第六部 最初の預金者
十一人の足取りを追う作業は、想像していた以上に困難だった。
「非同意の預け入れ」とされる十一件は、いずれも表向きは単なる失踪事件として処理され、警察の捜査線上からも早々に外れていた。事件性なし、あるいは自発的失踪の可能性大――そう分類された記録の裏に、本当は何が隠れていたのか。高城は一件ずつ、当時の関係者に話を聞き、残された記録を洗い直していった。
三週間かけて、高城は十一人のうち、七人の事件について、ある程度の輪郭をつかむことができた。年齢も性別も職業も異なる七人だったが、共通点が一つだけ見えてきた。
いずれも、何かを「見てしまった」人間だった。
企業の不正を目撃した経理担当者。ある政治家の裏金の流れに気づいた秘書。犯罪組織の内部抗争を目撃してしまった末端の構成員。理由はさまざまでも、共通していたのは、彼らが皆、自分の意志とは関係なく、誰かにとって「都合の悪い証人」になってしまっていたという事実だった。
彼らは、逃げたのではない。
消されたのだ。
そして、彼らを消した人間たちは、皆一様に、社会的な立場を持つ者たちだった。
二
七人の共通点を突き止めた高城は、残る四人――そして、その中に含まれるであろう三崎紗季のケースに、いよいよ本格的に取り組み始めた。
二十六年前の事件記録を、高城は改めて最初から読み返した。当時、若手刑事だった自分が書いた報告書。目撃者の証言。捜査会議の議事録。すべてが、記憶の底からありありと蘇ってくる。
紗季は、市内の高校に通う、ごく普通の一年生だった。成績は中の上。友人関係も良好で、家庭にも大きな問題は見られなかった。下校途中、いつもの通学路の途中で、忽然と姿を消した。目撃情報は乏しく、防犯カメラの設置もまだ十分ではなかった時代だった。
当時の高城たちは、この事件を「通り魔的な誘拐」あるいは「家出」のどちらかだと考え、二つの可能性を並行して捜査していた。だが、どちらの仮説も、決定的な証拠には結びつかなかった。
高城は今、あの事件を、まったく違う角度から見直し始めていた。
紗季は、何を見てしまったのか。
十六歳の少女が、社会的な地位を持つ誰かにとって「消さなければならない証人」になり得るとしたら――それは、どんな出来事だったのか。
三
高城は、紗季の同級生や、当時の担任教師、部活動の顧問など、事件当時に関わりのあった人物を、一人ずつ訪ね直すことにした。二十六年前の記憶は、多くが曖昧になっていたが、それでも、いくつかの新しい証言が集まった。
ある元同級生は、こう証言した。
「紗季ちゃん、失踪する少し前に、なんだか様子がおかしかったんです。いつも明るい子だったのに、あの頃だけ、何かに怯えているみたいで」
「何か、心当たりは」
「詳しくはわかりません。ただ、一度だけ『変なものを見ちゃった』って、つぶやいていたのを覚えています」
「変なもの、とは」
「聞いても、教えてくれませんでした。『言ったら危ないから』って」
高城は、この証言を手帳に書き留めた。二十六年前、当時の捜査でも、実はこの証言は一度得られていた。だが当時の高城たちは、それを「思春期特有の漠然とした不安」として片付けてしまっていた。今、その判断の甘さが、重く胸にのしかかってくる。
見過ごしていた。
あのとき、もっと深く掘り下げていれば。
自責の念を押し殺しながら、高城はさらに調査を進めた。
四
数日後、高城はついに、決定的な符合にたどり着いた。
これまで洗い出した十一人の非同意の預け入れのうち、紗季を含む四人――高城が「最後まで見つけられなかった」四人の失踪時期を、地図上にプロットしてみたときのことだった。
四人の失踪地点は、いずれも当時の市内の、ある区画に集中していた。そして、その区画には、当時、ある大規模な開発事業が計画されていた地域が含まれていた。
高城は当時の新聞縮刷版を調べ直した。二十六年前、この地域では、ある大型の再開発計画が進行していた。多額の公共事業費が投じられ、複数の企業と行政が関わる、大規模なプロジェクトだった。
そして、その計画をめぐって、当時、ある小さな疑惑が報じられていたことを、高城は思い出した。
――用地買収をめぐる、不透明な資金の流れ。
当時は大きなニュースにはならず、すぐに立ち消えになった疑惑だった。だが今、あらためて見直すと、この疑惑の周辺に、四人の失踪者たちの生活圏が、奇妙に重なり合っていることに気づく。
紗季の父親は、当時、その再開発区域に隣接する小さな不動産会社に勤めていた。
高城の背筋を、冷たいものが走った。
紗季は、父親を通じて、何かを知ってしまったのではないか。
そして、それを誰かに知られてしまったのではないか。
五
高城は、この日初めて、二十六年前の未解決事件と、現在追っている「失踪者の銀行」とが、単なる偶然の一致ではなく、一本の線でつながっていることを確信した。
十一人の「消された人間」たちは、それぞれ別々の理由で、それぞれ別々の人間によって、銀行に「預けられた」のだろう。だが、その中でも最初期に位置する数件――紗季を含む四人――には、共通の背景が存在する。二十六年前のあの再開発計画をめぐる、何らかの重大な出来事。
それはつまり――。
「失踪者の銀行」という仕組みそのものが、二十六年前のあの出来事と、深く関わりながら生まれた可能性がある。
高城は、これまで集めてきたすべての情報を、もう一度机の上に並べ直した。坂本のリスト。E、F、Gの証言。十一人の記録。そして、二十六年前の再開発疑惑。
すべての糸が、一つの結び目に向かって収束していくのを、高城は感じていた。
その結び目の先に、誰がいるのか。
銀行を作った人間は、誰なのか。
高城は、その答えを探すために、これまでとは違う種類の調査に踏み込む決意をした。噂や証言をたどるだけでなく、銀行という組織そのものの起源に、直接たどり着くための調査に。
窓の外はすでに夜が更けていたが、高城は椅子から立ち上がり、コートを手に取った。
もう、後戻りはできない。
そのことを、高城は静かに受け入れていた。




