10 学園長との面談
翌日の放課後、私はブライト先生に学園長室までいくよう言われた。
異世界でも学園長室はまえにいた世界とそう変わらない。重厚な木のデスクがあって、本棚があって、トロフィーを収めたガラス戸の棚があって、手前にソファセットがあって――と、いわゆる校長先生の部屋そのままだ。ここで受けるプレッシャーも変わらない。
学園長室にはハーミット学園長のほかに私の担任であるブライト先生、初年次の学年主任であるハングマン先生がいる。ふたりは壁際に立って厳しい顔をしていた。
きっと私のマナがないことについての沙汰が決まったのだろう。いやな想像ばかりが頭をかけめぐる。
でもいつまでも入り口のところで固まっているわけにいかない。私はうつむきながら学園長のデスクのまえに行き、ホームルームクラスと名前を告げた。
「筆記実技ともに満点だった、あのアイスフィアさんですね。あなたのような優秀な生徒がわが学園に入ってくれて誇らしいですよ」
「……ありがとうございます」
ハーミット学園長は五十代くらいの男性だ。ロマンスグレーというのか、白髪交じりの灰色の髪は丁寧になでつけられていて青い瞳はその奥にある知識の豊かさを感じさせる。
私が知っているこの年代の男性は今世の父親か前世の父親、または務めていたブラック会社のイライラorへとへと上司くらいなので、あまりの差に戸惑ってしまいそうだ。
「アカデミーにはもう慣れましたか」と学園長はなごやかに雑談を振ってくる。こっちは気が気じゃないというのに。
「おかげさまで……」
「そんなに緊張しないで。――というのも無理な話ですね。はやく本題に入れ、本音はこれでしょう」
「そ、そのようなことは」
いいんですよ、と学園長は微笑む。「私があなたの立場だったらそう思いますから。マナがない、不思議な話ですねぇ」
会話のボールを優しく投げてもらっていると思ったら剛速球が飛んできた。私は唾を飲みこみ、「……すみません」と返す。
学園長は不思議そうにした。
「なぜアイスフィアさんが謝るのですか。アカデミーの入学規則にマナの量はありません。なので、極端な話ではありますが0でも入学は可能なのですよ」
「……は、はい」
「そして校則にマナがあることもなければ退学事由に"マナが0"もない。つまりあなたはなんの違反も犯していない。もっとリラックスしていいんですよ」
ならどうして私は呼びだされたのですか。問いたいのを必死に我慢し、はい、と答える。
「もっとも前例がないだけという話でもありますが」
「…………」
「大病を患ったひとや大けがをして生死の境をさまよったひとが一時的に0に近くなることはあります。しかし回復すれば次第にもどってゆく。――ブライト先生から確認されたとは思いますが、そういったことはないのですね?」
「……はい。ありません」
「ふむ……」
学園長の視線がわずかに険しくなる。
ブライト先生より経験があるであろう学園長をもってしても私の存在はイレギュラーと判定しなければならないのだ。急に世界にひとりきりになったような気分になる。
「組織において『前例がない』というのはとても厄介でしてね」と学園長は自分が厳しい表情をしていることに気づき、意識して微笑を作ったようだった。
「なにかがあったとき、前もそうしたからという理由で判断ができない。だから今日の職員会議は大変でした。――いえ、あなたを退学にしようという話ではありません。あなたの未来についての話です」
「未来……?」
学園長はうなずく。
「アカデミーはまず錬金術の基本を教えこむようにしています。進路に関わらずです。そのため卒業のための必修科目に薬学や魔道具学がある」
「――魔道具学……」
「察しがいいようですね。……そうです、初年次後期には魔道具学の授業がはじまります。そして、どの科目も同じですが筆記だけでは単位はあげられない。道具の錬金にマナが必要な魔道具学でも、です」
私は頭の中で学園長が言ったことを整理する。
卒業には必須科目の修了が必要不可欠→その中には魔道具学もある→筆記だけでなく実技試験もある→魔道具の錬金にはマナがいる。
つまり。
マナがゼロの私、詰んだってこと?
で、でも学園長はいま退学にしようという話ではないって言った。それとも自主退学してくれって話?
すうっと全身から血の気が引いていく。
やっと。やっとアカデミーに入れたのに。錬金術師への道を歩めると思ったのに。
こんなところで詰むなんて。
「ああ、そんな顔しないでください」と学園長が言ってくる。どんな顔してるんだろう、私。
「いますぐにどうこうという話でないんですよ。ひょっとしたらなにかがあって一時的にそうなっているだけで後期がはじまるころにはマナの量が変わるかもしれない。はたまたあなたと測定装置の相性が悪くて、あなたも実はちゃんとマナを持っているのかもしれない。それならなにも問題はないわけです」
「……はい」
「で、困るのがあなたがほんとうにマナが0で魔道具を作れない場合ですが」
ほんとうに、に力を込めて学園長が言う。そんなに強調しなくていいのに。
「その場合は――」
ごくり、と後ろにいる先生のどちらかが唾を飲みこんだ。
「――必須科目の単位を与えれず、進級は認められないという話になるでしょう。アカデミーの在籍可能年数は最大で六年です。その六年を超えてしまった場合、病気休学などの特別な理由などを除いて一切の猶予なく問答無用で除籍扱いとなります」
「…………」
「その話を聞いたうえであなたに問わせてください。
ルルリ・アイスフィアさん。あなたはまだカミラ錬金アカデミーに在籍することを望みますか?」
穏やかな口調だけど学園長ははっきり私を威圧してきていた。ぞわ、と鳥肌を立たせたあとで思う。
なんだこれ。圧迫面接じゃないかこれ。
このひとはなんの権利があってこんな残酷な質問してくるの!?
……権利といえば、まあ学園長だからなんだけど。でも。
だったら入学規定にマナの有無を定めればいいじゃない。前例がない? 知るか!
こんなところで。
こんなところで、私は錬金術師の道をあきらめなくちゃいけないの?
前世の私に夢なんてなにもなかった。生きることだけで精一杯だったから。
なんのために生きてるか聞かれたら『だって死んでないから』としか答えられない毎日。
そんなのはもういやだ。私は私の人生を生きたい。生きたいから生きてるって言えるようになりたい。
それのために『憧れ』を『夢』にしたはずだったのに。
『あなたはあなたの人生を生きてね。約束よ』
自分だってあのふたりに育てられたのに、私が家をでることを応援してくれたおねえさま。
『いったい、どうしてそこまでルルリさんの才能を否定するのですか?』
私の親に正面から反論してくれたハングマン先生。
『あんたの実力は俺たちが知ってる。それだけは、絶対だ』
色眼鏡なしで私のことを見てくれたエンディール。
ようやく、ようやく私の人生がはじまったと思ったのに。
「…………」
……そうだ。私は前世だけじゃなくて、記憶を取りもどすまでルルリとして虐げられていたぶんも取りもどすんだ。
それはこんなおじいさんの圧に負けるような覚悟じゃない。
人生一回目のひとになんて負けてたまるか……!
私は顔をあげて学園長を見つめかえす。
おや、という表情をした彼に向けて言った。
「心配いりません。私は錬金術師の卵です。そして錬金術師とは不可能と思われていることを知識と発想力で可能にする者のこと。ちがいますか?
たとえマナがなくても――私は魔道具を作って試験に合格してみせます!」




