04 錬金アカデミーへ
「……満点合格? ルルリにそんなことできるはずがないでしょう。いつもモモラの後ろに隠れていて、なにをやらせてもダメだった子が」
おとうさまが猜疑心をあらわに言う。
「そうなのですか? ルルリさん」
「……私は……」
たしかに前世を思いだす前の私はどこに行ってもおねえさまの陰に隠れていた。両親に否定されつづけてきた容姿を人前にさらしたくなかったから。
でも──なにをやらせてもダメだったんじゃなくて。
どうせなにもできやしないのだからと、最初からなにもさせてもらえなかっただけだ。おねえさまが優雅に奏でるピアノもバイオリンも私はふれることさえ許されなかった。
「……どうやら、それは決めつけだったようですね」とハングマン先生は私の表情を読んでから言う。
「どうせなにもできやしない。そうあなたたちが決めつけてなにもさせなかったから、ルルリさんは『なにもできない子』という型に押しこめられてしまった。ほんとうはアカデミーに首席入学できるほどの才能を持っているのに」
「…………」
「試験で不正が一切おこなわれなかったことは試験監督を務めた私が証明しますよ。筆記もそうだし、実技だって教員の目の前で錬金をおこなうのです。ズルができる余地はどこにもありません。
──いったい、どうしてそこまでルルリさんの才能を否定するのですか?」
おとうさまもおかあさまもそれには答えなかった。私の肩から手を離し、先生はやれやれと言いたげに両手を広げる。
「自分の子供を虐げる親ほど悲しいものはありませんね。──ところでどうでしょう、ルルリさん?」
「……なにがですか?」
「入寮です。生徒が希望すれば八月中に寮に入ることも可能なのですよ。できたらあなたには、なるべく早く錬金術を存分に学べる環境に身を置いてほしいと思うのですが」
そういえば入学のしおりにそんなことが書いてあったような気がする。
「もちろん、家が恋しいと言うのなら無理にとは言いませんが」とハングマン先生がつけくわえた。
──両親のことは正直どうでもいい。でも……。
私はおねえさまを見る。
おねえさまはハングマン先生にちらりと視線をやったあとで、力強く微笑んだ。
「いってらっしゃい。ルルリちゃん」
「──うん……」
「ま──待ちなさい!」とおかあさまが立ちあがって叫ぶ。「私はまだ認めていませんよ。あなたなんかが錬金術師だなんて!」
「さっきからうるさいなぁ」
「な……、」
ハングマン先生がぱちんと指を鳴らした。
「あなたも貴族夫人なら」テーブルにかけられていた白いクロスがひらりと持ちあがり、カトラリーをすべり落としながらおかあさまの顔に覆いかぶさる。「いやぁああっ!?」とおかあさまは悲鳴をあげた。
「もうすこし慎ましくいてほしいものですね。──さあ行きましょう、ルルリさん」
「え、えっと」
「は、ハングマン殿! 妻にいったいなにを……!?」
「ただの奇術ですよ」
上半身をすっぽりと覆ったクロスを取ろうとしておかあさまはよろめきながら暴れ、近寄ったおとうさまのあごに見事なアッパーを決めておとうさまは「むぐっ」と後ろにふっとぶ。騒ぎを聞いてキッチンからやってきたメイドは手が出せずにおろおろしていた。
ハングマン先生に背中を押され、私は食堂を気にしながらも玄関ホールまででる。
「だいじょうぶですよ、ちょっとしたイタズラですから」
「はあ……」
おねえさまもあとからやってきて私の横に立つ。口元を手で押さえているのでなにかと思ったら、彼女は笑いを堪えていた。
「ふふっ……やだ、おかしい!」
「おねえさま?」
「おかあさまがおとうさまをふっとばすなんて。もう、笑ったりしたらいけないのに!」
「ふっ……」
上品なおねえさまが目に涙を滲ませて笑っている。
それを見ているうちに私もつられて笑いだしてしまった。「やめてよ」「だって」と言いながら私たちは笑い声を重ねる。
「気に入っていただけてなによりです」と頃合いを見計らってハングマン先生が言った。
「ルルリさん、身支度はいつできますか? 私の馬車に乗っていくことも可能ですが」
「ええ……、それ自体はすぐ終わると思います」
この家に私の私物なんてろくにない。
このまま先生と一緒にアカデミーに行ってしまおうと考えていると、「そのお話ですけれど」とおねえさまが先生に言った。
「あなたはほんとうにアカデミーの先生なんですか? あの名刺一枚では信じられません」
「ふむ。あの両親の娘さんとは思えないほど冷静な方ですね」
それは私もそう思う。
「不安でしたらアカデミーに電話してルーカス・ハングマンという教員が在籍しているか尋ねてみてください。私の人相も伝えた上でね。電話番号はルルリさんに届いた書類に載っていますから」
「……そうさせていただきます。電話番号はこちらで調べますけれど」
素性を疑われているのにハングマン先生はにこっと笑う。
「あの両親の娘だとは信じられませんが、ルルリさんのおねえさんということは信じられますね」
トランクはおねえさまが貸してくれた。それにドレスとこの一年間で書きためたノートなどと詰めている間、おねえさまはアカデミーに電話をかけたらしい。
「ああいう先生もいるのね……」と荷造りをしている私につぶやいた。
それから私とおねえさまが玄関ホールへ向かうと、ハングマン先生が「支度できましたか?」と聞いてくる。
「では行きましょう」
「ええ……」
彼のあとに従ってついていこうとした私の手をおねえさまがそっとつかむ。なにかと思って立ちどまると、「手紙、ちょうだいね」と小声で彼女は言った。
「名前は念のため偽名にして。おかあさまたちにばれないように」
「……わかったわ。おねえさまも、アカデミー宛に手紙をくれる?」
「もちろん。アカデミーに行ってもおねえさまのこと忘れちゃダメよ」
「忘れるわけないじゃない」
おねえさまは私をぎゅっと抱きしめる。
「なんだか不思議……ルルリちゃん、アカデミーに行きたいって言った頃から別人みたいに変わったわね」とつぶやかれてどきりとした。
「そ、そうかしら」
「ええ。でも、きっと私が知らなかっただけでルルリちゃんは強い子だったのね」
「…………」
「なにかあったらすぐに頼って。家を出てもあなたは私の大切な妹なんだから」
「……うん。ありがとう、おねえさま」
おねえさまの髪からは花のいい香りがする。
この匂いをずっと忘れないようにしたくて、私は思いっきり息を吸いこんだ。
「家のことは気にしないで。あなたはあなたの人生を生きてね。約束よ」
「うん……」
おねえさまに抱きしめられて、安心するのに涙がにじんでしまう。
……そうだ。私は私の人生を生きるんだ。
もうだれかに搾取されたりなんてしない。私のための人生を。
前世も今世もけして恵まれた家庭とは言えないけれど――でも、このひとが私のおねえさまでよかった。
ルルリは地味で冴えない妹だけど、モモラという素敵なおねえさまがいる。
そして彼女と血が繋がっている妹はこの世界でたったひとり。私だけ、だ。
これは、
かけがえのない宝物。
おねえさまは馬車がでたあともずっと見送ってくれていた。馬車が角を曲がり、見えなくなるまで。
「いいなぁ、私もあんなに素敵なおねえさんがほしかったなあ」
馬車は四人乗りだった。向かいに座っているハングマン先生が子供のように言うので私はつい吹きだしてしまう。
「ダメですよ、私のおねえさまなんですから」
「じゃあきみが私の妹になりませんか?」
「いやです」
「もうちょっと考えてくれてもいいのに……」
それにしても、とハングマン先生は座りなおして言う。
「書類の保護者のサインが親じゃなくておねえさんだったのが引っかかっていたんです。ふつうは親御さんだからねえ。なんとなく胸騒ぎがして見にきたんだけど、正解だったようですね」
「……そうですね」
「さて、入学のしおりは読んでもらったと思うけど。あらためて簡単にアカデミーについて説明しておくと──」
アカデミーの年次は卒業のための必須単位取得数でみっつにわけられる。
入学したばかりでまだ0単位の一年次。それ以上の中間年次。そして卒業のための単位をすべて取得、または取得見込みの卒年次。
年齢でわけないのは十二歳以上なら基本的にだれでも入学資格があるからで、また、ほかのアカデミーから転入してきてすでに単位を持っているケースもあるからだそうだ。
「だから新入生は基本的にみんな一年次からはじめます。そして必須単位の授業はみんなで足並みをそろえて受けるわけだけど、実技の授業はすこし話が変わってくる。こっちのほうはレベルが高い子は年次に関係なくどんどん上のクラスへ進んでいいんです。
カミラのクラスはAからFまで。在校生は年に三回のテストの結果で昇格か降格が決まるのですが、新入生は入学試験の成績をもとにクラスが決まる。新入生は大抵F始まり、たまにEって感じですね。
これには血筋も家柄も関係ない。実力だけがすべてだ。
そして、ルルリ・アイスフィア嬢。九月からのきみの実技クラスですけれど──」




