【番外編】そこはかとなくデートのような
「ふたりだけでゆっくり話したい」
家でのごたごたがあったあと、オニキスにそう言われた。
「ついでだし街まででかけないか」とも。
「……それって、デー」
「トじゃない。ただでかけるだけだ。あいつらに聞かせられない話もあるし。べつにデートじゃない」
「そ、そうよね。わかってるわよ。ええ、デートじゃないわ」
「ああ……」
「ええ……」
「…………」
「…………」
「……で、いつにする?」
「そうね……」
+++
ということで、日曜日。
ここで言う街とはカミラの市街地のことだ。駅を中心に発展していて、本屋や飲食店、洋服店などが立ちならんでいる。
王都ほどではないものの活気があって品ぞろえもいいので、カミラの生徒はなにかほしいものがあるときはここにくる。
アカデミーを一緒にでると噂されるかもしれないとオニキスが言うので私たちはばらばらにアカデミーをでた。駅前広場で合流し、オニキスがひいきにしているという喫茶店へ向かう。
こじんまりしていて雰囲気のいいお店だった。穏やかそうなマスターはオニキスを見て相好を崩し、奥のテーブル席に座った私たちのところまでわざわざ水を持ってきてくれる。
「めずらしいじゃないか、友達とくるなんて」
「どうも。……俺、ここは隠れ家だと思ってるんで」
「連れてくるのは特別な相手だけにしたい?」
「わかってるなら言葉にしないでください」
「ははは」と肩を揺らして笑うとマスターはカウンターの向こうに帰っていった。ちょうとモーニングとランチの間だからだろう、客はまばらだ。
「ここはなにがおすすめなの?」
「…………」
「オニキス?」
「……気にするなよ。さっきマスターが言ったこと」
「え? オニキスが単独行動好きなのはいつものことじゃない、気にしてないわよ」
「そっちじゃ……まあいいけど」
ブレンドが一番うまい、と私にメニューを渡しながら彼は言う。「あとはチーズケーキ。奥さんの手作りだって」
「じゃあそれにしようかな」
オニキスはマスターに「いつもの。ふたつ」と声をかける。マスターは片手をあげてそれに応えた。
なんとなく沈黙が落ちる。
家に帰ってきてからというものの私の周りはばたばたしていたので、こうしてふたりだけで話すのは久しぶりだ。
なんて話しかけようか迷っていると、彼のほうから「元気そうでよかった」と言ってきた。
「体の具合は?」
「ええ、だいじょうぶ。前よりいいくらい」
「……そうか」
オニキスはほっとしたように表情をゆるめる。
その幼く見える表情のまま、「もうおまえが突然消えるかもしれないなんて思わなくていいんだな」とつぶやいた。
そう言われて私の胸がちくりと痛んだ。
――彼は母親を亡くしている。身近なひとを亡くした彼は……、親しいひとがいなくなることに敏感なのだろう。
「だいじょうぶよ」と私は重ねて言った。
「こう見えても私、たくましいんだから。もう話したっけ? マナ測定器を爆発させちゃった話」
「……聞いてない。なんだ、それ」
「あのね、測定器に手をかざしたら――」
漫画みたいに爆発してしまったときのことを脚色を交えて話すとオニキスはくすっと笑った。
「うそだろ?」「ほんとよ。ブライト先生の髪がくるくるになっちゃって」「それはうそだ」なんて言いあっているとコーヒーとチーズケーキが運ばれてくる。
運んできてくれたのはマスターの奥さんらしき女性だった。赤毛がよく似合う彼女は「ごゆっくり」と私たちに微笑みかけて去っていく。
コーヒーもチーズケーキも絶品だった。おいしい、と言うと「だろ」とオニキスは得意げにする。
「ハニー・ビーたちには教えるなよ。とっておきの場所だから」
「私もしていい?」
「なにが?」
「このお店。とっておきの場所に」
オニキスははたと私を見つめ、ん、とそっけなくうなずいた。
喫茶店でしばらく話したあとは商店街をぶらついた。
アクセサリーを売っている店の前でオニキスが立ちどまり、横を歩いていた私を見る。
「なに?」
「エメラがよこした指輪、まだつけてるのか?」
「ええ」
いまもつけてるわ、と私は服の下から取りだす。
「お守りだもの。エメラさまがこれをくださった理由はともかく……、このおかげで呪いは弾かれて洞窟の入り口も開いたわけだしね」
「……ふうん」
「それがどうかしたの?」
「面白くない」
「えっ?」
急になにを言いだすのかと私は目を丸くする。
「あいつに先越されたみたいでなんとなく腹が立つ」
「なに言ってるの。オニキスだってこの指輪の効果はわかってるじゃない」
「そもそもなんで指輪の形なんだ。解呪の呪文を彫るだけならもっとほかにあるだろ。昔からあいつはそういうところがあるんだ。何度俺が女とのいざこざの仲裁に入らされたか――」
「さっきからなに言ってるの、オニキス……?」
いつも冷静な彼らしくない。
オニキスは我に返ったらしく咳ばらいをすると、「……それはともかく」と口調を切り替えた。
「せっかく街まできたし。ルルリがほしいものがあるならなにか買ってやる」
「え? どうして?」
「快気祝い……っていうのも変かもしれないけど。呪いが解けた祝い」
「そんな。いいわよ、気にしないで」
彼は小さく首を振る。そして、「おまえはもっと周りに甘えていいと思う」と言ってきた。
「前にも言わなかったか?」
私がひとりで『宝玉』を探しにいこうとしたときだ。
あのときは――『俺にもっと頼れ』と言われたんだった。
「……ほんとにいいの?」
「ほかのやつらには言うなよ。からかわれるから」
甘える、とか。頼る、とか。得意かどうかで言ったら苦手だけど。
――オニキスになら。
「指輪とかネックレスとかこの店にあるみたいだし。まあ、おまえがほしいなら服でも……」
「……だったら、」
「あっちのほうには靴もあるし――」
私は思いきって言った。
「『クリスティーヌの魔道具図鑑』がほしい。魔道具で有名なひとなんでしょう? どうせ私は魔道具は作れないからっていままでそっちの本は読んでこなかったんだけど、これからたくさん読みたいなって……」
「…………」
「……ダメ?」
オニキスは私を変な顔で見る。
「え、だ、ダメだった……?」
「……いや、」
彼は苦笑する。それから、「そっちのほうがルルリらしい」と言った。
まぶしそうに目を細めて。
+++
私がほしいと言った本は書店にはなかったので取り寄せてもらい、寮に送ってもらうことになった。
そして後日。私のもとに届いた図鑑にはメッセージカードがついていた。
いつの間に書いたのだろう。瑠璃色のカードには、オニキスらしいそっけない字で一言。
『指輪より大切にするように』
そんなことが書いてあって。
大人びて見える彼の子供っぽいところを見たみたいで、私は思わず微笑んだのだった。




