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失踪者の銀行  作者: キロヒカ.オツマ―


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17/22

第十七部 追跡者

隠れ家に着いたのは、日付が変わる直前のことだった。


廃業した旅館は、山の斜面に沿って建てられており、正面からは一本道でしか近づけない造りになっていた。高城がこの場所を選んだのは、その地理的な条件によるものだった。誰かが近づけば、必ず一本道を通らなければならない。


篤志を奥の部屋に落ち着かせた後、高城は玄関脇の畳部屋に腰を下ろし、外の様子に神経を張り巡らせた。眠るつもりはなかった。


「あなたも、休んでください」


篤志が、部屋の襖越しに声をかけてきた。


「心配いりません。慣れています」


高城は、そう答えながら、内心では、二十六年前の記憶を静かに反芻していた。あのときも、こうして夜通し、少女の行方を案じながら、事務所で過ごした夜が何度もあった。だが今は、探すのではなく、守る番だった。



夜が明ける頃、高城のスマートフォンに、記者から短いメッセージが届いた。


「動きがある。今日中に、こちらに来られるか」


高城は、篤志を隠れ家に残したまま、単独で市内へと戻ることにした。篤志には、旅館の裏手に隠しておいた自転車と、緊急時の連絡手段を渡し、決して外には出ないよう、強く言い含めた。


市内に戻る道すがら、高城は、車のバックミラーを何度も確認した。尾行されている様子はない。だが、長年の刑事としての勘が、どこかで警鐘を鳴らし続けていた。


記者と落ち合ったのは、以前とは違う、別の喫茶店だった。


「宮村さんの持っていた資料、専門家に見てもらった」記者は、真剣な表情で言った。「本物だ。用地買収に関わる不正な支払いの記録が、複数、裏付けと共に残っている。振込先の一つが、あの政治家の関係会社の口座と一致した」


「これで、動けるのか」


「動ける。ただ、向こうも、もう感づいているはずだ。昨日の夜、うちの社に、妙な問い合わせがあった。『最近、宮村という人物についての取材をしているか』とな」


高城の背筋が、冷たくなった。


「誰からの問い合わせだ」


「名乗らなかった。だが、聞き方が、明らかに探りを入れるものだった。おそらく、向こうは、宮村がすでに保護されていることを、察知し始めている」



高城は、隠れ家へと急いで引き返した。


一本道に差し掛かったとき、高城は違和感に気づいた。道の脇に、見慣れない黒いセダンが、エンジンを切った状態で停まっていた。


高城は、車を旅館の手前で止め、徒歩で慎重に近づいた。旅館の敷地に、争った形跡はない。だが、玄関の引き戸が、わずかに開いたままになっていた。


「宮村さん」


声をかけても、返事はなかった。


高城は、奥の部屋へと急いだ。篤志の姿は、そこになかった。


畳の上に、篤志が持っていたはずの鞄が、投げ出されたように残されていた。中身は空だった。証拠となる資料――そのすべてが、消えていた。


高城は、その場に立ち尽くした。


守ると誓った。だが、また、間に合わなかったのか。



高城が旅館の周囲を調べていると、裏手の茂みの奥から、かすかな物音がした。


自転車が、木の陰に隠すように倒されている。高城が篤志に渡した、緊急時のための一台だった。


「宮村さん!」


声を張り上げると、少し離れた雑木林の中から、篤志の弱々しい声が返ってきた。


「――こっちです」


高城が駆けつけると、篤志は、木の根元にうずくまるようにして、身を潜めていた。腕に、擦り傷がある。だが、それ以外に大きな怪我はないようだった。


「何があったんですか」


「男が二人、来ました。あなたが出て行ってすぐのことです。玄関を突破されて……とっさに、裏から逃げました」


「資料は」


篤志は、力なく首を振った。


「奪われました。抵抗しようとしましたが、多勢に無勢で……申し訳ありません」


高城は、拳を握りしめた。だが、篤志を責める言葉は、一つも浮かばなかった。


「あなたが無事なだけで、十分です」



高城は、篤志を伴い、旅館を離れることにした。もはや、この場所は安全ではない。


車を走らせながら、高城は記者に電話をかけた。


「資料が奪われた。だが、宮村さんは無事だ」


電話の向こうで、記者は、しばらく黙り込んだ後、こう言った。


「原本は失われても、専門家がすでに分析を終えている。写しも、うちの社の金庫に保管してある。証言としての宮村さん本人の話も、まだ生きている」


「それだけで、足りるのか」


「完全な勝利にはならないかもしれない。だが、記事にはできる。そして、記事が出れば、検察も動かざるを得なくなる」


高城は、ハンドルを握る手に、力を込めた。


「頼む」


「ああ。ただ――高城、お前も宮村さんも、これからはもっと危険になる。証拠を奪った以上、向こうは、口を封じにかかる可能性がある」


電話を切った後、高城は、助手席に座る篤志の横顔を見た。疲労と恐怖の色が、まだ濃く残っている。


「大丈夫ですか」


篤志は、弱々しく頷いた。


「怖いです。正直、逃げ出したい気持ちもあります。でも――」


篤志は、窓の外を見つめながら、続けた。


「祖父の無念を思うと、ここでやめるわけにはいかない気がするんです」


高城は、その言葉に、二十六年前の自分自身の姿を、重ねずにはいられなかった。


見つけられなかった少女への償いを、この二十六年間、抱え続けてきた自分自身の姿を。


「大丈夫です」高城は、静かに言った。「今度は、俺が最後まで守ります」


車は、雨上がりの街道を、次の隠れ場所へと向かって走り続けた。


そして高城の脳裏には、一つの確信が、はっきりと形を成しつつあった。


この事件を終わらせるためには、もはや、証拠だけでは足りない。


あの政治家自身に、直接、対峙する必要がある。

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