「さて、この話はひと段落したから次はジュアン帝国軍をどうするかだ。フェレス王国との約束日である一ヶ月まで後四日。こちらはどうするかを考えないといけないんだ。ラン、そちらの部隊から何か新しい情報はある?」
「あまり変わったことはありません。現在も斥候は放っていますが、相変わらず敵は峡谷上に布陣をしているようでその数約二万。左右に一万ずつ。残りの約一万は後方の雪崩を除去して輜重隊を通すために動いているらしいです」
「輜重隊と離れているって、ならあの上にいる二万の兵士達は夜どうするんだろ?雪もあるんだから温まるために薪も必要だろうしそんなものは後方の輜重隊にしかないだろうし」
ティアが首をかしげながら言うと、フィルがおそらくといいながら話す。
「おそらくですが、敵はずっと峡谷上にいるわけではないはずです。部隊を分けて、後方に下がる部隊と、こちらの動きを警戒する部隊に分けるんだと思います。薪は陣地から交代に来た部隊が持てばいいし、敵は最初から上に布陣していたのなら、すでに上に燃料はあるかもしれません。食料も同じ理由で。」
「むー、なら兵糧攻めってことはできないのかー」
「ティアさんの言うとおり、無理でしょうね。相手が孤立無援の城だったら話は別ですけど、今回存亡をかけてジュアン帝国も動いてるんです。仮に兵糧を減らすことができたとしても、食料を奪うために死に物狂いでせめて来るでしょうね。どのみち戦いは避けられません」
「だね、フィルが言うように戦いは避けられない。さて、ここで問題なのが敵がいつこちらに来るのか、次にどうやって止めるのか。敵は結構減らしたといってもまだ三万以上いる。対してこちらは約九千。しかも、今回敵には優秀な軍師がついていて、強力な魔法を使う人物もいると。そんな相手に勝つには策を用いるしかない」
「ライ、お主何か考えがあるのならば早く言うのだ。前々から思っていたが回りくどいと思うぞ?」
「エミル、軍師としての見せ場なんだから少しは楽しませてよ……まあいいや。エミルの言うとおりもちろん策は考えた。でもそれにはティア、レーシア、ラッシュ、リエル、そしてサチさん。今言った人物に協力してもらわないとだめなんだ。結構大変なんだけど……大丈夫?」
今呼んだ人物に共通しているのは宝玉を持っているかどうか、はっきりといわなかったのは宝玉のことを知らないダンデとかがいたからだ。後々話しても良いだろうが、まだ時期じゃない。
「私はいいよー。新しい力で役に立って見せるよ!」
「ライの為なら頑張るなの!」
「おう、サチと共に今回のこと名誉挽回してやるぜ!」
「頑張る」
ティア、レーシア、ラッシュ、リエルが賛同してくれる。
「サチさん、貴方はどうですか?」
するとサチは力強く頷いてくれた。
「私でよければ何でもしよう」
「有難うございます。……ではこれから内容を詰めていくけど、サチさんはすべての作戦が決まった後天幕に残ってください。魔法のことについて少しお話がありますから」
「了解した」
了承を得たライはすぐに作戦の内容を伝えていき細部まで決めていく。
この話し合いは数刻も掛かる話し合いとなったのであった。
こんばんわ!ようやく終わりました。……正直、最初思ったより戦いではなく会話パートになってしまったんですが。
今回は、あとがきはあまり書きません。色々と忙しい身になってしまっているのです……でもこれからも執筆は頑張って更新していきますけどね!
では今日はこの辺でまた次回お会いしましょう。




