↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご当地VTuberは予算不足につき  作者: 生サーモン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/3

【第1話】予算、27万4000円

「星の海から、きらりん☆」


 着任初日の朝9時、町役場の小会議室で、人魚のお姫様に挨拶された。


 スクリーンの中で、水色の髪の女の子が片目をつぶっている。髪には星の飾り、胸元には大きなリボン。腰から下はたぶん魚だけれど、絵が胸から上しかないので確かめようがない。

 町のVTuberだった。


 私はパイプ椅子で、辞令の封筒を持ち直した。

 1年半ぶりに、VTuberの画面を見た。前の事務所を辞めてから、私はこういう画面を一度も開いていない。


「こちらが」


 スライドを操作していた職員が、誇らしげに振り返った。


「柚木さんに担当していただく星浦ルナです」


 名札には倉持圭とある。20代半ばくらいで、ワイシャツの袖を肘までまくっている。さっき廊下で会ってから、もう3回お辞儀をされていた。


「担当」

「はい」

「私の仕事は町の魅力発信だと伺ってます」

「はい。魅力発信です」

「役場のSNSを更新する仕事だと思ってました」

「募集要項に『SNS・動画等』って書いてあったと思うんですけど」

「その『等』に、これが入ってるんですか」

「入ってます」


 倉持さんは申し訳なさそうに、でもはっきりと頷いた。

 等、が重い。1文字ぶんの重さではない。


 机の端に、青い紙ファイルが置いてあった。背表紙に「星浦ルナ 公式設定資料」。私の親指より厚い。

 めくってみると、1ページ目が挨拶の文例で、2ページ目から30ページ目まではロゴと絵の使い方の決まりだった。ロゴの周りに空けておく幅。ロゴを載せてはいけない背景の色。ルナの絵を斜めにしてはいけない理由。


「86ページあります」

「ロゴと絵の決まりだけで30ページありますね」

「町の人が勝手にグッズを作らないための決まりだそうです。代理店さんが作ってくれました」


 キャラクターの使い方の決まりを作るのは、まっとうな仕事だ。前の事務所にも同じ種類の資料はあった。ただ、あっちは10ページで、残りには配信のやり方が書いてあった。


「星浦っていうのは」

「町の名前です。干物の干に浦で、ほしうら」


 倉持さんはホワイトボードに「干浦」と書き、その隣に「星浦」と書いた。


「干物の町だと若い人に届きにくいって、代理店さんが言いまして。読みは同じなので、漢字だけ変えました」

「漢字を変えただけ」

「はい」

「それで、おいくらかかったんですか」

「全部で1800万円です」


 私が黙ると、倉持さんは慌てて手を振った。


「名前の値段じゃないですよ。東京での発表会とか、ネットの広告とか、グッズとか、紹介動画とか、声優さんの3か月分とか、全部込みです。去年1年で使い切る事業だったんです」

「絵と、動くモデルは」

「それも入ってます。いくらだったかは、書類に書いてなくて」


 全部込みの結果、この会議室にいるのは私と倉持さんとスクリーンの姫だけだった。


 スライドの次のページは、動画サイトのルナのチャンネル画面だった。登録者213人。最後の配信は7か月前。

 見るつもりはなかったのに、目が勝手に数字を拾う。


「最後の配信のアーカイブを開いてもらえますか」


 倉持さんがクリックする。再生回数は58回。コメントは9件で、そのうち6件が同じ3つのアカウントから書き込まれていた。「干浦町役場 企画観光課」「ほしうら観光協会」「ブライトゲート公式」。ブライトゲートは、ルナを作った東京の広告代理店だという。


「管理画面も見られますか」

「は、はい」


 差し出されたノートPCで、視聴の記録を開く。平均視聴時間は41秒。何分目で人が離れたかを示す線は、始まって40秒あたり、挨拶が終わるところで、ほとんど下まで落ちていた。


「みんな、最初の挨拶で帰ってますね」

「……え」

「登録者の213人も、40人くらいは役場と関係者じゃないですか。コメントの顔ぶれからすると」


 倉持さんは私を見た。画面を見た。もう一度、私を見た。


「課の全員で登録しました」

「ですよね」


 言ってから、私はノートPCから手を離した。1年半ぶりに触った管理画面の上で、指のほうが先に動いていた。


 倉持さんが、ポケットからスマートフォンを取り出した。何かを探す指が速い。


「あの、違ってたら本当に申し訳ないんですけど」


 倉持さんはライブの録画を再生した。私が前にいた大手のVTuber事務所が、所属タレントの周年記念に開いた3Dライブ。その最後に流れる、スタッフの名前の一覧だ。倉持さんが技術スタッフの欄で動画を止める。止めた画面の真ん中に、私の名前があった。


 テクニカルディレクター 柚木小夜


 ライブの配信で、回線と音と映像の切り替えをまとめる責任者。それが私の前の仕事だった。


「……ですよね?」

「同姓同名です」

「柚木小夜さんって、そんなにいます?」

「探せばいると思います」

「僕、あの事務所の3Dライブは全部、最後まで見るんです。技術の人の名前、けっこう覚えてて」


「その仕事はもうやってません」


 声が、思ったより低く出た。

 倉持さんは何か言いかけて、口を閉じた。スマートフォンをしまって「すみません」と一度だけ頭を下げ、それ以上は何も聞いてこなかった。

 聞かれなかったことに、私は少しだけ助けられた。


 1年半前、私が技術の責任者だった3Dライブで、放送事故が起きた。私が最終確認をした切り替えの表に、間違いがあった。その事故がもとで、一人の演者が引退した。私は翌月、事務所を辞めた。


     *


 小会議室を出ると、階段の下から子どもの声が上がってきた。


「ひらきくーん」


 保育園の見学らしい。黄色い帽子の列の先頭を、茶色くて平たいものが歩いてくる。

 アジの開きだった。

 頭から尾まできれいに開いたアジの形の着ぐるみが、横向きのまま、一段ずつ階段を上がってくる。目は片側に2つ並んでいて、2つとも私を見ていた。

 踊り場で、着ぐるみは私の前に止まった。そして平たい体を、ぱたん、と前に折った。

 お辞儀だった。

 私も慌てて頭を下げた。顔を上げたときには、着ぐるみはもう横歩きで廊下の奥へ向かっていて、黄色い帽子がその後ろに続いていた。


「ひらきくんです」と倉持さんが言った。「町の公式キャラクターで、しゃべりません」

「横にしか歩けないんですか」

「開きなので」


 子どもたちは誰も疑っていなかった。


     *


 企画観光課は2階の奥で、私の机は倉持さんの隣に用意されていた。

 机の上に、地元紙が一部置きっぱなしになっている。


『1800万円のVTuber 再生回数は』


 見出しの下に、スクリーンの姫が小さく載っていた。


「それ、3月の記事です」


 倉持さんが新聞を裏返した。


「前の町長の肝いりで作ったんですけど、町長が替わって、今の町長は続けない方針で。声優さんの契約も切れて、それから誰も触ってなくて」

「それで、私が触る」

「……6月の議会で、副議長がルナの予算をゼロにするって言ってまして」

「まだ残ってるんですか、予算」

「今年度は27万4000円です。前の町長が、モデルの保守費として付けていった分だけで」


「演者さんは」

「声優さんの事務所に聞いてみたんです。そしたら、1回の配信で」

「高いですね」

「まだ金額言ってないです」

「事務所を通すとだいたいそうなります」


 声優の事務所に頼めば、出演料に事務所の取り分が乗る。27万4000円なら、何回かで終わる。

 事務所を通さなければ話は別だった。配信アプリで毎晩しゃべっている人や、デビューを待っている人はネットにいくらでもいる。月に数万円で毎週しゃべってくれる人は、探せばすぐ見つかる。

 前の業界で、そういう人たちが安く集められて、数字が出なければ入れ替えられていくのを、私は何度も見てきた。


「安く引き受けてくれる人なら、ネットで探せばいます」


 私が言うと、倉持さんは首を振った。


「それなんですけど。前の声優さん、東京の方で、干浦には一度も来てないんです。配信で町のお店の名前を読み間違えたのが、町で評判悪くて。町長からも、次をやるなら町のことを自分の言葉で話せる人にしてくれって」

「町に住んでる人、ってことですか」

「できれば」


 27万4000円で、町に住んでいて、人前でしゃべれて、1年続けてくれる人。並べたところで、考えるのをやめた。

 倉持さんは椅子をこちらへ回して、声を小さくして付け足した。


「それと、国に出してる柚木さんの活動計画なんですけど。……『ルナの運用』って書いちゃってまして」

「ルナがなくなったら」

「活動の中身がなくなります」


 協力隊の給料は、国から町に出るお金で払われる。何をする人として来たのかが消えたら、いちばん困るのは私だった。

 口座の残高は、今朝見たら3万円台だった。家賃ゼロ、軽トラ貸与。募集要項のその2行につられて、私はこの町に来た。


「引き受けるとは言ってません」

「はい」

「データだけもらっていいですか。見るだけです」


 倉持さんは引き出しから、星のキーホルダー付きのUSBメモリを出した。代理店の置き土産らしかった。


     *


 町が用意してくれた家は、坂の上の元駄菓子屋だった。

 店だった土間の奥に6畳と4畳半、それに台所。窓から港が見えた。暗くなると、海の上に漁船の灯りが3つ4つ浮かんだ。

 光回線の工事は、5月になると言われている。


 玄関の取っ手に、ビニール袋が掛けてあった。中にアジの開きが4枚と、鉛筆で書いたメモが1枚。


「よろしくね 下の家」


 魚焼きグリルの点け方が分からない。私は4枚を冷蔵庫に入れた。空だった冷蔵庫に、干物だけが行儀よく並んだ。


 ノートPCをスマートフォンの電波につなぎ、星のキーホルダーごとUSBメモリを挿した。

 見るだけだ。

 ルナのモデルを開いた。


 まず、まばたきが気になった。

 3秒ごとに1回。きっちり3秒で、ルナは目を閉じて、開けた。

 カメラで中の人の顔を読んで動かしていれば、こうはならない。人がまばたきをした瞬間に、ルナもまばたきをする。3秒ごとに正確に閉じるのは、顔を読まずに、自動のまばたきだけで動かしていたからだ。

 口は開くか閉じるかしかない。髪は一本も揺れず、首を傾けると星の髪飾りが頭から浮く。

 モデルの中をのぞくと、目と口と眉を動かす部品は、最低限入っていた。カメラで読んだ顔につながっておらず、声に合わせて口を開け閉めして、自動でまばたきするだけ。髪を揺らす設定はない。個人のモデラーに10万円ほどで頼めば付いてくる揺れも表情もない、その半分もかからない出来だった。

 1800万円のうち、ルナの体に使われたのはその程度だった。残りは発表会と広告とグッズになって、去年1年で消えた。


 最後の配信のアーカイブを再生した。

 声優さんの声は上手だった。店の名前は2回読み間違えていた。台本は代理店の宣伝文で、途中で声優さんが笑っても、ルナの顔は笑わなかった。

 上手な人に、町を知らない台本を読ませて、笑っても顔の変わらない姫をかぶせていた。見ている人が挨拶で帰るのも当然だった。


 私はモデルの設定ファイルを開いた。

 開いたら、閉じられなくなった。


 目と眉と口の部品を、カメラが読んだ私の顔につないだ。

 胸のあたりに、息をしているように見える程度の上下を入れた。

 髪は全部揺らすとうるさいので、右の一房だけ、首より少し遅れて揺れる設定にした。

 髪飾りは頭に留めた。

 気づくと2時を過ぎていた。


 3時。

 カメラをつけた。画面の隅に、寝ぐせのついた私が小さく映る。その隣で、ルナが目を開けた。

 私が首を傾げると、ルナも首を傾げた。右の一房が、少し遅れて揺れた。星はずれなかった。

 私がまばたきをすると、同じ瞬間にルナもまばたきをした。


 口を開けかけて、やめた。

 カメラを切って、ノートPCを閉じた。港の灯りは、いつのまにか1つに減っていた。


     *


 翌朝、課に着くなり、倉持さんが私のノートPCをのぞき込んで、声にならない声を出した。


「……まばたき」

「直しました」

「髪、揺れてます」

「一房だけです」


「やってくれるんですね」

「直しただけです」

「はい。……はい」


 2回目の「はい」は、何も聞いていない返事だった。

 倉持さんは自分の机から、薄い冊子を一部取ってきた。


「じゃあ、これも見ておいてもらえると」


 表紙に「広報ほしうら 4月号」とある。町の広報誌だ。


「これ、もう配ったんですか」

「昨日までに全戸に配りました」


 倉持さんが開いてくれたページの真ん中に、ルナがいた。片目をつぶって、星をまき散らしている。その上に、太い字が並んでいた。


 4月29日 港の朝市まつりで 星浦ルナ 復活生配信!


 私は冊子を持ったまま、隣の机の青年を見た。


「演者は」

「……これから、探します」


 そのとき、倉持さんのノートPCが勝手にしゃべった。昨日のスライドを閉じ忘れていたらしい。


「星の海から、きらりん☆」


 課の全員が、こちらを見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。