06 Aクラスの歓迎(1)
黒髪の先輩はオニキス・エンディールと名乗った。自己紹介だけ済ませると、彼は私を振りかえることなくすたすたと歩いていくのであわててついていく。
煉瓦造りの校舎からでて、裏庭へ。
春の花が咲きほこっているここでは簡単な調合材料も集められるそうだ。
地面に敷かれた石畳を通り、熱帯植物が繁栄している硝子張りの温室の前でエンディールは立ちどまる。
「夏になるまではここだから」と言って戸を開けた。
中はジャングルのようだ。この国ではまず見かけない巨大な樹々や暴力的な色彩を持つ花々が私たちを出迎える。
エンディールは手でツタを払いながら奥に行く。
鮮やかな花に囲まれるようにして鉄製の丸テーブルとイスが置かれていた。
「つれてきた」とエンディール先輩が言うと、そこにいたひとたちの目が一斉に私に向く。
「ふうん。噂には聞いてたけど、ほんとに地味」
金髪の少女が私をしげしげと見て言う。
「ハニー・ブロッサム。伯爵家のご令嬢よ」と彼女は名乗った。つんと澄ました顔立ちが美しい。
私と同じ白いブレザータイプの制服を着ているのに、まるでオーダーメイドの上等なドレスを着ているような錯覚を起こさせる。
「ピーター・ケルスス。十四歳。両親はふたりとも国家錬金術師で、カミラで開業してる。錬金術師の間じゃ有名だよ」
次に眼鏡をかけた線の細い少年が言う。髪は赤毛で、白い肌がよく目立った。
彼はブロッサムとちがって制服の肩がすこし浮いている。成長を見越して大きいサイズを買ったら思ったより育たなかったのかもしれない。
「ダンテ・ゴーランド。ダンテでいい。十九だからこの中じゃ一番上だな。今年卒業予定だ。わからないことがあったらなんでも聞いてくれ」
その次に大柄な青年が言う。
刈りこんだ金髪と、笑っているのに油断なく光る眼が野生の獣を連想させた。サポートより近距離戦闘を得意とするタイプかもしれない。
「で──おまえ、自己紹介はしたか?」
「した」
ダンテに尋ねられ、エンディールはこくっとうなずく。
「どんな?」「名前。言った」あまりにも簡潔な返事にダンテは溜め息をついた。
「そっけないにもほどがあるだろ。──こいつはオニキス・エンディールだ。入って二年目。なんでもできる天才タイプで、一年目の後期にAクラスに昇格したんだ。愛想はないが……まあ、だれに対してもこうだから気にするな」
「はあ……」
「で、あんたは?」とブロッサムが聞いてくる。使用人になにか言いつけるみたいな口調で。
私はちょっと居住まいを正した。
「ルルリ・アイスフィアです。一応ではありますが……」勘当同然の扱いではありますが……「男爵家の次女です。よろしくお願いします」
ふんとブロッサムが鼻を鳴らした。下手に貴族出身であるよりも、平民のほうが彼女の競争心を煽らずに済んだかもしれない。
そう思ったのだけれど。
私は、ブロッサム以外の三人も似たような表情をしていることに気づく。
「聞いてるよ。ねえ、入学試験満点だったってほんと?」とケルススが言って。
「うちの天才の記録を破ったわけだ」とダンテが言って。
「この時点でAクラスなんて史上初よ。すごいじゃない」とブロッサムが言う。
エンディールは無言だったけれど──
ちらりと私を見た目は、面白くなさそうだった。
「さっそくだけど」とブロッサムが優雅にイスから立ちあがる。
「あなたの実力を見せてもらうわ。ジャージに着替えたら裏山へきて」
地方都市カミラは山と海に面した自然豊かな市だ。
カミラ錬金アカデミーはレネ山のふもとにあり、そこはアカデミーが所有している。錬金の材料を採取するのに都合がいいため。
レネ山は標高1500mほど。冬季はてっぺんが白く染まる。死火山で、山には大昔噴火した際にできた洞窟があると聞く。
薬草や溶岩石など取れる素材は豊富。だが高地には魔獣──生命体が保有しているマナを食らう怪物だ。人里に下りてくることは滅多にないが、もし出くわしたら逃げるか戦うか余儀なくされる──がいて、アカデミーの教師がいるときしか赤いロープが張られた向こう側へは行ってはいけないとホームルームで教えられた。
例外はAクラスのみ。
Aクラスの生徒だけは、教師が不在でも高地で素材を採取することが許されている。ただしふたり以上で行くなら、だ。
「ま、そこまで行く必要はないわ。あんたはまだ戦い方を教わってないだろうしね」
私は一度寮にもどって長袖長ズボンの白ジャージに着替え、採集用に支給されたリュックサックを背負ってから裏山の入口の前へと行った。エンディールは温室に残ったので、ここまでついてきてくれたのはブロッサム、ケルスス、ダンテの三人だ。
「取ってくるのはこれよ」とブロッサムは私に紙を手渡してくる。
マナ草……10本
カスミドリの尾羽……2枚
溶岩石……50g
アルケミストの花……3本
「すべて低地で採れるわ。聞いてるとは思うけど赤いロープの向こうには絶対にいかないでね。魔獣に襲われても私たちは助けにいかないわよ? 自己責任だから」
「……ええ、気をつけます」
入手難易度はほとんどレベル1といったところ。『尾羽』と指定されているカスミドリの羽とアルケミストの花がやや難しいけれど、それでもレベル3だろう。よく注意して探せば大丈夫なはず。
「ま、天才さんにはこれくらい余裕よね」
「…………」
「制限時間はいまから一時間。もし破ったりすべての素材を採れなかったりしたら、先生に言いつけてあなたをFクラスに落としてもらうわ。わかった?」
そんな権限あなたにあるんですか、と言いかえそうとしてやめた。なにか──器物損壊とか、暴力行為とか──をでっちあげる準備があるのかもしれないし。
わかりましたと素直にうなずいておく。
ブロッサムは優雅に微笑む。
「じゃ、いってらっしゃい」
+++
ルルリを待っている間、三人は温室で時間を潰すことにした。
ハナヤシの木に寄りかかって昼寝しているエンディールはそのままにしておき、テーブルにつく。
「おまえも人が悪いな」とダンテがブロッサムに言う。
「カスミドリの生息地と溶岩石があるところは距離がある。移動だけでも三十分はかかるじゃねえか。それにアルケミストの花は低地ではなかなか見つからない。それを三本なんて、よっぽど運がよくなきゃ採取できないぜ」
「なによ。あんただって止めなかったでしょ?」
「まあな」
「ほんとにクラス落とす気でいるの?」とケルススが尋ねる。まさか、とブロッサムは首を振った。
「ああ言えば全力でやると思っただけよ。これだって新入りがどれくらい頭が回るか、ぜんぶの素材は採りきれないってわかったときどんなふうに取捨選択するか見たいだけだし。でも──そうね、もしできなかったら今年一年は私の荷物持ちにしちゃおうかしら」
「ハニー・ビーみたいな女子のことなんていうか知ってる?」
「なに?」
「悪役令嬢」
「うるさいわよ!」
そのあとは思い思いに時間を過ごし、ブロッサムが「そろそろ迎えにいこうかしら」と腕時計を見てつぶやいた。ルルリを見送ってから四十五分が経過している。
「よし。オニキスも起こして全員で迎えにいってやろうぜ」
「アルケミストの花、採れたかな?」
「厳しいだろうな。採れなかった、に今日のメインディッシュをかける」
「それじゃ賭けにならないわ。──起きて、オニキス!」
爆睡しているエンディールに向けてブロッサムが叫んだときだった。
温室のガラス戸が開き、「ちょっといい?」と言いながらひとりの男子生徒がブロッサムたちのところまでやってくる。
「何の用?」
「ああ、みんないたんだ。よかった──実はさ、今日の新入生歓迎会でのデモンストレーションに使おうと思って低地にあるアルケミストの花をぜんぶ採っちゃったんだよね。僕たちBクラスとCクラスで」
「は?」
「だからもし必要なら高地まで行かなきゃって伝えにきたんだ。ほんとは昨日言えばよかったんだけど、ごめん。準備で忙しくて」
「…………」
「それだけ。じゃあね!」
Bクラスの生徒は熱帯の植物を避けながら温室をでていく。
ブロッサムたち三人は顔を見合わせた。考えているのは当然、アルケミストの花を採りに行かせたルルリのことだ。
低地で一本も見つからず、あきらめたならそれでいい。
だけどもし。
見つけられなかったらFクラスに落とすという脅しがきいて、高地にまで足を踏みいれてしまったとしたら。
「だから俺は言ったんだ」眠そうにまぶたをこすりながらエンディールが言う。「一歩間違えば、新入りが命を落とすことになるかもしれないぜって」




