第五部 消された人間
坂本のリストを再び机に広げたのは、深夜のことだった。
高城はこれまで、「返却済」の番号を中心に調査を進めてきた。だが今、目を向けるべきは別の軸だった。番号そのものではなく、それぞれの「預け入れ」が、本人の意志によるものかどうか――その一点だった。
Eも、Fも、Gも、自らの判断で銀行に自分自身を委ねていた。だが宮村篤志のケースには、その確信が持てなかった。「半年だけ、俺はいなくなる」という言葉は、まるで他人から聞かされた期間を、そのまま口にしているようにも聞こえた。
高城は、これまで集めた証言や記録の中から、預け入れの経緯が語られているものを、一つずつ洗い直していった。契約書らしきものの断片、元預金者たちの証言、坂本から得た噂――それらを突き合わせ、「本人が能動的に銀行を訪れた形跡があるかどうか」を、丹念に確認する作業だった。
三日間、ほとんど眠らずに続けたその作業の末、高城はある数字にたどり着いた。
過去三十年間に、本人の同意が確認できない「預け入れ」が、十七件。
二
十七件。
その数字を前に、高城はしばらく動けなかった。
想像していたよりも、はるかに多かった。銀行が、単に「逃げたい人間の逃避先」であるだけなら、これほどの数の「非同意の預け入れ」が存在するはずがない。
高城はさらに、その十七件それぞれの「その後」を調べた。すでに元の生活に戻っている者、まだ行方が分かっていない者――両者を丁寧に仕分けていく作業だった。
結果は、次のとおりだった。
十七人のうち、六人は、契約期間を経て、すでに元の生活に戻っていた。詳しい聞き取りはまだできていないが、少なくとも生存と現在の所在は確認できた。
そして残りの――十一人。
いまだ、行方不明のままだった。
三
高城は、この十一人のリストを前に、静かに拳を握った。
自分の意志ではなく、誰かの意志によって、社会から消された十一人の人間。その多くが、今も見つかっていない。それはつまり――彼らが今も、「保留」の状態にあることを意味していた。
高城はこれまでの調査人生の中で、数え切れないほどの失踪事件に触れてきた。だがそのどれもが、「本人が消えた」事件だった。今、目の前にあるのは、性質がまったく異なる。誰かが、他人を消した事件だ。
それは失踪ではない。
限りなく、拉致や監禁に近い、何か別のものだった。
高城は十一人分の記録――氏名、失踪当時の年齢、居住地、失踪時期――を、一枚の紙にまとめて壁に貼り出した。手作りの相関図のようなものだった。年齢も、性別も、職業も、それぞれ異なる十一人。共通点は見当たらないように思えた。
だが高城は、一人ずつの背景を丹念に洗い直していく中で、ある奇妙な既視感を覚え始めていた。
十一人の失踪時期を、時系列に並べ替えてみたときのことだった。
もっとも古い一件の日付を見た瞬間、高城の手が止まった。
四
その日付は――二十六年前の、ある月のものだった。
高城の記憶の奥底にある、あの事件の時期と、驚くほど近い。
高城は震える手で、事件記録の束から、あの色褪せた切り抜きを取り出した。
《市内の高校一年生・少女、下校途中に消える》
失踪日を確認する。
一致した。
正確に言えば、リストにある最も古い「非同意の預け入れ」の日付は、三崎紗季が失踪したとされる、その翌日だった。
高城は、その瞬間、自分の心臓の音がはっきりと聞こえるほどの静けさの中にいた。
これまで、宮村篤志の失踪から始まった調査が、まさか自分自身の――二十六年間、片時も忘れたことのなかったあの事件に、直接つながっているとは、思ってもみなかった。
いや、正確には。
どこかで、そうであってほしくないと願いながら、同時に、そうであるはずだという予感を、ずっと拭えずにいた。
五
高城は、十一人のリストを、もう一度最初から見直した。
年齢、性別、居住地はばらばらでも、ある一点において、彼らは共通していた。それは――誰も、その後の消息を、自分自身の言葉で語っていないということだった。
Eも、Fも、Gも、たとえ複雑な感情を抱えながらでも、自分の言葉で「銀行」について語ることができた。彼らは、自らの意志で銀行に入り、自らの意志で――たとえ痛みを伴っても――それについて語る権利を持っていた。
だが、この十一人には、その権利すら与えられていない。彼らの人生は、本人の知らないところで決められ、本人の同意なく奪われ、そして今もなお、誰かの手の中にある。
高城は、その事実の重さに、これまでとは違う種類の怒りを感じ始めていた。
裏社会が、逃げ場を求める弱者を利用してきたことは、ある意味で予想の範囲内だった。だが、この十一人――特にその中に混じっているであろう、あの少女の存在は、高城にとって、単なる調査対象ではなくなっていた。
高城はデスクに向き直り、十一人の名前を一人ずつ、あらためて書き出した。
そして、その一番上に、ためらいながら、こう書き加えた。
三崎紗季(?)
まだ確証はない。だが、ここまで積み上げてきた符合が、偶然であるとは、もう思えなかった。
高城は、十一人全員の足取りを、一からたどり直すことを決めた。
彼らがどこに消えたのか。
そして、彼らを消した人間が、いったい誰なのか。
その先に、二十六年前の真実が待っていることを、このとき高城はまだ、確信までは持てずにいた。だが、心のどこかで、もう後戻りできないところまで来てしまったことを、はっきりと感じ取っていた。




