11 壊れた境界線
「――で、学園長に喧嘩売ったのか」
「売ったわけではないです……」
Aクラスの活動――今日は前期試験の範囲についての話が主だった――を終えてから私はエンディールに残るよう言われた。
だれが広めたのか私が学園長に呼びだされたのは周知の事実になっていた。なのでここにくるなりハニー・ビーたちにいったい何の話だったのか問いつめられたけど、「入学書類に書きもれがあったみたいで」とごまかした。
でも事情を知っているエンディールには通じなかったようだ。
「学園長、あんたのマナについて聞いてきたんじゃねえの」と言われて私はすべて話した。このままでは魔道具学の試験をパスすることができないことも。
「実際どうなんでしょう。マナなしで魔道具を作った例はあるんでしょうか?」
「そもそもマナがない人間なんて聞いたことがない。測定する機会がないだけでいることはいるのかもしれないが……」
ここで話していても話は前に進まないと思ったのだろう。まあとにかく、とエンディールはイスから腰を浮かせる。
「なにかのついでに探しておいてやる。マナを増やす手段がないか」
前期試験は筆記と個人での実技テストがある。最初のテストだからそこまで範囲は広くないよ、とピーターが言っていた。
それでもやっぱり気合が入る。なにせ私はこのままでは必須科目をひとつ落とすことが決まっている身。先生たちからの心象はいいに越したことはない。
アカデミーの売店でノートを買い、新しい教科書を一冊作るつもりで授業で学んだことを丁寧に書きしるしていくことにした。ハニー・ビーたち先輩にも手伝ってもらいながら。
そして前期試験を翌週に控えたある日、事件が起きる。
「魔獣が逃げだしてる」
――凶報は、試験勉強に飽きてなにげなく自習室の窓から外を見た生徒によってもたらされた。
その日、私たちAクラスは工房でそれぞれ試験の対策をしていた。
「ねえオニキス、『増強薬』の効果が安定しないの。どうしてだと思う?」
「おまえは雑」
「なんですって!」
「材料の準備が雑。混ぜ方が雑。ろ過が雑。だから安定しない。それだけ」
「やーい、ハニー・ビーがダメ出しされてる」
「なによぉ!」
「ピーターは周りを気にしすぎ。だからいつも時間が足りなくなる。みんな自分のテストに集中してるんだからおまえもそうしろ」
「う……」
「やーい、ピーターがダメ出しされた」
「うるさいよ!」
「はいはい、ふたりともそこまで。テストに『相手を言いまかす』なんてないぞ」
どうやらハニー・ビーとピーターがよくかわいい喧嘩をして、それをエンディールとダンテがいさめたりいさめなかったりするのがこのクラスの日常らしい。
「悪いな、さわがしくて」と向かいのソファで薬学の本を読んでいたダンテが私に苦笑する。
「いえ。なんだかいやされます」
「いやされ……?」
ダンテは怪訝そうにし、「やっぱりルルリは大人びてるな。ハニー・ビーとひとつちがいとは思えない」
「なによー」と調合用のデスクにいるハニー・ビーが口をとがらせる。彼女は私よりひとつ年下の十四歳だ。ちなみにピーターは十三歳で、ダンテが十八歳。エンディールは十六歳だそうだ。
私が前世で同年代だったときどうしてたっけ、と目が遠くなってしまう。家でも学校でも周りに合わせるのに必死だったかな……。すくなくともみんなみたいにきらきらはしてなかった。
「――あー! またクルリ草がちぎれちゃったわ……」
実技テストは自分で作ったノートのみ持ちこめる。テストは当日発表される錬金物を作れという内容らしいので、これを丁寧に書くことが合格の鍵に――
「あ、クルリ草って書いちゃった……」
ハニー・ビーの悲鳴につられてクックの実と書くところをクルリ草と書いてしまった。白インクで塗りつぶさなきゃ、と思ったとき「みんな気をつけろ!」と廊下から声がした。
ダンテがすばやくドアを開けて「なにがあった?」と尋ねる。
声の主は生徒だった。中間年次のネクタイをつけている。
「魔獣だよ」とその男子生徒は言った。「魔獣が逃げだしてる!」
みんなで研究棟のホールに向かうと続々と生徒たちが集まってきているところだった。だれもが情報不足らしく、「なにがあったの?」と口々につぶやいている。最初の男子生徒はみんなに声かけしているらしくべつの棟へ走っていってしまった。
「魔獣が逃げたって」
「どういうこと? だってロープは越えられないでしょ」
ざわついているなかにひとりの生徒が駆けこんできた。汗を掻いている彼は、「レートル副学園長より伝令!」と息を乱しながら叫ぶ。
「レネ山の高地と低地を分けるロープがなんらかの要因によって切れたと思われる。そのため魔獣が境界線を越えて下りてきてしまっている。境界の修復にはハングマン先生とタトー先生を向かわせる。よって諸君らは自身の安全の確保と学園の防衛に務めるべし。
まずAクラスの生徒はレネ山登山道北口にて待機し魔獣を迎撃せよ。その際、魔道具ならびに魔法の使用を許可する。また、マナ保有量が180を超える生徒は実技クラスに関係なく彼らのサポートに務めよ。ほかの方面は教師陣が防衛に着く。
次にBクラス――」
エンディールたちは最後まで聞かなかった。行くぞ、とエンディールが私に声をかけたときにはもうかれら四人は動いていた。
「え……?」と戸惑いながらも私はついていく。
「魔道具は工房に置いてある。……演習や試験以外で魔法使うの初めてだ」
「いったいなにがあったの? 魔獣が下りてきてるって」
「副学園長の伝令通りだろ」
「伝令通りって言っても……」
「なんでロープが切れたのかしら」とハニー・ビー。「先生たちが点検したの、今月初めよね?」
「サボったんじゃないの」
「そんなわけないだろう。もし魔獣が降りてきたら最後に点検した先生の責任になるのに」
ホールに集まった生徒たちは不安そうにしていたし、四人の口ぶりを見てもこれはよくあることではないらしい。まごうことなき非常事態だ。
なのに四人は落ちついている。ちょっとした頼まれごとでもされただけかのように。
四人は工房にそなえつけの棚から各自の魔道具を取りだした。
エンディールは片手剣。
ハニー・ビーは花の飾りがついたワンドで、
ピーターは木をそのまま削りだしたような長めの武骨なワンド。
ダンテは幅が広い両刃の剣だった。
魔道具を取りだすなり四人は「行くわよ、ルルリ」と私を連れて工房の外へでて、レネ山へと行く。以前私が使った登山道のまえだ。
「――あ……」
魔獣のかたちは動物に似ている。猪に似ているものや熊に似ているもの。
でも全身に生えている毛の色がちがう。黒くぎらぎらと輝き、暗黒の光をうっすら放つそれがかれらをこの世のものではないと教えていた。
そして、赤い瞳と鋭くとがった牙や爪が――。
それらが山を下りてきていた。一体、二体……視認できるだけでも五体以上いる。
私は周りを見回したけれど、私たちが一番最初にここについたようだ。サポートしてくれるという生徒もいなければ先生の姿もない。
――先生もいないなかであいつらを迎えうつ?
私はぎょっとしたけれど、四人は悠々とお互いの距離を取った。
「演習どおりでいいかしら」とハニー・ビーがワンドを軽く振りながら言う。「ダメだよ、ハニー・ビーが演習どおりにやったら先生の髪が焦げちゃう」とピーターがまぜっかえして、「とにかく味方には撃たないでくれよ」とダンテが苦笑しながら言う。
そして、エンディールは――。
彼はこちらを振りかえらなかったけれど、私が背後にいるのはわかっているのだろう。「アイスフィア」と前を見たまま言ってくる。
「俺たちから離れるな。絶対に、だ」
一体の魔獣が咆哮をあげた。
それをきっかけに魔獣たちは一斉に四人に襲いかかってきて――




