第百六話 誤算
お楽しみください。
オデガ山脈の峡谷、雪崩場所。そこの峡谷両崖に二つの部隊が待機していた。
左側の峡谷上に待機しているのはリエル率いる水帝隊と弓兵1千。右側峡谷上に待機するのはラッシュとサチ率いる土帝隊と弓兵1千。
二つの部隊はすでに三日ほど雪崩後付近に来て作戦を遂行していたのであった。
だが作戦といってもラッシュに言わせればあまり気持ちの良い作戦ではなかった。
「……なんというかなぁ、やったほうがもちろん効果的なんだろうが、敵に同情してしまうな」
一人ラッシュが、不満を呟いたのが聞こえたのか隣で眼下に前までいた何も言わぬ骸になった死体を見つつサチが話しかけてきた。
「ラッシュ殿、敵は約四万もの敵兵がいるのです。この三日でおそらく五千ほどを討ち取りました。しかし、相手にはまだ三万五千もおりこちらの三倍以上。敵も馬鹿ではないのです。おそらく次は全軍で峡谷内を渡ってくるでしょう。だからこそ、私たちがここにいるんです」
「あー別にこの見張りが嫌だっていってるんじゃないんだ。ただ気分の問題というかだな、俺は正面から行くほうが合ってるんだよ。もちろん、戦争は遊びじゃねえんだから分別はつけるさ」
「お分かりならよろしいのですが……まあ、といっても私たちは一兵も失わずに勝てたのですから気が緩むのもしょうがないですけどね」
ここでサチが微笑をしつつラッシュに言ってくる。
「まあな、敵の援軍が来なかったこともだが、あんたの強さには正直驚いた」
そうなのだ、事実五千の兵士を壊滅に追いやった内の半分はサチの判断によるものだ。
ライの立てた作戦通り、二つの部隊が峡谷上に待機、その間サチの魔法で幻覚を見せて援軍を経ちその間に弓で攻撃して戦力を削るというのが目標であった。だが、ライでも戦力を削るということを考えていただけで、壊滅できるとまでは思っていなかった。敵は五千、味方は二千。峡谷上にいるといっても相手も登ってくることは一応できる。その間に的になるだけなのだが。他に逃げる人間も出るだろう。
しかし壊滅できたという理由としてはサチが混乱した五千の部隊に降り立ち一騎当千の働きをした。味方と敵、双方が驚く中サチは光を屈折させ、居場所を誤魔化し、攻撃をもらわないようにしながら立ち回った。これのおかげで味方は後方に攻撃するだけで退路を塞ぎ、前はサチや後から加わったリエル、ラッシュとともに壊滅させたのだ。兵士たちも攻撃に参加した。その結果負傷者はでたが一兵も死なずに勝利したのだった。
そのおかげか、三日間も雪山にいるというのに兵たちの士気は高く気分が高揚しているようだった。
サチ自身も油断はしていないようだが、どこか快勝に気分が高揚しているようにも見える。
(……まあ、大丈夫か。いざとなったら退却をすればいい)
それに実力は本物だから、こちらが壊滅することはないだろうと当たりをつけていた。
そう思っていたところに伝令の声がリエルのほうへと、自分たちの部隊に聞こえてきたのは同じくらいであった。
「ラッシュ将軍!敵、ジュアン帝国軍が全軍で前進を開始!こちら側に向かっております!先頭は歩兵部隊!後方に輜重隊を引き連れております!」
「ここにどのくらいで到着すると思う?」
「約二刻(四時間)だと思われます!」
「よし、なら引き続き警戒を怠らないようにしてくれ、他に情報が入ったら頼む」
「はっ!」
伝令は報告を終えるとすぐに踵を返して北に消えていった。
「ラッシュ殿、やはり敵は歩兵を先頭にして来たようですね」
「だろうな、地面はリエルが水を張ったせいですべるようにしてるんだ、馬や馬車で先頭を走ろうものならすべて駄目になる。伝令はわざと逃がしたわけだからな」
「ですね、でも相手はこちらの数と魔法の種類を特定はしていないはず。何万来ようと負けないでしょう。いざとなったら私が何とかしますゆえ」
よほど自身があるのだろう、サチは何万もの敵軍を相手にするとまで言い切ってしまった。
「……まあ、頼りにしてるぜ」
(なんだろうな……嫌な予感がしやがる)
先ほどまではサチも快勝でまだ気分が高揚しているだけだろうと気にはしていなかった。しかし、今の自信は強すぎるような気がする。それが返って不安に思えてしまえたのだ。
ラッシュは首を横に振りながら嫌な予感を振り払う。でも気分はちっとも晴れることはなかった。
そして、足元に氷が少しずつ張っていることにも気づかない。
+++++++ジュアン帝国サイド+++++++++
ジュアン帝国、第二師団長ラバイト将軍は現在先鋒を任され、峡谷の間をゆっくりと進軍していた。本来ならば将軍は後ろにいるものだが、ラバイト将軍は叩き上げの将軍であり部下からの信頼も厚く武勇に優れている。そして、戦略眼もあることから先鋒という臨機応変に対応できる人物として配置されたのだ。
「全員峡谷の上を気をつけるのだ!軍師の話では敵は峡谷上から弓を撃ってくるという!だが盾を構え亀のように進軍すれば恐れるものはないぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
ラバイトの声に返事が返ってくる。それを聞いて士気はまだ大丈夫だと判断しつつラバイトは正面を向いた。
(確か、情報にあった雪崩はここから半刻(一時間)先のはず軍師殿の情報ではそろそろだな)
そう思いながら、慎重に神経を張りめぐりながら周囲を伺っていると後ろのほうから一瞬風のようなものを感じた。
「これは、軍師殿が言っていた……皆のもの!どうやら我らには氷の女神がついておられる!安心して進むが良いぞ!」
ラバイトはさらに士気を揚げるために激励を叫ぶのであった。
ジュアン帝国、第二師団後方、ここには現在一つの馬車が兵士たちと共に追従していた。周りの兵士たちは徒歩であり、周りから見れば楽をしていると思われてもしょうがない光景だ。しかし、文句を言うものは決して一人もいない。楽をさせてもそれ以上に、期待しているからだ。
馬車の中には二人の男女が向かい同士に座っていた。
女のほうは女の子、お嬢様といっても良い格好をしている。青い髪をショートカットに揃え、瞳も青く表情は穏やかであった。印象的な瞳や物静かな表情は相手を暖める作用でもあるのだろうか、一目見るだけで男だったら顔が緩むであろう。
そんなお嬢様だが、こと服装についてはこの条件化では異常であった。冬国の特徴か、肌は白く滑らかで初雪のように柔らかそうにしているが、問題は露出が少し多い巫女服を着ているのだ。冬国の冬山で露出が多い格好など自殺行為でしかない。
でもその格好でもお嬢様は何事もなく笑みを浮かべている。その原因は彼女の力にあった。
そう、彼女はジュアン帝国にいる強力な魔法使いの一人、世間には氷の姫巫女といわれている人物、名前をマリーという。
「お兄様、そろそろ時間ではありませんか?」
マリーは先ほどから一言も言わずに一緒にいてくれる兄のイプスに問いかけた。するとすぐにイプスは返事を返す。
「確かにそろそろだ。……すまないな、マリー。お前に負担をかけてしまって」
「いいえ、私は大丈夫ですお兄様。お兄様のお役に立てるのなら苦にはなりません。ですが、私としてはお兄様のお役に立てないことこそが、今は苦なのです。……ですから一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「兄様は自分が最善と思われることをしているのですか?もしや……私がいることで自由に動けていないのではないですか?」
「そんなことはない!」
突然大声を上げたイプスは自分自身驚き、びっくりしている妹に謝る。
「すまない。でも本当に大丈夫なんだ」
「そうですか……お兄様がそういわれるのでしたらそうなのですね」
ニコッと笑みを浮かべるマリー。イプスはその時なぜか正面を見ることができないのであった。
そんな兄を見て一瞬だけ悲しそうにするが、気を取り直し告げる。
「では魔法を使いますね」
その言葉に、イプスは何も声に出せなかったのだった。
++++++++++ラッシュ サイド+++++++++++
ラッシュは伝令からの報告を次々と聞いて一刻半(三時間)が過ぎたあたりで違和感を感じていた。
「なあ、なんだかおかしくないか?」
「おかしいですか?別に変わったところは無いように思えますが」
「そうか?なんというか気温が下がったような、あと気のせいかさっきよりも視界が悪くなっているような気がするんだが」
「確かにそのように思えますけど、それは天候が変わりやすい雪山では大したことではないと思いますけど」
サチは気にしないでも良いとラッシュに言ってくる。
「むー、まあそんなもんなのかな」
「そうですよ」
自信満々に言うサチにラッシュも同意してしまう。人は迷っているときに断言されればそれを信じてしまうからこの時にラッシュを責めることもできなかっただろう。でもこの時の判断が、この後大きな事態へと発展するとはまだ気がついてはいなかったのであった。
違和感を感じてからさらに半刻(一時間)後、ラッシュが不安に思っていた白い霧みたいなものは無くなり、視界が良くなっていた。これによりラッシュは気のせいだったと判断したときだった。
「ぎゃあ!」
突如近くにいた兵士に一本の矢が刺さり、絶叫を上げていた。
「なっ!どこから振ってきたぐあ!」
それに言葉を続けようとした兵士も運悪く弓の餌食となってしまう。
「一体何が!」
隣にいたサチも焦った調子だが、ラッシュだけが冷静に判断をしていた。
「全員伏せろ!」
そういいつつラッシュは土帝の魔法を使い土を盛り上げ即席の矢壁を構築する。すると、矢は土壁に当たりカツカツという音を鳴らしながら、突き刺さっていく。
「皆さん敵は峡谷内から射撃しているようです!応射できる人からしてください!」
サチはラッシュが張った土壁に当たる矢の音と場所によってどこから飛んできたのか特定し、指示を出していた。その指示を聞いた弓兵は戦いなれていたためか、すぐに応射を開始する。
しかし
「駄目です!敵にこちらの弓が届いておりません!」
「何ですって!」
兵士の言葉を聴いてサチは驚きの声を上げる。でも相手に攻撃は届かなくても敵からは多くの弓矢がやってくる。もはや戦いではない、一方的な虐殺が始まろうとしていた。そこで、サチはどうにか戦局を打開しようとしたのだろう。
「こ、これから私が突貫します!その間に陣形を整え応射、あるいは退却をしてください!」
いきなりそういうと、サチは一人で峡谷内に走っていってしまった。
「あ、おい!馬鹿!相手の手段がわからねえのに突っ込む奴があるかよ!って、ああもう!おいお前ら!アスティールの使者をこんなところで殺させるわけにはいかねえ!半分は俺と共にこい!残り半分は退路を確保または援護に回れ!」
「「「「了解!」」」」
ラッシュは先行したサチを追いかけ斜面を駆け下りる。その途中でなぜ相手に弓が届かなかったのか、どうしてここまで接近しても気がつかなかったのか、その理由を知った。
「くそっ!そういうことかよ!」
上空ではこちらから放たれたであろう、矢が空中に突き刺さっていた。普段なら空中に刺さるはずもない。では何に刺さっていたのか、それは氷の壁だった。しかも純度がとても高く磨かれたかのような氷。
原因が分かり悪態をつきつつ、今は目の前のことに集中しなければならない。でも、集中をかき乱す声が再び起こる。
「「「「「わああああああああ!」」」」」」
峡谷の上から突如大音量の声がしたのだ。イプスが進言したとおり両峡谷の上に最初に登らせて約一万の兵を進軍させるということを。
「やべえ!」
ラッシュはすぐさまサチを回収して退却しなければ全滅もありえると判断する。
「お前ら、俺はあのお転婆騎士を連れてくる!弓で援護頼むぜ!土帝隊は雪崩の場所に土を利用して道を作るんだ!上にも敵がいるんなら戻る時間はねえ!時間との勝負だ、頼むぜ!」
そういってラッシュは前方に駆け出し、斧を構えながら突撃した。
突撃した先にはすでにサチが五人を相手に斬りあいをしていたが敵は何万といるのだ、地面に数十人の死体が合ってもまだまだ後ろには大勢いた。それに、混乱状態に少し陥っているサチは実力を発揮できていない、息も寒い環境と山ということからか息が乱れている。
それを見たラッシュは叫んだ。
「お転婆騎士!三数えるうちにどけよ!巻き込まれてもしらねえぞ!」
そう言って、斧を振り上げるラッシュ。
「!?」
混乱をしているといっても、やはり実力者なのか、声を聴いた瞬間すぐ後ろに飛びラッシュの斜線上から退いた。敵兵との道が開けたのだ。
「おらよぉ!」
そのまま地面に叩きつけられた斧は地面を砕き、砕かれた石礫は飛散して兵士に襲い掛かる。その結果、兵士が後ろに押されて一瞬だけ勢いがとまる。
それを見逃さずラッシュは魔法を発動させた。
「ちょっとは時間をもらうぜ!」
ラッシュ達と兵士達の間に土壁を構築して時間を稼ぐ。
「おい!すぐに引くぞ!上にも敵兵がいてすぐに逃げねえと全滅する!」
サチはラッシュの言葉を聴いて何も言えずに頷く。今になって自分の短慮な行動に気がついたのだろう。
「よし、全員撤収だ!峡谷外にまで逃げるぞ!」
そういって、ラッシュ達は後方の土帝隊が作ってくれた土の道を走り、雪崩の反対側に向かいライ達の陣地へと急いで戻る。もちろん、ジュアン帝国も壁を壊し追撃しようとしたが、峡谷の上にいたリエルが水帝の魔法を使い妨害をしつつ、交代をしていたのでラッシュ達にそれ以上の追撃は無かった。しかし、リエル達、峡谷上の部隊は殿を務めたのと一緒であり、被害は甚大である。
この第二オデガ山脈攻防戦の勝敗はジュアン帝国にあがる。これはライがいなかったとはいえ、ラッシュ達にとっても始めての敗北であった。
両軍のこの戦いでの被害は国盾の砦 死者千人負傷者七百人 ジュアン帝国 死者約五千七十五人 負傷者百人。
数だけを見れば圧倒的戦果、しかし重要な防衛場所を失ったのはライ達には手痛いことであった。
何とか間に合いましたー!!! 少しだけ思ったより長くなりました。そして、なんとはじめての撤退劇ではないでしょうか。戦果的には損害は少なくても、比率的には少しまずいことになったライ陣営です。……まさかのアスティールからの応援が空回りというおお狂わせという。最初はこんな予定ではなかったんですといわせてください……。けど思いついてしまったんですからごめんなさい。
ということで、今日はこの辺で、また次回お会いしましょう。




