07 Aクラスの歓迎(2)
Aクラスの四人はルルリを見送った山への入り口までもどってきた。
ここで彼女が待っていてくれたらどれだけよかったか。けれどそこにはだれもいない。採取から帰ってきたべつのクラスの生徒にルルリを見なかったか尋ねてみたが、だれもそういった子は見ていないと答えた。
「――まさか……」
震える声でブロッサムがつぶやく。
まさか、花を探して高地まで行ってしまったとしたら。そこで魔獣に出会ってしまったとしたら。
ショートカットでおとなしそうな少女の顔が脳裏に浮かぶ。
あの子が魔獣と戦えるはずがない。出会ってしまったら、助かる見込みは――。
「……時間だな」
懐中時計を見てダンテが言う。
「帰ってこないよ……?」とケルススは上目づかいで窺うようにAクラスの仲間たちの顔を見た。ブロッサムはうつむき、ダンテは思案ありげに山を見やる。
エンディールは「……まずは先生に報告だ」と気だるそうな顔のまま言った。
「ピーター、おまえが行け。ハニー・ビーはここで待機。ダンテは俺とついてこい。まだ低地をうろうろしている可能性もあるが……万が一を考えて高地から捜す。いいな」
「了解」
「……わかった」
「…………」
ブロッサムは自分の両腕をぎゅっと抱きしめる。
「あの子、見つかる……?」
「最善は尽くす」
エンディールは端的に答える。ブロッサムは地面を見つめたままうなずいた。
そして「行くぞ」とエンディールが全員に声をかけたとき――
「あっ……ひょ、ひょっとして間に合いませんでした?」
四人の死角からひょっこりとルルリが顔をだしたのだった。
だれもが言葉を失った。草むらをがさがさと踏みこえながらルルリは山を下りてきて、「一応ぜんぶそろったと思うのですが……確認していただいていいですか?」と革のリュックサックを下ろす。
四人全員が最悪の想像をしていた。なのに当の本人はあちこち汚れてはいるもののけろっとしていて、さらに『ぜんぶそろった』と言ってくる。
そもそもアルケミストの花を取られてしまったことを差しひいてもかなり難易度の高いテストだ。この山での採取に慣れていない新入生が一時間ですべて取ってこられるはずがない。
信じられなかった。彼女に無事でいてほしいという願望のあまり夢を見ていると言われたほうがまだ納得できた。
呆然としていると、ルルリは不思議そうに四人を見かえしてきて――
「もしかして……時間をすぎたから失格、でしょうか」
地味な顔を不安そうに歪め、そう尋ねてきた。
「…………」
エンディール以外の三人は顔を見合わせる。そして『これ、夢?』『いや。現実だ』『信じられないよ……』といったふうに目で会話をする。
とても信じられないのはエンディールも同じだったが――ルルリがいまにも泣きだしそうにしていることに気づき、「確認は俺たちの工房でやる」と答えた。ルルリのリュックサックを取って肩にかける。
「Aクラスは共同じゃなくて専用の部屋がある。そこの案内もついでにしてやる、こい」
「あ、リュックなら私が自分で――」
「いいから」
おまえたちも行くぞ、と固まっている三人にエンディールは声をかける。
三人は我に返り、あわててエンディールとルルリを追いかけた。
+++
「マナ草10本、カスミドリの尾羽2枚、溶岩石50g、アルケミストの花3本……完璧よ」
Bクラスまでの生徒は工房を共同で使うらしい。通りがかりにちらっと見たけれど、大部屋に長机がずらりとならんでいてその上には天秤やすり鉢や試験管など一律でまったく同じものが置かれていた。工房というより研究所の設備みたいだ。
そしてAクラスの工房はエンディールが言っていたとおり個室。
といってもずいぶん広い。デスクだけでも調合用や物書き用と用途別に複数あって、大きな棚には試験管やビーカーなどがずらりとならんでいる。研究書も豊富だ。片隅にはソファセットまである。
「すごい……」と私は感動してつぶやいた。Aクラスの先輩たちから特にリアクションは返ってこなかったけれど。
私がなんとか素材を採取して山を下りたとき、時計塔の時計の針は五時を過ぎていた。指定された一時間を過ぎてしまったのだ。
この沈黙は私のことをクラスの仲間としては見做さないということだろうか。
せっかくアカデミーに入ってAクラスになれたのに。おねえさまへの手紙に書くことができたと思ったのに。落とされてしまうのだろうか……。
所在なく部屋の隅のほうに立っていると、エンディールがデスクの上に私が採ってきた素材を広げはじめた。そしてブロッサムに「ハニー・ビー、おまえが言いだしたんだからおまえがやれ」と言う。
ブロッサムはうなずいて、素材をひとつひとつ天秤にかけていって……
「完璧よ」とまだ信じられなさそうに言ったのだった。
私はふうと息を吐きだす。
「よかった……。あ、でも時間が」
「……いいわよ、そんなの。トラブルもあったことだし」
「え?」
「BクラスとCクラスのやつらが低地にあるアルケミストの花をぜんぶ採っちゃったんだよ」とケルススが口をはさんでくる。「信じられないよね。みんなのためにちょっと残しておくのは採取の基本なのに」
「だから俺たちは心配してたんだ」とダンテ。「低地で探してもなかったとき、おまえが赤いロープを越えて魔獣がいる高地まで足を踏みいれちまうんじゃないかって。無事でなによりだ」
「あ……」
「けっきょくどうしたんだ?」
四人の視線が私に集まる。
私は体のまえで指を絡めあわせながら、「そ――そうだったんですね、知りませんでした。だってちょっとだけ残ってましたよ?」とうそをつく。
なあんだ、とブロッサムは安心したように肩を落とした。
「そんなことだったの。まあそうよね、新入生が高地まで行って無事で帰ってこれるはずないもの。……もう。ほんと焦ったわ」
「……すみません、なんだか心配をおかけしたようで」
「なんであんたが謝るのよ。謝らなくちゃいけないのは、……」
ブロッサムは気まずそうな顔をする。何度か唇を噛んだあと、おずおずと私のまえまできた。
そうして頭を下げてくる。
「ごめんなさいっ! 私の思いつきのせいであなたを危険な目に遭わせるところだった。筆記も実技も満点で合格してきた新入生の実力をちょっと試してやろうと思って……そんなことするべきじゃなかったわ。ほんとうにごめんなさい!」
びっくりした。
こんなふうにだれかに素直に頭を下げてもらうなんて経験、前世でも今世でもなかったから。
「え、ええと」
こういうときどうすれば。
動揺して思わず周囲を見回すと、それが『なにぼうっとしてんだてめぇらも謝れよ』という意味で伝わってしまったのか、ケルススとダンテも「ごめん」「年長として俺が止めるべきだった。すまなかった」とふたりも頭を下げてくる。いえ、そうじゃなくて!
「き、気にしないでください――」
「…………」
と、エンディールと目が合う。
彼は私が採ってきたアルケミストの花――ユリに似たオレンジ色の花だ――を手に取って眺めていたが、その手を下げると「悪かったな」と私の目をまっすぐに見て言ってくる。
「無事でよかった。……けがはしてないか」
「は、はい」
「……ならいい」
彼はふいと視線を逸らす。
私は彼の瞳の黒さとその深さにどぎまぎしていた。
私が隠したことをすべて見抜かれてしまいそうで――。
+++
「とっておきの紅茶を淹れてあげる!」とブロッサムは張りきってミニキッチンで湯を沸かしはじめた。
茶葉は極上のもの。エンディールは彼女がこれをだれかのために淹れるのをいまだに見たことがないが、よっぽど安心したらしい。もしくはルルリを気に入ったか。
「そういうことならチョコレートもいいのをだすか」
「クッキーもあるよ。アイスフィアさんはなにが好き?」
ダンテもケルススもこぞってティータイムの準備をする。いつもならこんな中途半端な時間にやろうとするとダンテが『夕飯が入らなくなるからやめとけ』と母親のようなことを言って止めるのだが。
「…………」
エンディールはアルケミストの花をもう一度眺める。暮れていく光のなかでそれは赤く染まって見えた。
光石のランプを灯して見ても同様。やはりオレンジよりも赤に近い。
アルケミストの花の色は高度によって変わる。高地にいけばいくほど赤くなっていくのだ。
――ここまで赤い色なんて、低地では……
ブロッサムとならんでソファに座っているルルリをエンディールは見やる。
まだ魔獣との戦い方なんて知らないはずの新入生。
彼女はいったい、どこでどうやってこれを採ってきたのか――?




