30 『宝玉』のありか(1)
消灯時間を過ぎてから。
ジャージに着替えた私は寮の自分の部屋を窓からそっと抜けだし、光石のランプと採取用のリュックだけを持ってレネ山の登山道を目指した。
だれにも声はかけていない。私ひとりだけだ。
レネ山の洞窟を見つけだしたとして、そこになにがあるかわからない。凶暴な魔獣が眠っているかも。
それにみんなを巻きこむわけにはいかなかった。
私は魔道具を持っていないし持っていたとしても使えない。だから魔獣から身を守る手段はないけれど、そもそも私はマナがないから襲われることがない。向こうからしたら透明人間みたいなもので――ある意味、安全面では最強と言える。
だからひとりで行くべきだと思った。
ここまでしてくれたみんなを守るために。
「……よし」
気合を入れて一歩踏みだそうとしたときだった。「おい」と後ろから声をかけられて私は文字通り飛びあがって驚いた。
「――っ!?」
驚きのあまり声がでない。
それどころか金縛りにあったみたいに硬直していると、「なにやってるんだ、ルルリ」と名前を呼ばれた。
――ゆ、幽霊に名前を呼ばれた……!?
おそるおそる振りかえる。と――そこにいたのはオニキスだった。片手にランプ、片手にいつか見た魔道具の剣を持っている。
「お、オニキス……?」
「……やっぱり来たんだな」
まだ心臓はばくばく言っているけど、どうやらお化けでも幽霊でもなかったらしい。「お、驚かせないでよ」と私は死にそうなほど驚いたことをごまかすために言う。
オニキスはむっとしたような顔で私の前に立った。
「どの口が言ってるんだ。俺たちに黙って山をひとりで調べようとしてたのに」
「――これは、」
「ひとりで抜け駆けか?」
「そんなつもりないわ」と私は言いかえす。ただ、危険なことにみんなを巻きこみたくなかっただけだと。
「危険なのはルルリだって変わらないだろ」
「私はマナがないもの。魔獣に襲われることなんてないから平気」
「アホ。それを抜きにしても、夜の山にひとりで入るやつがいるか」
それはもっともだ。いくらアカデミーの所有といっても山は山なのだから。魔獣はともかく、迷子になったりけがをしたりする危険性は充分にある。
「夜が明けるのを待て」
「……無理よ。そんなの」
すぐそこにおねえさまを助けるためのものがあるかもしれないのに。なにもせず部屋で眠るなんて、できるわけがない。
オニキスは溜め息をついた。
「どうしても行くのか」
「ええ」
「なら俺も行く」
「え――」私は目を丸くした。「だ、だめよそんなの。だって」
「だって、なんだ」
「……だって。凶悪な魔獣がいるかもしれないのに」
「自分の身くらいは自分で守れる」
「迷子になるかもしれないのに」
「それはそっちも同じだ」
「けが、するかもしれないのに……」
彼はもう一度溜め息をつく。それはおまえも同じだ、と言いたげに。
「もし『宝玉』を見つけても無事に帰ってこられなかったら意味がない。そしてふたりなら安全に帰ってこられる確率が上がる。ちがうか」
「そ……、そうかもだけど」
「もっと頼れ。俺のこと」
「…………」
「これでもおまえより先輩だ」
私は言いかえそうとして――なにも言えずに口を閉じた。
私はだれかに頼ることが苦手だ。『自分でどうにかしなさい』。前世では、母になにを相談してもそう言われて面倒くさそうにされていたから。なんでも自分でどうにかしなくちゃいけないと思うようになっていた。
オニキスたちのことを危険な目に遭わせたくない。でもそれ以上に。
私は――だれかに期待することをやめてしまっていたのかもしれない。
「……ありがとう、オニキス」
「礼なんていい」
彼はそっけなく答える。
でもその裏にある優しさをわかっているから、その返事がなによりも頼もしくて嬉しかった。
洞窟はオニキスが作ってきてくれたペンデュラムでダウジングをして見つけた。範囲はこの山ひとつくらいなら余裕らしい。
そういえば天才だった。オニキスは。
洞窟の入り口を隠していた岩をふたりがかりでどけて、その向こうにかけられていた侵入を阻む呪術もエメラさまの指輪の裏に刻まれていた解呪の呪文を彼が読みあげることでさくっと解除して、私たちは洞窟の奥へと向かった。
洞窟の中は一本道でゆるやかに下降していた。足元はほとんど平らで、だれかの手が入っていることを感じさせる。
入り口が隠されていて呪術で封印されていたことからも明らかだけど、この奥には絶対になにかがある。だれかが隠したいと思ったものが。
どれくらい歩いただろう。やがて、私たちは小部屋のように開けた場所にでる。
……ここがゴール?
私たちはランプで部屋の中を照らしだす。
奥には鉄の扉があり、その横では一体の骸骨がイスに座っていた。
「いっ――」
叫ぼうとした私の口をオニキスが手で押さえる。「やめろ。洞窟が崩れる」
私はこくこくうなずいた。彼は手を放し、私を連れて骸骨の前に行く。
骸骨はボロボロになった黒い外套を身にまとっていた。骨格からして成人男性だろうか。亡くなってからどれくらい時間が経っているのか私には見当もつかない。
オニキスは怖くないのだろうか。
ランプの光で照らして、骸骨の頭からつま先までじっくりと見ていた彼がつぶやいた。
「これ、偽物だ」
「……え?」
「よくできてるけど本物の骨じゃない」と彼は骸骨の手を指でさわる。「やっぱり。手触りもちがう」
「……触ったことあるの? 人間の骨」
「動物の骨なら」
なんだ、と私は息を吐きだす。
不気味なのは変わらないけど、本物と作りものとじゃ雲泥の差がある。私はオニキスの腕をつかんでいた手からすこしだけ力を抜いて――
『ようこそ。二名さまかな?』
骸骨の口から聞こえてきたしわがれた男の声に、今度こそ絶叫した。




