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失踪者の銀行  作者: キロヒカ.オツマ―


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10/22

第十部 三崎紗季

坂本のリストを、高城はもう何十回と読み返していた。だが、番号だけが並ぶあの記録から、三崎紗季という個人を直接特定することは、これまでできずにいた。


高城は、工場跡地で会った女に、もう一度接触を試みた。指定された連絡方法を通じて、短いメッセージを送る。返信は、二日後に届いた。それは言葉ではなく、一つの座標だった。市の外れにある、廃棄物処理場の跡地。かつて、裏社会の記録の一部が、一時的に保管されていたという場所だった。


高城がその場所にたどり着くと、朽ちかけた倉庫の中に、一つの金属製のキャビネットが置かれていた。鍵はかかっていない。まるで、高城が来ることを見越して用意されていたかのように。


キャビネットの中には、古い紙のファイルが、幾重にも重ねられていた。


高城は震える手で、そのファイルをめくり始めた。



膨大な記録の中から、高城は根気強く、三崎という姓を含む記録を探した。二時間近くが経った頃、ようやく、一枚の記録カードに行き当たった。


そこには、こう記されていた。


預金者番号:C-003 氏名(照合済):三崎紗季 年齢:16 預入日:×月×日 契約種別:非同意預け入れ 依頼主:(記載なし) 状態:返却済


高城の目は、その一行に釘付けになった。


返却済。


「保留」ではない。「返却済」だ。


高城は、記録カードを何度も読み返した。読み間違いではない。三崎紗季は、銀行の記録上、すでに「返却された」ことになっている。


だとすれば――彼女は、どこかで、今も生きている。


高城の手が、震え始めた。二十六年間、ずっと見つけられなかった少女が、今、生きている可能性を示す記録が、目の前にある。



高城は、記録カードの日付欄を、もう一度確認した。


預入日:事件発生の翌日。


高城の記憶にある、紗季の失踪日と照らし合わせる。一致していた。誤差は一日もない。


つまり――紗季は、失踪した「翌日」に、すでに銀行の記録に「預金者」として登録されていた。


これは、決定的な意味を持つ事実だった。もし紗季が、自らの意志で、あるいは何らかの偶然によって、失踪から数日、あるいは数週間かけて銀行にたどり着いたのだとすれば、預入日はもっと後になっていたはずだ。だが「翌日」という日付は、あまりにも早すぎる。


まるで、あらかじめ準備されていたかのようだ。


高城は、その可能性に、背筋の凍る思いをした。


紗季の失踪は――偶発的な事件ではなく、あらかじめ計画され、実行された「預け入れ」だったのではないか。


そして、その計画を実行できたのは、紗季の行動パターンや生活圏、家族関係を、あらかじめ熟知していた人物――つまり、紗季に近しい誰かである可能性が高い。



高城は、記録カードの余白に、走り書きのようなメモが残されているのに気づいた。判読は困難だったが、目を凝らすと、こう読み取れた。


「本人の安全確保のため、緊急預入。詳細は別途。」


「本人の安全確保」。


その言葉に、高城は複雑な感情を覚えた。もしこの記述が本当なら、紗季を預けた人物は、彼女に危害を加えるためではなく、守るために、彼女を消したことになる。


だが、守るために消すという行為は、それ自体が、少女本人にとっては、あまりにも一方的で、暴力的な決定でもあった。彼女の意志は、そこには介在していない。


高城は、二十六年前の自分自身の捜査を思い返した。あのとき、自分たちは、紗季の失踪を「事件」として扱い、懸命に彼女を捜索していた。だが、その捜索そのものが、実は、誰かによって、あらかじめ出し抜かれていたのだとしたら。


俺たちの捜査は、失敗していたんじゃない。


最初から、出し抜かれていたんだ。


その事実は、高城の刑事としての二十六年間の自責の念に、まったく新しい――そして、より複雑な陰影を与えるものだった。



高城は、記録カードをコートの内側に、大切に収めた。


これは、決定的な証拠だった。三崎紗季は、事件の翌日にはすでに銀行に「預けられて」おり、その後、記録上は「返却」されている。つまり、彼女は今も、この世界のどこかで、生きている。


高城の中で、二十六年間ずっと燻り続けてきた問いが、初めて、具体的な輪郭を持ち始めた。


紗季は今、どこにいるのか。


誰が、なぜ、彼女を「守る」という名目で、消したのか。


そして――彼女は、今、幸せなのか。


倉庫を出た高城は、夜空を見上げた。二十六年前と同じ、変わらない星が瞬いている。


だが、高城自身は、もう二十六年前の刑事ではなかった。あのときは見えなかったもの、気づけなかったものが、今、少しずつ形を取り始めている。


高城は、記録カードに記されていた「緊急預入」という言葉の意味を、突き止めなければならなかった。誰が、何から、紗季を守ろうとしたのか。


その答えの先に、二十六年前のあの日、本当は何が起きていたのかという、事件の核心が待っているはずだった。


高城は、次にすべきことを、静かに決めていた。


――当時の紗季の周辺に、もう一度、光を当て直すこと。


彼女の父親。家族。そして、あの再開発計画をめぐる疑惑。すべてを、二十六年ぶりに、あらためて洗い直す時が来ていた。

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