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失踪者の銀行  作者: キロヒカ.オツマ―


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20/22

第二十部 式典

式典当日、空は雲一つない晴天だった。


会場は、市の中心部にある、大型のコンベンションホール。「県北地域振興功労者表彰式」と銘打たれたその式典には、地元財界の重鎮や、行政関係者が数多く招かれていた。そして、その主賓の一人として名を連ねていたのが――県議会議員、権田義昭。六十代後半、県政において三十年近くの経歴を持つ、地元きっての実力者だった。


高城は、記者から渡された式典の招待リストを、事前に何度も確認していた。権田義昭。二十六年前、まだ三十代の若手議員だった頃、あの再開発計画の中心にいた人物。そして今、地域振興の功労者として、壇上で表彰を受けようとしている。


その皮肉に、高城は苦いものを感じずにはいられなかった。



会場には、記者が手配した複数の媒体の取材陣が、あらかじめ紛れ込んでいた。表向きは「地域振興特集の取材」という名目だったが、その実、彼らのカメラは、式典の進行そのものよりも、権田義昭の一挙一動を、注意深く追う準備を整えていた。


高城と篤志は、一般の来場者に紛れる形で、会場の後方に位置を取った。宮村由紀も、兄の隣に付き添っていた。


式典が進行し、権田が壇上に上がる時間が近づく。高城の心臓は、これまでの調査人生の中でも、記憶にないほどの速さで脈打っていた。


権田義昭が、表彰状を受け取り、短いスピーチを始めた。地域の発展、次世代への継承――型通りの美辞麗句が並ぶ、その言葉を聞きながら、高城は静かに、篤志に目配せをした。


「行きましょう」



スピーチが終わり、壇上から降りようとする権田に向かって、高城と篤志は、会場中央の通路を、まっすぐに歩み出た。


周囲がざわつく。警備員らしき男たちが、すぐに反応し、二人を取り押さえようと動き出した。だが、その瞬間、あらかじめ配置されていた記者たちが、一斉にカメラを構え、フラッシュを焚いた。


「権田先生!」記者の一人が、大声で呼びかけた。「二十六年前の、市北部再開発計画における、用地買収の不正について、コメントをいただけますか!」


会場が、一瞬にして静まり返った。


権田の表情が、明らかに強張った。


「何を、突然……」


「これが、当時の資金の流れを示す記録です」


高城が、あらかじめ用意していた資料の写しを、記者団に向けて掲げた。記者から預かっていた、専門家による分析結果のコピーだった。原本は奪われても、写しは、確かに生きていた。


「そして、こちらは――」高城は、篤志を促した。「この資料を発見し、命の危険を冒してまで、真実を公表しようとした人物です」


篤志が、震える声で、一歩前に出た。


「宮村篤志です。あなたの指示によって、僕は拉致されかけ、証拠を奪われました。それでも、僕はここに来ました。あなたに、説明していただきたい」



権田の顔から、血の気が引いていくのが、遠目にもわかった。だが、長年政治の世界で修羅場をくぐってきた男は、すぐに、表面上の冷静さを取り戻そうとした。


「――何の話か、私にはさっぱりわからない。名誉毀損で訴えることも考えなければならないな」


「では、こちらはどうですか」


高城は、もう一枚、資料を掲げた。三崎恒之の証言をもとに作成した、詳細な記録だった。


「二十六年前、三崎恒之という男性の娘、三崎紗季さんが、この不正の証人となることを恐れられ、消されました。当時、若手議員だったあなたの指示で動いていた人間たちによって」


会場中のカメラが、権田の表情を捉え続けていた。


「三崎さんは、今も生きています。彼女は、この二十六年間、自分の意志ではなく、あなたたちの都合によって、家族から引き離され続けてきました」


権田の額に、汗が浮かんでいた。


「証拠がある、というのか」


「あります」高城は、静かに、しかし力強く言った。「そして、これから、正式な捜査機関にも、すべての情報を提供します。あなたが、これまでどれだけの人間の人生を、道具として扱ってきたか――それを、明らかにする時が来ました」



その瞬間、会場の後方で、小さな騒ぎが起きた。


高城が振り返ると、そこには、これまで一度も直接顔を合わせたことのない人物――工場跡地の女が、静かに立っていた。彼女の隣には、見覚えのある、痩せた白髪の老人の姿があった。


苑田だった。


車椅子に乗った苑田は、介助を受けながら、ゆっくりと会場の中へと進み出た。


「苑田さん――」


高城が驚いて声をかけると、苑田は、静かに頷いた。


「最後まで、隠れているつもりだったが……あんたの覚悟を見て、私も、逃げているわけにはいかないと思ってな」


苑田は、権田を見据えた。


「権田くん。あなたが、私の作った仕組みを、どれだけ利用し、汚してきたか。私は、すべて知っている。今日、この場で、初めて、公に証言させてもらう」


会場は、完全な静寂に包まれていた。


権田は、四方を取り囲むカメラと、次々と明らかになる証拠の重みに、もはや、逃げ場を失っていた。


「私は……」


権田が、何かを言いかけたその瞬間、会場の入り口から、数名の私服警察官と、スーツ姿の男たちが、足早に入ってきた。


「県警捜査二課です。権田義昭さん、任意でお話を伺いたい」


記者から事前に情報を得ていた検察・警察の一部が、証拠の信憑性を確認した上で、この日に合わせて動いていたのだった。


権田は、その場に崩れ落ちるように、椅子に座り込んだ。


高城は、その光景を、静かに見つめていた。


二十六年間、追い続けてきた真実が、今、ようやく、白日の下に晒された瞬間だった。


だが、高城の胸には、勝利の高揚感よりも、もっと静かな、複雑な感情が広がっていた。


紗季は、今、どこで、この報せを聞くのだろうか。


彼女にとって、これは、救いなのだろうか。


それとも――。


高城は、会場の喧騒の中で、一人、静かに目を閉じた。


長い旅の、一つの終わりが、そこにあった。


だが、まだ、すべてが終わったわけではなかった。

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