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第百五話 イプスの作戦と屈折

お楽しみください

 ジュアン帝国進行軍本隊がトルボより出立して約七日。部隊の中腹にいる総司令官ガドイ・ソルバ大将軍は現在頭を抱えたい気持ちであった。


 「報告にはあったが、そこまでひどいとはな」


 ガドイ将軍は先行させていた偵察兵からこの先の状況を聞いて頭を悩ませていたのだ。


 「もう一度聞くが雪崩が道を塞いでいるだけではなく、地面は凍り足場が滑って立ってはおれず、しかも撤去するにも妨害があって、できないと」


 「はっその通りでございます。先行した五千の部隊でオデガ山脈に到着後、部隊が通れるよう周辺の捜索、道の整理などをしようとしたところ、峡谷の上から矢を射掛けられ反撃されれば逃げられと妨害にてこずっておりまして」


 「……時間稼ぎがみえみえだな」


 五千の傭兵がオデガ山脈で敗れたのは雪崩のせいだとは聞いていたが、フェレス王国側に分断された傭兵達は誰一人帰ってこなかったという。ということは、それだけ大量の敵兵が峡谷の出口に待ち構えていたということだろう。


 だが、なればなぜ時間稼ぎをする?確かに四万もの兵士より多くの兵士を集められるはずがない、だからこちらより兵士は少ないのは確実。しかし、それならば妨害だけして逃げるのはなぜだ。私なら妨害だけではなく雪崩を意図的に起こせるならばもう一度起こし、五千の兵士を押しつぶすと考える。


 報告をしにきた兵士はどうすればいいか分からずに困っていた。報告に来たのはいいが怖い顔で思考にふけっているのである。指示がなければ勝手に去ることもできず、かといって声を勝手に出せば相手によってはいらぬ反感を買う。そのようなこと望んでいない。


 「おお、すまなかった。少し考え事をしてしまったようだ。報告はわかった。ここまでご苦労だったな。疲れただろう配給係に食事でも出すように言っておくから休むといい」


 「はっ!有難うございます!」


 ようやく指示をもらえた兵士はそのまま天幕を出て行き食事をもらいに行くのであった。


 そして入れ違いに若い男が入ってくる。


 「何かの伝令でしょうか?」


 その男は将軍相手に礼もとらずに突然話しかけてきた。ガドイ将軍もいきなり一般兵士にこのように言われれば顔を顰めただろうが、この男に限ってはそのようなこともなく答える。


 「お主も知っているであろう。オデガ山脈で傭兵部隊が壊滅したことを」


 「ええ、確か有名な傭兵団がやられ裏切った者もいると聞いておりましたが」


 「そうだ、そしてその時に敵は雪崩を起して壊滅させた。しかもその雪崩は峡谷の道を塞ぎ木や岩を大量に含んでちょっとやそっとでは撤去できないらしい」


 「なるほど。そして峡谷の上から攻撃を仕掛けられて撤去作業も進まず、かといって周辺を探ろうとすれば反撃に合うと」


 ガドイはやってきた男、イプスに感心する。雪崩があることで相手がどのような行動を取っているのか言い当てたのだ。ガドイは頷きながら答える。


 「うむ、それでこれからどうしたものか頭を抱えておってな」


 「……」


 「このまま進軍して四万もの兵士をオデガ山脈に向かわせれば敵も易々とは攻撃してこないだろうが、雪崩を起こせる相手がいるならば一点集中は避けたからな」


 だからこそ、五千の兵を先行させたのだ。


 「その判断は正しいと思いますが、どうされるのですか?」


 するとイプスが視線を逸らす。いや、向けたといっても良いか。天幕の中なので見えないだろうがその先にいる人物を気にかけたのだろう。


 「……言いたいことはわかる。氷の巫女の力を使えば雪崩を起こすのも簡単だろうと。そして、私は本当に必要なときは手段を選ぶ」


 「今は選ばないと?」


 「まだ一日ある。巫女の力に頼るのはその後でも良い」


 「……ご配慮有難うございます」


 「礼はいらん。本当に頼るときには私情は挟むつもりはない」


 「それでもお心遣いは感謝します。……では、氷の巫女、我が妹マリーに負担をかけない為配慮していただいた礼として一つ献策をさせていただきましょう」


 「ほう、何か妙案でもあるのか?」


 「はい、そのためにここに来たといっても良いですね」


 「では早速聞こうか」


 「はい、と言っても簡単なことです。相手が峡谷の上で戦うのならばこちらも上に布陣しましょう」


 「なに?しかし、敵が上にいるからこそこちらが困惑しているのだぞ?」


 「ですが相手は思うに兵力が少数、少なくともこちらよりはドリアドの相手もするため、二万もいないでしょう」


 「ふむ、だがそれでは解決になっていないだろう?上に行けば敵の攻撃にあう、もし勝ったとしてもこちらに多大の犠牲が出てしまう。そして、何より雪崩の問題は片付いていはいないではないか。あれでは兵士をフェレス王国に向かわせることができても輜重隊が通れぬ。兵士は飯を食えることで参加している者もいるのだ。脱走兵が出るぞ」


 「ご心配なく。もちろん輜重隊を向こう側に送らなければ負けるでしょう。なのでこうしましょう。四万の兵士を三つに分けるのです。一つは峡谷の上に布陣する部隊、一つは雪崩を撤去させるために作業をする部隊、最後に大量の運搬部隊として分けます」


 「うむ?最後の運搬部隊とはなんなのだ?」


 「先ほど将軍も言われましたように、兵糧の運搬が困難です。しかしそれは馬車を使い、馬を使うから道が整備されていない場所を渡れないだけ。ですが人は違います。たとえば一万の兵士たちに三日分の食料を持たせます。それから峡谷の上を制圧した場合上にいる兵士たちに食料を届ける。そうすれば持っている兵士を合わせ峡谷の上に三万人分の食料が持ち運べることになる」


 「食料を脱走する危険があるが」


 「もちろんあるでしょうが、今回は国の存亡をかけているといってもいい。そんなときに食料を三日分のために脱走すればその者は敵前逃亡どころか、もし生き残っても周りから臆病者と言われるでしょうね」


 「ふむ」


 「峡谷の上を制圧した部隊はそのまま、峡谷出口付近まで前進、敵の状況を確認するとともに警戒。その間に、雪崩の撤去作業をすればいいのです」


 ここで一般の兵士が食料を持ち運べるならそのまま全員に持たせ雪崩の撤去をする必要はないのではと、思うかもしれない。だが軍隊とは兵糧も大切であるがそれだけで維持できるものではない。例えば天幕もそうだし、冬国なので薪も必要だ。それが四万人分となれば大量となる。それに四万人の他にも物資を消費する生き物はいる。


 馬だ。ジュアン帝国はフェレス王国に比べれば軍馬を用いる部隊は少ない。だが決していないわけではない。今回で言えば約一万の騎兵がいる。一頭が食べる食料とは人の三倍にもなるが、縦横無尽に力強く駆け回るには当然のことであった。すると、馬の食料である干草などが必要になる。道に生えている草も食べればもう少し運搬量を減らせることも可能だが、冬の山にはほとんど生えていないし、馬にとって生の草は体調が崩れる原因にもなる。


 よって、兵数がいくらいようが荷馬車から物資を下ろして行軍するなど考えられない。だからこそ、食料を兵士たちが運搬すると言う簡単な思考をガドイは考えられなかったのだ。食料は荷馬車などで運ぶものだと言う観念があったから。


 「お主の言っていることは判った。だがまだ問題はある。雪崩を撤去作業しようにも地面が凍り、雪崩の場所には雪に異物が混ざっておる。撤去作業に人の手でやっていれば七日はかかるぞ」


 「それもご安心を。妹のマリーに手伝ってもらうことになりますが……それとは今から兵士たちに木の板と土や砂を用意してください」


 「木の板や砂だと?そのようなものをどうする気だ」


 「馬車や兵士を通れるようにするのです。地面が凍っていると足元がすべる、足元がすべるのは摩擦がないから。ならばまず砂や土を地面にばら撒きその上を板で道を作るのです。馬を走らせることができなくても、向こう側に向かうことはできましょう」


 「雪崩はどうする?」


 「先ほども言ったようにマリーに頼みます。氷の巫女は氷を操れる。すべての雪崩を撤去させるには負担が強すぎますが、少しした丘にする程度ならば負担は少ないはずです」


 「……良いのか?あれほど力を使わせたがらなかったというのに」


 「……確かに今も使わせるつもりはないです。ですが、このままここで私たちが足踏みを止めればフェレス王国はドリアドとの戦いを終え全軍をもってこちらに来る可能性がある。そうなれば一番危ないのは強力な魔法を使えるマリーになる。そんなことは避けなければならない。マリーの安全のために力を貸してもらうのです」


 そういうイプスを見て、ガドイは目を閉じる。見えてしまったのだ。気丈にすらすらと言葉を喋ってはいたが爪が食い込むほど拳を握っていたことに。もし自分が戦火ではなく一個人でここにいたならば、この兄妹を逃がしてやることもあったかもしれない。でもそれはできなかった。上層部が人質として巫女であるマリーに何かしらの細工をしたのだ。それだけ今回の遠征には本気なのだろう。


 「わかった。お主の策を採用しよう。木の板は攻城兵器や補修材などから捻出すれば用意できる。土や砂はどのくらい必要だ?」


 「ここにいる兵士一万に命令してお集めください。今は冬で地面が堅いでしょうから湯を沸かしてばら撒きながら地面を柔らかくすればいい。また別の五千の兵士に雪を集めさせて溶かしそれを湯にすれば良いでしょう。それでも集まりが悪ければ周りにある木を採掘してください。それから細かく千切って折ったりすれば、砂よりは不安定でも代用は利きます。すぐには無理でしょうが、湯を沸かしてなくなった薪も乾燥させればそのまま残った木を新しい薪にできますからね」


 「よし、早速指示を出そう。誰かいる」


 ガドイは外にいる兵士を呼んで指示を出そうとした。でもそれよりも一歩早く兵士は天幕の中に入ってくる。その兵士は慌てていた。よく見れば我が軍に二つしかない内の一つである遠風の書を管理している兵士である。


 「そのように慌ててどうしたのだ?」


 「大変です将軍!この先にいる部隊に厄介な敵が現れたのとの報告が!」


 「敵だと?ライ・ジュリアールの報告はすでに聞いておる。そこには赤い悪魔もいたとな」


 壊滅して逃げ帰ってきた傭兵から聞いていた。ライ・ジュリアールと名乗る男と赤い髪をした女、赤い悪魔が姿を現したと。だが、その情報は何日も前に聞いている。今更驚くことではない。


 「違うのです!フェレスに潜む密偵とルティに潜む密偵から報告が来ました!向こうの陣地を守るのはライ・ジュリアールと赤い悪魔だけにあらず!銀色の死神、不屈の戦士が揃っているとのこと!兵数は約一万から一万五千とのことですが、士気は高くなんとフェレス王国第一王女エミルがいるとのこと!」


 焦って喋る兵士の話を聴いてガドイは想定内のことではあるとは思っていた。ライ・ジュリアールは第一王女の騎士であり、赤い悪魔達は仲間なのだから。だが一つ気になったこともある。どうしてルティの報告が今届く?ルティとは確かフェレス王国東に位置する都市だったはず。北の国境とは離れているが。


 「まさか……」


 ここでイプスが呟き兵士を問い詰める。


 「少し聞きますが、まさかルティからは東のアスティールから使者が来たとかではないですか?」


 「そ、その通りでございます!しかもその使者、アスティール王国王女イビアの第一騎士サチ!現在すでにライ・ジュリアールと合流した恐れがあると!」


 「なんと……これは少し困りましたね。ガドイ将軍、先ほどの指示とは別に千の伝令部隊を組織してください。ですが、この部隊には異変があれば進まずカならず止まるようにと」


 「それはかまわぬが、その騎士が一人加わっただけであろう?何をそんなに警戒する必要があるのだ?」


 「アスティールの第一騎士と言えば、アスティール国内では有名な人物です。逸話があるとすれば自国内に三千の海賊が現れ、村に向かっていると言う報告が王都に入ったそうです。ですが、王都からその村には十日掛かる。海賊が来るのは五日、これでは軍は間に合わない。誰もが諦めを示したところで、サチという騎士は単独で先行、一対三千ではいくら優秀な騎士でもと思いつつ、イビア王女の命で軍を組織、四千の騎兵を組織して村に向かいました」


 「どうなっていたのだ?」


 「そこで兵士達は驚くものを見たのです。村は無事だった。しかも騎士サチも無傷だったのです。その後、予定よりも遅く現れた海賊を殲滅したようですが、現れた海賊は心身ともに疲弊していたとか」


 「まさか一人で撃退したのか!」


 「そこは判りませんが、聞き伝えによると不思議な魔法を使い、辺りを眩しい光が包みこみ、それから海賊が来なくなったと。それから騎士であるサチはこう呼ばれるようになりました。光の女神聖騎士と」


 「女神と聖騎士を混ぜるとは、しかし一人で三千倍もの敵を倒せば村人からそう呼ばれてもおかしくないか」


 「事実なればですが、……それで先ほどの説明に戻れば今回同じことが行われるかもしれないと言うことです」


 「時間稼ぎが目的ならば、こちらの行軍を進めさせないことができると言うことか」


 「それだけではありません。おそらく、先行している五千の兵士が全滅している可能性も」


 「なに?しかし伝令は来たではないか。矛盾しておる」


 「伝令をこちらに返せば苦戦している場所に兵士を向かわせる。そこに罠を張ればいいのです。しかし、罠を怖がっていては進めない。伝令を送るしかありません」


 「お主は千の騎兵に死ねというのか?」


 「いいえ、それではマリーが危険になる。だからこそ、異変があったら止まるようにと指示するのです。先行している五千は……諦めるほうが言いかと」



 「なんと……」


 ガドイ将軍は立ちくらみがしてしまった。


 この後イプスの指示通り、千の騎兵隊を組織して偵察部隊を送らせるがその千部隊は目的地に着くことはできなかった。驚くことに峡谷の入り口がなくなり壁で塞がれていたのだ。それだけではなく、迂回しようとすると元のところに戻ってしまうなどもあった。


 これは、ライがサチに頼んでした作戦で、光を屈折させ風景を変えていたのだ。砂漠で熱による蜃気楼が発生し幻が見えるように、光を屈折させてあるはずのないものが、あるように見えるようにしたのである。もちろんただの光を屈折させているだけなので、触ればすぐにそこには何もないことはわかる。


 だが、よく考えてほしい。目の前に底が見えない崖があったとして身を投げ出す人はいるだろうか?いたとしても自殺願望者であろう。それと同じで、人は目で見たものを信用してしまい岩があればあるのだろうと、誤解し触るという手順を踏まないのだ。


 これによりジュアン帝国本隊は三日の停滞を余儀なくされる。


 この間食料もあまりない状態で先行していた五千の兵士は三日も峡谷から指示もなく動けず、敵の攻撃にさらされ、壊滅したのだった。

お疲れ様です。何とかかき終えることができました。

四十八時間起き続けると頭がクラクラしますね。

っと、それよりも今回のことをお話しましょう。

ついにジュアン帝国の本隊が動きはじめました。まだ一回しか出てきていなかったイプスとまだ名前だけで登場していないマリーですが、ライにとって二人ともそれぞれ強力な敵となることでしょう。マリーは魔法を、イプスは智謀によって。……智謀だけかはわかりませんが。本来ならイプスはマリーを人質に取られて無理やり軍師をさせられている状態です。マリーを逃がすことはできますが、どうやら上層部に何かしらの仕掛け、または呪いをかけられて……。

とここまで気になることを書きつつ、今日はこの辺で。寝ていないからか何を描いているのか少し不安になってきました。

ではまた次回お会いしましょう。

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