03 喜んででていきますわ
それはとても長い一年だった。
私はタロットカードを使った占いでお金を稼ぎ、それ以外の時間はすべて勉強にあてた。予想通り私の食事がテーブルに並べられることはなかったけど、外食で済ませたのでなにも問題はなかった。
そして、カミラ錬金アカデミーでの筆記試験と実技試験を終えて。
二週間後に私のもとへアカデミーからの通知書が届いた。結果は合格。それも、
「新入生、総代……!」
──総代として入学式で答辞をしてほしいという手紙も入っていた。
アカデミーでの総代はもっとも成績が優れていたものがおこなうと聞いている。一番だったんだ、私は!
「や、やったぁ……っ!」
喜びで体が震える。
封筒には入学のしおりも一緒に入っていた。でもそこまで目に入らない。
何度も何度も手紙と通知書を読みかえしたあとで、私はそれらを持っておねえさまの部屋をノックする。
「おねえさま、見て!」
「え?」
分厚い外国の本を読んでいたおねえさまは私から手紙と通知書を受けとり、みるみるうちに頬を上気させた。「すごい……!」と感動したようにつぶやく。
「すごい、すごいすごいすごい! すごいわ、ルルリちゃん! それも総代って──試験を受けたひとの中でルルリちゃんが一番だったってこと?」
「ええ、きっとそう!」
「すごい……っ!」
おねえさまは私に抱きついてきた。「おめでとう! ルルリちゃんなら絶対だいじょうぶだって信じてたわ! ほんとに……ほんとうに、よかった……!」
「おねえさま──」
私は彼女がぽろぽろ泣いていることに気がついた。
つられて涙ぐみながら、私は「おねえさまが支えてくれたおかげよ」と抱きしめかえす。
「いいえ、ぜんぶルルリちゃんががんばったからよ。いままで大変だったわね」
「うん……」
「自分の力でお金を稼ぐなんて私にはとてもできないもの。それも毎日あんなに勉強しながらなんて。ルルリちゃんはすごいわ。よくがんばったわね、ルルリちゃん……」
しばらく私たちはふたりで抱きあって泣いた。
こうやって私の努力を認めてくれるひとがいる。喜びをわかちあってくれるひとがいる。それだけで胸がいっぱいで張り裂けそうだった。
……さあ。
おとうさまに、例のものを突きつけにいきましょうか。
話をするのは前回と同じく夕食前。テーブルについたおとうさまの前に私は紙を三枚置く。
合格通知書。新入生総代としてスピーチをしてほしいという手紙。
そして、私が合格したら謝罪する旨が書かれた誓約書。
私とおねえさま、そしておかあさまが見守る中、おとうさまは無言でそれらを読んでいた。
やがて──
ちっと舌打ちすると、紙をまとめて床に捨てる。
「どんな不正をしたんだ? アイスフィア家の面汚しめ」
「おとうさ……」
言いかえそうとしたおねえさまを私は手で制す。そして、「不正など一切しておりませんわ」と毅然と返した。
「すべて私の実力です」
「おまえごときが……」
「生まれたての雛鳥だって一年もあれば立派に空を飛びまわります。ご存じなくて?」
「…………」
「錬金アカデミーへの入学、認めていただけますね」
おとうさまは表情を変えない。私はテーブルに手をつき、「さあ」と言いはなった。
「まずは私にはなにもできないとおっしゃったことの取り消しを。そして、いままでの私への発言や態度を謝罪してくださいませ」
「…………」
「ご自身で誓約書にサインしたことをお忘れですか?」
再びおとうさまは舌打ちする。
「ああ、発言は撤回する。いままで悪かった。これでいいか?」
「…………」
「おとうさま……!」
適当に謝るおとうさまをおねえさまは悔しそうににらみつける。
──ふう、と私は息を吐きだした。
「ええ、結構ですわ。その謝罪たしかに受けいれました」
「ふん……」
「それでは私は九月からアカデミーの寮に移りますので──」
「……そんなわけないわ」
事務的な話をしようとしたとき、おかあさまがか細い声でなにかつぶやいた。
「?」と私とおねえさまはそちらに視線を向ける。
「ルルリがモモラより優れているなんて。そんなわけないわ」
「おかあさま……?」
「ああ、そうよ! こんなもの嘘! おとうさまのおっしゃったとおり不正をしたにちがいないわ! なんてみっともない子。ルルリにこんなことできるはずないもの!」
「…………」
「出来損ないのくせに。おかあさまはこんなの認めないわ。あなたはグズでなにもできない子なのよ。錬金術師? 夢を見るのも大概になさい! あなたはね、モモラの引き立て役でいればいいの!」
ヒステリックにおかあさまは叫ぶ。実の母の豹変におねえさまは恐怖で固まっていた。
──私はと言えば。
もっとひどい例を知っているので、これにもなにも感じなかったけど。
『そうやってママのせいにするのね。そうね、ごめんね。ママ、すぐ死ぬから……』
父と離婚したあと、母は精神のバランスを崩した。
突然漫画やゲームを買ってきたかと思えば食事も作らずに放置する。そして真夜中に『ママのせいだね、ごめんね。もう死ぬから許してね』と枕元で泣きはじめる。
……たったひとりの母親に死をちらつかされることがどれほどつらいか。
あれは、体験してみないとわからない。
とにかくこれくらいはかわいいものなので、私はなんとも思わなかったのだけど──
「ここまで育ててあげたのにどうして迷惑をかけるの!? アイスフィア家に泥を塗るなんて!」
「おい、おまえ。そろそろ──」
「あなたは黙っていて!……モモラだけでよかったのに。こんな子、なんで産んだのかしら……」
おかあさまは髪を掻きむしって叫ぶ。
私と同じ、真っ黒い髪を。
「おかあさま、いい加減になさってください! いくらなんでも言いすぎです!」
「モモラも騙されているの?──この悪魔。私の大切なモモラを操るなんて。この家からでていきなさい!」
私は溜め息をつく。やれやれ。
「ええ、喜んででていきますわ──」
そう返事をしようとしたときだった。
「いやー、なんだか盛りあがってますねえ」
のんびりとした男性の声が食堂に響きわたった。
「……はい?」
私たちは全員ぽかんとする。いつの間にか、私の横にスーツを着た金髪の男性が立っていた。美形だけれどなんとなくうさんくさいオーラがでている。
このひとは……
「──な、なんだ貴様は。いつの間に入った!」
「いえ、ノックはしたんですけれどね。だれもでてきてくれなかったので勝手に入らせていただきました」
おとうさまに怒鳴られても男性はひょうひょうと返す。
そして「わたくし、こういうものです」と胸ポケットから名刺を取りだすとおとうさまに渡した。
『カミラ錬金アカデミー教員 ルーカス・ハングマン』
「は、ハングマン……?」
おとうさまが呆然とつぶやく。
このひとは試験監督を務めていた。なので私も顔も名前も知っている。
けれどおとうさまが驚いているのは先生が直接来たからじゃない。
「ハングマン――まさか!」
「お父上におかれましては私の薬をご愛飲していただいているようで、誠に光栄です」
ハングマン先生はおとうさまが毎食後に飲んでいる薬を生みだした本人だ。
おとうさまの顔色が一瞬で青ざめる。この薬をアイスフィア家に売るなと先生が言ったら、おとうさまは文字通り生命線を絶たれる。
なにか口の中でもごもごつぶやいているおとうさまを無視して、ハングマン先生は私を見た。にこっと笑う。
「もう手紙は読みましたね? 合格おめでとうございます、ルルリ・アイスフィアさん。我がアカデミーについての説明をご両親も交えてしたいと思いやってまいりました」
「は、ハングマン殿。予定を教えていただければあらかじめ準備いたしましたのに」
おとうさまの声が震えている。先生は苦笑した。
「おや、手紙が届きませんでしたか? それは申しわけございません。なにせ試験で満点を取った受験生はアカデミーが開校して初めてのことでしてね。少々事務方が混乱しているようで」
「ま……」
私は目をぱちぱちさせる。「満、点……? 私が……?」
「おっと、口が滑りました。受験生の点数は非公開ですのでね、いまのは忘れていただきたい。
まあとにかく、なにを申しあげたいのかと言いますと──」
ハングマン先生は私の肩に手を置いた。そして、おとうさまとおかあさまを威圧するように見る。
「彼女は天才ですよ。それも、千年に一人の逸材だ。
そんな彼女をあなたたち両親が否定して潰そうとしているなんて、悪い冗談にしか聞こえないのですが?」




