09 私、もう死んでるんですか
放課後はAクラスの工房にくるよう言われていた。
でも今日は特例だ。休み時間に私はハニー・ビーの教室まで行ってマナ測定を放課後にもう一度やることになったと伝えて、授業が終わったあとで多目的室へ行く。
部屋には鍵がかかっていたのでブライト先生が来るのを待って一緒に入った。
そして準備を終えた彼女に「もう一度計らせてください」と言われ、おそるおそる測定装置のまえまで行く。
私が装置に手を置こうとしたときだった。
「――失礼します」
ドアがノックされて、ブライト先生が返事をしたあとで開けられた。入ってきたのはエンディール。
私に用かと思ったけれど、彼は「寝過ごしました。昼間の測定。担任に聞いたら放課後またやるからって言うんで来ました」と言って私たちの近くまでくる。
――寝過ごしたって……
あの温室でうたた寝でもしていたのだろうか。ブライト先生は「またですか」と呆れたような顔になり、「わかりました、先にアイスフィアさんの測定をしますからそこで待っていてください」と指示をする。
エンディールは近くの長机に座った。
彼に見られてしまうと思ったけれど、まさかでていってくれとも言えない。「さあ、アイスフィアさん」と先生にうながされて、私はもう一度装置に手を伸ばして――。
「……やはり反応しませんね」
ブライト先生は眉根を寄せる。もう装置の故障なんかじゃないことはわかっている。
装置の異常じゃなければ――私の異常。心臓がすこしずつ鼓動をはやくしていく。私は装置から手を離し、胸のまえでにぎりあわせた。
「反応しない?」
エンディールが聞いてきた。「昼間もそうだったのです。アイスフィアさんだけなぜか反応せず」とブライト先生は答え、急に雑な動作で装置をばんばん叩いた。昭和のテレビの直し方だ。
「壊れてるんじゃないですか」
「いえ、異常がないことは確認済みです」
エンディールは机を降りると私の隣にならんで、装置に手を置く。針はすぐに125をさした。
「……ほんとうだ。ふつうに動きますね」
「壊れていないとしたらアイスフィアさんのマナが0ということになりますが……そんなことはありえません。生きているものはみな総じてマナを持っているのですから。植物でも昆虫でも同様です。大病を患って極端に生命エネルギーが落ちていてマナが下がっているというケースはあるにはありますが……アイスフィアさん、いままでになにか大きな病気をしたことは?」
「い、いいえ……」
「魔獣に襲われてマナだけを食べられたことは」
「ないと思います」
「……そうですか。これは妙ですね……」
ブライト先生は渋い顔で黙りこむ。
生きているものは必ず持っているはずのマナ。それがない私は――いったいなに?
ひょっとして、私はもう死んじゃってる?
……そんな。そんなはずない。だってこうして心臓も動いてるんだし。ごはんも食べれるし。私はみんなと同じように生きてる……
そこまで考えて、みんなとのちがいがひとつあることに気がついた。
私は転生者だ。
もしかして――それが関わってる?
マナは生命エネルギーであり、精神エネルギーでもある。
転生者――魂が前世からの使いふるしである私のマナが極端にすりへっているという可能性はなくもないように思えた。
――マナがないのなら魔道具作りはあきらめなくてはならない。いえ、それよりも。
「……退学になりますか?」
「え?」
私はおそるおそる尋ねる。
「マナがないとアカデミーでの勉強はつづけられないのでしょうか。錬金術師になるという夢はあきらめなくてはいけませんか……?」
「こればかりは前例がありませんから……」
ブライト先生は目を伏せる。「ひとまずほかの先生とも話しあってそこで結論をだします。それまでは私の口からはなんとも申しあげられません」
「……そう、ですか」
「ふたりとももう帰っていいですよ。……それと、エンディールさん。このことは他言無用でお願いします」
私のマナがないということだ。それは隠さなくちゃいけないことなんだ、とべつの角度からショックを受ける。
「わかってます」とエンディールは不愛想にうなずいた。
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「平気か?」
「え……?」
エンディールと私の行き先は同じだ。裏の温室に向けて歩いていると、校舎をでたところでエンディールにそう声をかけられた。
私は立ちどまってのろのろと顔をあげる。
「なにが……?」
「さっきのこと。顔、真っ青だ」
「……真っ青にもなります」
マナがない。それはいわば、おまえはもう呼吸していないとか心臓が動いていないとか言われるようなもの。
『転生者だから』で理屈はつくかもしれないけれど……そんなことだれにも言えないし、筋道が通ることと自分が納得して受けいれられることは別問題だ。
周りにだれもいないことをたしかめてから、エンディールは小声で「ハニー・ビーたちにも言わないほうがいいよな」と聞いてくる。できれば、と私は答えた。
一緒に錬金術の勉強をしているうちにいつかばれるかもしれない。そもそも、私は退学になってしまうかもしれないけれど。
泣き笑いで送りだしてくれたモモラおねえさまのことを思うと胸が痛い。
こんな理由で退学になったと聞いたらおねえさまを悲しませてしまう。心配だってかけてしまう。――おねえさまには、いい知らせだけを伝えたいのに……。
「……だからあんた、アルケミストの花を採ってこれたんだな」
「…………」
「あれ、高地で採ってきたんだろ。赤みが強かった。でも新入生がロープを越えて無事でいられるはずがない。だから謎だったんだけど……マナがないから魔獣に襲われなかったってことか?」
「……たぶん、そういうことだと思います」
低地で花を見つけられなかった私は焦った。このままではクラスを落とされてしまう。
焦った私の目に留まったのは赤いロープ。魔力が込められた、魔獣が住む高地と安全な低地をわけるロープだった。
――荷物を置いて私はそっち側へ行った。マナ草という、名前のとおりマナを保有している草に魔獣が反応したら困るから。
そして木の陰に隠れながら赤い花を探して……
「うまく隠れながら探したつもりでした。でも、途中で魔獣がはっきりこっちを見て。あ、失敗した、と思った……けど。魔獣は、何事もなかったかのように私の横を通りすぎていって……」
たまたま満腹だったのだろう。私はそう結論づけ、見つけた花を持って急いで低地へともどった。
――もしかしたら魔獣に私は見えなかったのかもしれない。見つけられるだけのマナを私が持っていないのかもしれないという疑いは胸に根づいてしまったけれど。
「マナがないとどうなるんですか……?」
「知らない。先生も言ってたけど、前例がない」
「…………」
「俺は気休めは言わない主義だ。だから、退学にはならないはずだとか元気だせとか言わないけど」
あくまで淡々と。エンディールは私に言う。
「あんたの実力は俺たちが知ってる。それだけは、絶対だ」
私はそこでやっと彼の顔を見上げて――私より足が長い彼が、わざわざこちらに歩幅をあわせていてくれたのだと気がついたのだった。多目的室をでてから、ずっと。




