37 冴えない妹に転生して、それから
私たちは馬車で国営庭園を訪れた。ここで荒稼ぎ……もといアカデミー入学のための資金を貯めたのが懐かしい。
空は青く澄んでいて、冬薔薇たちは太陽の下で凛と咲きほこっている。
「小さい頃はよくここで遊んだわね」と遊歩道を歩きながらおねえさまが言った。
「ここに来るとおねえさまが花の冠を作ってくれるから嬉しかったわ。……体はもう大丈夫?」
「ええ。錬金術師さんのおかげよ」
——ねえ、おねえさま、と私は心の中で話しかける。
私も養女に、とシンフィールド公爵家が言ってきたのはうそでしょう?
だってアイスフィア家の子供は私たちだけだ。ふたりとも養子になったら跡継ぎがいなくなってしまう。
向こうからそんな話を持ちかけてきたとは思いにくい。
養女の話がきたのはおねえさまだけ。
でも、おねえさまはほんとうはそれを断るつもりだったんでしょう?
私が家を出たままでいられるように。
大切な恋を、あきらめようとしていたのでしょう?
冬の風がおねえさまの金髪をふわりとなびかせる。
あそこでルルリちゃんは占いをしたのよね、とガゼボを見ておねえさまが言った。私はふと思いつき、「おねえさまも占ってあげようか?」と提案する。
おねえさまは目を輝かせた。
「ほんとう? ルルリちゃんの占いは当たるから楽しみだわ」
私たちはガゼボのテーブルに向かいあって座り、私はおねえさまの手を取って手相を見るふりをする。
なるほど、ともっともらしくうなずいてみせた。
「どう? どう?」
「あなたはいま恋をしていますね?」
「……やだ。わかっちゃう?」
「それもとても偉大な相手です。でも心配することはありませんよ、その方への道はちゃんとつながっていますから」
おねえさまは軽く身を乗りだす。
「ほんとうですか、ルルリ先生」
「ほんとうですとも。その方と結ばれるまでには幾度となく困難が襲いますが、くじけてはいけません。お互いを想いあう心があるかぎりあなたたちは必ず結ばれます」
おねえさまは笑みを零した。「……嬉しい」
そのはにかんだ笑顔があまりにもきれいだったから、ちょっと妬けそうになる。
「その方と一緒ならあなたは絶対に幸せになれます。子供はふたり。上は女の子で、下は男の子です。そしてあなたは——」
私は声を詰まらせた。
前世で読んだモモラの物語。それは、彼女が王妃となるところで終わる。
彼女がとてもとても——遠い存在になってしまうところで。
「あなたは?」
「……あなたは、国民のだれからも愛される王妃となります。そして一生幸福に過ごすでしょう」
「やだ、王妃さまなんて」
ほんとうよ、と私は微笑む。お世辞だと思ったおねえさまはくすくす笑った。
「——ねえ、ルルリちゃんのことも教えて。気がはやいかもしれないけど、卒業したらルルリちゃんはどんな錬金術師になるの?」
「私は……」
いままで考えたことはなかった。でもいまは、すこし展望が見えてきた気がする。
前世を思いだす前の私はあの屋敷を世界のすべてだと思っていた。
おかあさまとおとうさまの言うことは絶対。ふたりが正しくて、それ以外のことはすべて間違い。そしてそのことをおかしいとも思っていなかった。
家族、というのは小さな宗教なのかもしれない。そこでの教えが異常かどうかはほかと見比べてみなければ気づけないし、気づいたとしても否定することは難しい。――前世の私のように。
そのせまい世界をやっと抜けだすことができた。
でも、外の世界のことだって私はまだなにも知らない。
——この世界はすべて調べつくされているとハングマン先生は言った。でもそれはほんとうにそうなのだろうか?
たしかめたい。自分の目で、足で。
私は、とおねえさまに向けて言う。
「冒険者になりたいの。そして、この世界をあますことなく見てみたい。色々な国を見て、色々なひとと出会いたい」
「……うん」
「きっと難しい道だろうけど——」
そんなことないわ、とおねえさまは私の手をにぎりしめてくれた。ルルリちゃんはなんでもできるわよ、と。
「だって、あなたは未来の王妃さまの妹ですもの」
+++
まだふたりのことはおかあさまとおとうさまと呼んでしまうけれど、ここでは名前で呼ぼう。
ヒルダ・アイスフィアは呪術行使罪により王都へと連行された。いまは拘置所で裁判を待っている。
正式な量刑が決まるのはこれからだけれど、男爵夫人が実の娘を呪い殺そうとしたことを貴族院は重く見ている。夫にも責任はあるとし、爵位の剥奪は免れないという話だ。
意外だったのはダリル・アイスフィアが私に長い謝罪の手紙を送ってきたことだった。
これまでの冷淡な扱いを詫び、ヒルダが私を虐げていることに気づいていながら止めもせず、それに加担したことを弱々しい字で詫びていた。
——もっとも、そのあとに。
どうかシンフィールド公爵家に今回のことを取りなしてほしい、爵位が奪われるなんてあんまりだ、おまえだって私たちの子供なんだから私たちのために心を尽くしてくれと書いてあったけれど。
私はその手紙に火をつけて燃やした。
ヒルダの逮捕は思わぬところを思わぬかたちで動かす結果となった。シンフィールド公爵家だ。
養女にする家の母親が呪術を使っていたなど外聞が悪い。けれどかれらはこれで養子の話をなかったことにはせず、逆に利用した。
すなわち――実の両親に虐げられていた姉妹をシンフィールド家が華麗に救いだした、という美談にしたのだ。
コリンソンさんたち呪術管理局(彼女はエメラさまの護衛ではなく、そこの人間だった)とどういった取引があったか私は知らない。
知らないうちにそれは事実として広まり、シンフィールド家は称賛を、私たち姉妹は同情を世間から受けた。
人は真実ではなく見たいものを見る。
そんな言葉を思いださずにはいられなかったけれど、養女の話が白紙にならなかったのは――私はともかくおねえさまにとって――ありがたかったので、私たちも否定はしないことにした。
私とシンフィールド家との面会も来月に決まり、どのドレスを着ていこうかいまはハニー・ビーに相談中。
ちなみに、メイドのサリーはほかのお屋敷で働けるようおねえさまが手配している。
この余波でいままでろくに話したこともなかった貴族たちから文通希望の手紙やらパーティーの招待状やらが届くようになったけれど、すべて丁重にお断りしている。
全員、おねえさま目当てで私のことは壁紙かなにかとしか思ってなかったひとたちだ。
時には露骨に邪魔者扱いされることもあった。そんなひとたちと交流する気になんてなれない。
あんなひとたちよりオニキスのほうが——いえ、みんなといるほうが楽しいし。
なお、シンフィールド公爵さまから『あなたの立場が変わったからといって急にすり寄ってくる相手がいたら教えてほしい。信頼してはいけない者として憶えておくから』と言われているので、あとでまとめて“手のひら返しレター“を公爵家に転送するつもりだ。
そして。
カミラアカデミーにもどった私は早速ブライト先生にマナの測定をお願いしたものの、けっきょく測ることはできなかった。
私が手を置いたとたん測定器が爆発してしまったから。昔の漫画みたいに。
「これは……あら……」
ブライト先生もさすがに言葉もないようだった。
彼女はけがをしなかったか私に尋ねたあと、「事件についての話は聞いていますよ」と言ってきた。
「これは推測なのですが、アイス……失礼、ルルリさん、あなたは小さい頃から呪術によりマナを強制的にゼロにされて育ってきたのですよね。
ですがそれは無事に取りはらわれた。そこで、上から押さえつけられていたバネが一気に元のかたちにもどるようにあなたのマナも一気に解放されたのだとしたら――」
——測定器が壊れてしまったのは、あなたのマナを測りきれなかったからなのかもしれません。
ブライト先生は信じられないという口調で言ったけれど、信じられないのは私も同じだった。だってついこの前までマナがないせいで進級はできないだろうという話になっていたのだから。
「……どうしましょう?」
「そうですね……」
私たちは顔を見合わせ、とりあえずは、とブライト先生は考えこんだあとで言った。
「新しい測定器を作りなおさなければなりませんね。ルルリさんに合わせて」
このことはほかの先生たちにも伝わったらしく、私たちはいつかのように学園長室へ呼びだされた。ブライト先生、ハングマン先生とともに。
「優秀な生徒の未来が断たれることにならなくてよかったですよ」とハーミット学園長は笑ってみせた。食えないおじさんだ。
「……私、」入り口の呪術を消したことを伝えようとして、ブライト先生とハングマン先生がどこまで知っているかわからないと思いなおした。
なにか、と尋ねてくる学園長に「いえ、なんでも」と首を振る。
「『宝玉』のことなら気にする必要はありません。ここの教師はみな知っていますし、入り口はすぐに直しておきましたから」
「そう、……ですか」
『宝玉』をふつうでは手に入らないような状態にしておく。
それはいいことなのか悪いことなのか、私には判断がつかない。学園長のことを全面的に信頼していいのかどうかも。
わかるのは、とりあえず。
「これであなたはどんな錬金術師にもなれますね、シンフィールドさん」
「……はい」
——私の未来が開けた、ということだった。
+++
最近の私のアカデミーでの生活はこんな感じです。
ホームルームクラスのみんなは気を遣ってファーストネームで呼んでくれるようになって、大変だったわねって同情してくれるけれど、Aクラスのみんなはあえてなにも言いません。私が同情なんて求めていないことを知っているからだと思います。
このまえ前期試験が終わったと思ったら、いまは年末のパーティーの話をしています。時が過ぎるのははやいものですね。
そういえばブライト先生から教えてもらったのですが、優秀な成績で一年を終えればロゼアカデミーへの推薦をもらえるそうです。はやければ私は来年の秋からあのロゼの生徒になれるかも。
でも、ハニー・ビーさまたちとお別れするのはさびしいです。
そう思って悩んでいたらオニキスさまに声をかけられました。なにを悩んでるんだって。
私がブライト先生から聞いたことを伝えると、「そうだな」と彼は共感してくれました。「どこでも学ぼうと思えば学べる。カミラに残るのも悪い選択じゃない。俺もそうしてるし」
オニキスさまもロゼへの推薦の条件は満たしているのですが、王都での生活なんて面倒だという理由で辞退していたそうです。
——でも、と彼は言いました。でも、ルルリとなら、と。
「もっと面白い毎日が待っていそうだ」
そして彼は私に言いました。もしふたりが推薦をもらえたら、一緒に王都に行かないか、と。
……ねえおねえさま、このことは秘密にしていてくださいね。だれかに言ったらいやですよ。
だって私、オニキスさまにそう誘ってもらえてすごく嬉しかったんですもの。
私の返事はここには書きません。おねえさまなら言わなくてもわかってくれるでしょう?
こんな毎日が待っていること、アカデミーに入る前の私は想像もしていませんでした。
おねえさま、あのとき応援してくれてほんとうにありがとう。私ががんばれるのはいつでもおねえさまのおかげです。
ビスクドールみたいにきれいなおねえさまとちがって、私はだれにも愛されない粗末な布の人形だって恨めしく思った日もあったけれど――それでも。布の人形のままで、私は私を愛してあげようと思います。
もっともっと書きたいことはあるけれど、今回はひとまずここで。オニキスさまとふたりで街まででかけたお話は次の機会にしますね。
おねえさま、体調にはくれぐれもお気をつけて。お手紙お待ちしています。
親愛なるおねえさまへ
あなたの妹 ルルリより
【完】
無事完結です、ありがとうございました!
短編としてアップしたときに温かい反応をくださった方々のおかげでここまで書けました。あらためてありがとうございました…!
最後に読んだよ報告代わりに☆をつけてもらえたら嬉しいです!
次の長編はしばらく開く予定ですが、またよろしくお願いします…!




