表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第八話 勇者くん、私抜きの依頼もできるんだ?

 俺は勇者だ。一人でできることは多い。

 魔物退治。荷運び。道案内。落とし物探し。だいたいはどうにかなる。

 ただ、一人でできると言った瞬間に、隣の魔女の機嫌がどうにかならなくなる。

 

  ◇

 

 朝のギルドで、ティナが一枚の依頼書を出した。

 

「旧北水道にある小さな祠の調査です。危険度は低めで、通路が狭いので一人向きだそうです」

 

「一人向き」

 

 隣でミゼルが、その一語に反応した。依頼書ではなく俺の横顔を見ている。

 声が静かだった。朝のギルドってこんなに涼しかったっけ。

 

「小さい依頼なら、俺一人で見てくる。お前は宿で休んでていいぞ」

 

 ミゼルは少し笑った。機嫌がいい時の笑い方ではない。なんというか、獲物が自分から罠の説明を始めた時の顔だ。

 

「へえ。勇者くん、私抜きの依頼もできるんだ。私がいないほうが通りやすい場所を、そんなに自然に見つけるんだね」

 

「見つけたんじゃなくて、依頼が来たんだ。通路が狭いってだけで、お前が邪魔って意味じゃない」

 

「邪魔って言った」

 

 ミゼルの視線が依頼書から俺の口元へ移った。次に何を言っても、もうダメな気がしてきている。

 

「言ってない。今、お前が言わせたんだ」

 

「でも思ったから出たんでしょ。私がいると大変だな、杖は長いし、嫉妬は重いし、すぐに気温下げるし」

 

「そこまで自己分析できるなら、改善の余地も見えてこないか?」

 

「やっぱり改善してほしいんだ」

 

 しまった。善意のつもりが悪手を引いてしまった。

 横でティナが依頼書を両手で持ったまま、目を泳がせていた。受付嬢にこの手の空気を処理させるのは酷だ。俺は早めに畳みにいった。

 

「たまには休めってことだよ。昨日も遅くまで魔導書を読んでただろ」

 

「私が休んでる間に、あんたは私抜きで平気かどうかを確認するんだ」

 

「確認しない。祠を確認するんだ」

 

「祠のついでに、自立も確認するんでしょ」

 

「勇者の自立と依頼は関係ない」

 

 詰んだ。もう何を言ってもダメだろう。

 依頼を受ける前に依頼より難しい目に遭っている。

 しかし、結局ミゼルは宿に戻ると言った。

 

「行ってらっしゃい。私抜きで。立派に単独依頼をこなして、帰ってきたら“ほら、できた”って顔をすればいいよ」

 

「そんな顔はしない」


「するよ。あんたは無自覚にやる。だから腹が立つの」

 

 言い方に棘はあったが、棘の根元に寂しさみたいなものが見えた。見えた気がしただけかもしれない。こういう時に断言してもろくなことにならない。

 出発前、ミゼルは俺の外套の襟元を直した。

 指先が、ほんの少しだけ長く襟元に残った。

 

「変なものを拾わない。変な扉を開けない。変な文字を読んで“まあ大丈夫だろ”って顔をしない」

 

「お母さんか。子どもの遠足より注意事項が多いな」

 

「あんたの“まあ大丈夫”は、だいたい私の仕事を増やすから」

 

「今日は増やさないから。大船に乗ったつもりでいてくれ」

 

 ミゼルは返事をせず、襟をもう一度だけ整えた。

 その沈黙が、どうにも信用していないことをはっきりと示していた。

 

  ◇

 

 旧北水道は、街の北端にあった。

 今は使われていない水路で、地下に古い祠が残っている。王都の古い地図には「単独者の祠」と書かれていたらしい。単独者。いかにも一人で行けと言わんばかりの名前だ。

 入口は確かに狭かった。鎧を着た騎士ならつかえるだろう。ミゼルの長い杖も邪魔になる。

 

「ほらな。一人向きだ」

 

 誰もいない通路で、俺はなぜか言い訳をした。

 この言葉を聞く相手はいない。いないのに、言っておかないと負けな気がした。

 中は拍子抜けするくらい静かだった。

 足元の罠を二つ飛び越え、天井から落ちてきた鉄格子を肩で受け、横から飛んできた矢を掴んで折る。

 明らかに殺しにきている。危険度低め、とは何だったのか。

 まあ、俺基準なら低い。たぶん。普通の冒険者なら撤退の判断をするだろう。

 祠の奥に小さな祭壇があった。

 そこに置かれていたのは、手のひらほどの青い石。水路の制御石だろう。これを回収すれば終わり。

 そう思って手を伸ばした瞬間、いきなり背後の扉が閉じた。

 前の壁に、古い文字が浮かび上がる。

 

『内なる者は支えよ。外なる者は楔を抜け』

 

「……外?」

 

 嫌な予感がした。

 さらに床が沈み、石の守護人がせり上がってきた。水路の泥を固めたような巨体だ。腕が四本ある。改めて、難易度低めとは何だったのか。

 守護人が祭壇を叩き潰そうとした。俺は飛び込んで、その腕を受け止める。

 重い。だが止められない重さじゃない。

 問題は別にあった。

 俺が守護人を止めている間に、外側の楔を抜くやつがいない。

 一人向きの依頼で、外に一人必要な仕掛け。設計者を呼べ。説教したい。

 守護人の腕を押し返しながら、俺は歯を食いしばった。

 

「……まあ、なんとかなるだろ」

 

 言った瞬間、胸元が光った。

 外套の内側に入っていた小さな護符だ。俺のものじゃない。

 護符から、聞き慣れた声がした。

 

「ならないよ」

 

 守護人の腕より先に、俺の背筋が固まった。

 

「ミゼル。お前、これをいつ仕込んだ」

 

「襟を直した時」

 

 あの遠足みたいな見送りは、検査ではなく密輸だったらしい。愛が重い。手癖も悪い。

 

「宿に戻ったんじゃなかったのか」

 

「戻ったよ。戻って、地図を広げて、古代語の注釈を確認して、あんたがどこで『外側の人手が必要だな』って顔になるかを想像した。そしたら、案の定」

 

「その想像、当たってるのが腹立つな」

 

「うん。私も腹立ってる。だって当たったから」

 

 正直だった。

 護符の向こうで、石が軋む音がした。

 ミゼルはもう祠の外側にいるらしい。

 

「この祠、一人で挑む場所じゃないよ。古い文字の意味は『単独者を鍛える祠』。一人で完結しろ、じゃなくて、一人で入る者を外から支える訓練場」

 

「ギルドの読み間違いか。危険度低めって言葉まで怪しくなってきたぞ」

 

「たぶん『勇者なら低め』って注釈が抜けてる。最悪の注釈だけど」


「本当にその解釈で合ってたのかよ」

 

 守護人が二本目の腕を振り下ろした。俺は片手で受け、足で祭壇を庇う。

 押し返す力ならある。けれど腕が四本ある泥人形を受け止めながら、外側の楔まで抜く腕までは生えていない。勇者にもできないことぐらいはある。腕を増やすことだ。

 

「レオ。あと三つ楔がある。私が抜くまで、その泥人形を祭壇から離して」

 

「簡単に言うな。こっちは腕が四本ある泥の塊と、設計者への怒りを同時に受け止めてるところだ。端的に言うと危険な状態だ」

 

「簡単じゃないから、あんたに言ってるの。普通の人に頼んだら、今ごろ素敵な壁の模様の一部になってるから」


「褒め方が物騒だな」

 

 一瞬、護符の向こうが静かになった。

 それからミゼルが、少しだけ笑った。

 

「私が外にいるから、一人じゃないよ」

 

 こういう時だけ、返す言葉に困る。

 守護人の拳が迫っていたので、困っている暇はなかった。

 

  ◇

 

 そこからは、わりとひどかった。

 俺が中で守護人を引きずり回し、ミゼルが外で楔を抜く。

 一つ目の楔が抜けると、守護人の足が鈍った。

 二つ目で、四本あった腕のうち一本が崩れた。

 三つ目で、祭壇を守る結界が光った。

 

「最後、中央の制御石を壊さずに外して。割ると旧水道が逆流して、たぶんギルドまで水浸しになる」

 

「先に言ってくれて助かった。今かなりこの石を割りたいところだったからな」

 

 護符の向こうで、ミゼルがため息をついた気配がした。

 

「ティナさん、あとで泣きながら謝ると思う」

 

「ティナを責める気はない。依頼書を訳したやつには、少し話を聞きたい」

 

「そういうところは優しいよね。女の子相手だと特に」

 

「泥人形に腕を持っていかれかけてる時に、その話題を差し込むな」

 

 守護人の最後の腕が飛んできた。俺は肩で受け止め、そのまま壁へ押しつける。

 泥の体がひび割れた。

 

「レオ、今」

 

「わかってる」

 

 祭壇に手を伸ばし、制御石を台座から外す。外した瞬間、守護人が砂のように崩れた。

 背後の扉が、ゆっくり開く。

 外に出ると、ミゼルが水路の縁に立っていた。

 杖を片手に、服の裾を泥で汚している。宿で休んでいた人間の姿ではない。

 

「……先回りしすぎだろ」

 

 ミゼルは泥のついた裾を見下ろし、少しだけ顔をしかめた。こういう時でも、文句を言う前に俺の怪我を確認するあたりが厄介だ。怖いのに、ちゃんと優秀で、ちゃんと優しい。

 

「あんたが一人で行くって言った時点で、嫌な予感しかしなかったから」

 

「信用ないな」

 

 ミゼルは、泥のついた杖を肩に担いだ。

 

「信用してるよ。あんたは一人で無茶するし、無茶してる最中に『まだ大丈夫』って思うし、最後に帰ってきてから『意外と危なかったな』って言う。そこまで含めて、ちゃんと信用してる」

 

「それ、信用か?」

 

「信用だよ。あんたが帰ってこないかを疑うことなんてありえないから」

 

 久しぶりに、返される側になった気がした。

 

  ◇

 

 ギルドに戻ると、ティナが真っ青になっていた。

 

「す、すみません! 依頼書の古代語訳が間違っていたみたいで……『一人で行ける』ではなく、『一人で入る人を外から支える』という意味だったそうです」

 

「だろうな。怪我はない。泥はついたけど、これは旧水道の挨拶みたいなもんだろ」

 

「本当にすみません……!」

 

 ティナは何度も頭を下げた。

 ミゼルが横から依頼書を覗き込む。

 

「今後、勇者くんの単独依頼は、私が確認します」

 

「待て。さらっとギルドの制度を増やすな」

 

「制度じゃないよ。事故防止。勇者くん案件の管理」

 

「もっとタチが悪い」

 

 ティナは、苦笑いしながら新しい備考欄を書き足した。

 

『要・魔女確認』

 

 ものの数十分で、公的にもギルドの依頼に変な注釈が増えてしまった。

 ギルドの受付で、ティナが制御石を厳重な布に包んでいる。

 俺の外套から落ちた泥で、床には小さな水たまりができている。ミゼルはその横で依頼書の備考欄を見張っていた。誰も頼んでいないのに、赤いインクまで用意している。

 

「ねえ勇者くん。私抜きの依頼、どうだった?」

 

「一人で入った。守護人も止めた。制御石も外した」

 

「外側の楔は私。制御石を壊さないように外から安定させたのも私。あんたが『まあ割ってもいいか』って顔をした瞬間も、ちゃんと見てたからね」

 

 ティナが布に包んだ制御石を、そっと受付台の奥へ寄せた。巻き込まれない判断が早い。

 

「してない」

 

「した。あれは、割る直前の勇者くんの顔」

 

「顔で罪を確定するな。まあ、……共同作業だったな」

 

 ミゼルの手が止まった。

 言った本人が一番驚いた。共同作業。たった四文字なのに、ミゼルにはだいぶ効いたらしい。

 彼女は口元を隠し、次の言葉が出るまでに三秒かかった。

 

「あと、助かった。お前が先回りしてなかったら、水路ごと詰んでた」

 

 ミゼルはまだ口元を隠したまま、ぷいと横を向いた。

 

「べつに。あんたが水浸しになったら、乾かすのが面倒だっただけ。……のついで」

 

 その「ついで」は、いつもより小さかった。

 俺は泥で重くなった外套を直した。

 

「次からは、最初から声かける」

 

 ミゼルがこちらを見た。さっきまでの照れが残っているせいで、睨みきれていない。

 

「善処するから」

 

 ミゼルは赤いインク壺の蓋を開けた。

 

「その言い方は、やらない時のやつだよね。今ここで備考欄に書く?」

 

「……次からは、最初から声をかける。断言する」

 

「よろしい」

 

 やっぱり、一人で行ったほうが楽だったかもしれない。

 そう思ったが、口には出さなかった。俺は学習する勇者だ。たまには。

――こうして今日も、旧水道は少し泥だらけになり、ギルドの依頼書には妙な備考が増え、世界は救われなかった。

 魔王は今日も、勇者の単独依頼が結局ふたりがかりだったことも知らず、元気にしているらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ