33 アイスフィア家にて(1)
馬車の中でハニー・ビーが買ってきてくれたパンを食べて、あとは睡眠にあてさせてもらうことにした。
最初は緊張して眠れないと思っていたけど、みんながそばにいてくれたからだろう、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
馬車から鉄道に乗り換えて、列車を降りたとき私たちは駅が物々しいことに気がついた。
なにかと思えば駅舎の外に王家の紋章が入った馬車が二台止まっている。
「どうしたのかしら」と私はつぶやく。答えたのはオニキスだった。
「エメラも行きたいらしい」
「え? エメラさま?」
「つい昨日あいつから電話がきて。エリクサーは完成しそうだって言ったら、それが効くところが見たい、じゃあミレー駅で待ってるよって」
ということは乗っているのはエメラさまなのか。
「エメラさまって王子さまのひとりでしょ。あんた、知りあいなの?」とハニー・ビーたちが目を丸くしている。
「そんなもん」とオニキスはそっけない。
みんなは彼とエメラさまの関係を知らないみたいだ。ということは彼が国王陛下の子供ということも知らないだろう。
オニキスから口止めはされてないけど、うっかり漏らしたりしないように気をつけようと思っていると馬車からひとりの女性がでてくる。
金髪に青い目をした彼女は黒い軍服を着ていた。腰にはサーベルを下げている。
面識があるのか、まずオニキスに「お待ちしておりました」と告げる。
「仲間も一緒だけどいいか」
「かまいません。分乗していただくことにはなりますが」
彼女はエメラさまの護衛でコリンソンと名乗った。以前、王都の宿で見たひととは別人だ。
ハニー・ビーが私と一緒の馬車に乗りたがったので、私、彼女、エメラさまとコリンソンさんとほかの三人の組みわけとなった。
馬車に乗っていたエメラさまは前に見たのと同じ、ぼさぼさ髪にしわくちゃのシャツだ。
でもハニー・ビーがかしこまって挨拶していたのを見るに、それでも気品があると感じたのは私だけではないらしい。
エメラさまはにこやかにハニー・ビーとも握手を交わした。それから私を見る。
「ごめんね、オニキスのことだから僕がくること言ってなかったんじゃない?」
「……ええ、まあ」
「『宝玉』を使った薬が完成したって聞いてね。おとぎ話が現実になる瞬間をぜひ見たいと思ってきちゃった」
なんだか彼氏の家に押しかける彼女みたいなことを言っているけど――ほんとうにそうなのだろうか。
疑問が浮かんだけれど口にするには不躾すぎる。それに彼はオニキスの友人だ。疑うなんてよくないわね、と私はその疑問をしまいこむ。
「あの、指輪を貸していただいてありがとうございました。この裏に書いてある呪文のおかげで洞窟の入り口が開いたんです」
「ほんとう? それはよかった。でも貸したんじゃなくてあげたんだけどね」
「……え、なに? 指輪をあげたってなに……? 私知らない……」
なんだか隣でショックを受けているハニー・ビーにこの前のことを説明し、「よかったら『宝玉』を見つけるまでの話を聞かせてよ」とエメラさまに乞われるままに私はそのときのことを話した。ささやかな冒険譚を。
エメラさまに聞かれてふたりでアカデミーの話をしていると馬車が止まった。
「ついたみたいだね」と窓にかかっているカーテンをめくってエメラさまが言う。
「……はい」
「アイスフィア男爵はいるかな? 挨拶しておきたいんだけど」
エメラさまにおとうさまを紹介するのは恥ずかしかった。正直に言って。王家の方とその辺のおじさんに毛が生えたようなおとうさまでは雲泥の差がある。
だからメイドのサリーに「ご主人さまは会議にでられていて留守です」と教えられたときはほっとした。
「なんだ。あ、じゃあ夫人にだけでも――」
「……なんの騒ぎ?」
奥からおかあさまがでてくる。
その幽鬼のような姿を見て心臓がぎゅっとなった。
会いたくなかった。おねえさまを助けたら、このひとには会わずにさっさと帰りたかったのに。
ハニー・ビーがさりげなく私の隣に寄りそって、おかあさまから見えないように手をにぎってくれる。私はその細い指をにぎりかえした。
「初めまして」とエメラさまはおかあさまに微笑みかけた。
「エメラルメラ・ノルフィスです。ルルリさんとは親しくさせていただいています」
「……は? なんですって?」
「エメラ――」
「ノルフィス!?……王家の方々と同じ姓ですが、まさか」
どうも、とエメラさまはマイペースを崩さない。「第六王子をやっています」
「なっ……」
いきなり王子さまに屋敷にやってこられておかあさまはパニックを起こしたらしい。細い目を見開き、「サリー!」とメイドを叱る。
「なぜ先に私に伝えておかないの!? お、王子殿下が屋敷に見えると知っていたらこんなドレスなんかででなかったのに!」
「も、申しわけございません!」
「いえ、彼女を責めないでください。突然来たのですから」
エメラさまの声は聞こえていないらしく、おかあさまは親指の爪を噛む。がりっと渇いた音がこっちまで聞こえてきた。
「……王家とルルリが知りあい? どういうこと? モモラならともかく、社交界にもろくにだしていないルルリが……?」
そこでもう一台の馬車に乗っていたみんなが屋敷に入ってきた。
おかあさまを見るなりダンテが「お、やってるな」と小さくつぶやく。
そこでハニー・ビーはなにか思いついたらしい。私の手を離すと一歩前に出て、「先日はご挨拶ができませんでしたが」と自分の胸に手をあてる。
「ハニー・ブロッサムと申します。父は伯爵でルレッタ地方を治めておりますわ。以後お見知りおきを」
「は、伯爵……」
「ちなみに――」と彼女はオニキスたちを振りかえる。
「彼はオニキス・エンディール。カミラアカデミーきっての天才と呼ばれていて、将来は国を代表する錬金術師として活躍することが嘱望されております。
隣はピーター・ケルスス。両親はふたりとも薬学を専門とする錬金術師で、医師がいない村を回って人々の命を救うことに尽力されていますわ。
その隣はダンテ・ゴーランド。彼の父親はかつてエウリュ戦争で騎士として戦い、我が国を勝利に導いた英雄です。
――王子殿下をふくめ、全員、本来ならこんなちっぽけな馬小屋もどきの屋敷にくるような人間ではありませんのよ。でも本日はこうしてまいりましたの。なぜだと思います?」
「な、なぜ……?」
「ルルリのことが好きだからです」
ハニー・ビーはおかあさまに向きなおる。
彼女がどんな表情をしているか後ろ姿ではわからないけど、おかあさまにぶつける声は息を呑むほど真摯だった。
「私たちはみんな、ルルリのことが大好きだからここへきたのです。彼女のおねえさまをたすけたいから。彼女が泣くところなんて見たくないから。
ルルリは私たちの大切な友人です。あなたがルルリを傷つけるのなら――そのときは容赦しません」
いきましょう、とハニー・ビーは私たちをうながす。
大階段を上りながらちらりと振りかえると、おかあさまは小刻みに体を震わせてホールに立ちすくんでいた。
爪を噛む嫌な音が聞こえてくる。呪詛のようなつぶやきも。
「うそ……うそよ。ルルリなんかが……あの子が認められるわけが」
ふん、とハニー・ビーが息を吐きだした。
「いやな女ね。ルルリには悪いけど、私、ああいうひと嫌いだわ」
「……ありがとう、ハニー・ビー」
「どうして? ちょっと親の威を借りただけよ」
そうじゃなくて、と私は彼女に微笑みかける。
「大切な友人って言ってくれて。……ありがとう」




