29 オニキスの復讐
「だから俺にとって錬金術は手段でしかなかった。石ころを金にするため……エメラにはそう言ったけど、国王に近づけるならほんとうはなんでもよかった。俺の母親を捨てた男に復讐できるなら。
アカデミーも通過点でしかない。いい成績を取るのも、クラスの仲間と協力するのも卒業に必要だからやってるだけ。そこに意味が生まれることなんてなかった。ルルリと会うまでは」
「私……?」
彼は国王陛下の子供だった。エメラさまと知り合いなのも、あのとき王城を見て複雑な表情をしていたのもそのため。
でもそれに驚いている暇もなく彼は話をつづける。
「アカデミーでの生活なんてどうでもいい。優秀な生徒として認められれば、それで。
だから新入生に天才がいるって話を聞いてもなんとも思わないはずだった。そいつが俺の入試のときの成績を越えたって聞いても。
だけど、俺はハニー・ビーがおまえにテストをするって言ったとき止めなかった」
レネ山で素材を採取してこいといきなり言われた、あれだ。
「面白くないってほんとうは思ってたんだろう」
「あなたが?」
「自分でも気づかなかったけど」
オニキスはこのとおりの無表情だ。彼が感情を表にだすことはめったにない。だからそう言われても意外だとしか思えなかった。
「そして……おまえにマナがないって知ったとき不安になった。おまえはいつ死んでもおかしくないのかもしれないて思ったら。面白くないとか言ってる場合じゃない、俺が守らなくちゃいけない、そう思った。
ほかのやつらには天才に見えてるかもしれないけど、ほんとうは努力家で。真面目で。……時々、なんだか別人みたいに大人っぽく見えるおまえのことを守らなくちゃいけないって。
おまえに会って……ただの通過点でしかないアカデミーでの生活が変わったんだ」
前世の瑠璃がでているのだろうか。どきりとしたけど、まさか私が転生しているなんて思わないだろう。
「だから――」とオニキスはつづける。
「助けてみせる。おまえのことも、おまえの姉貴のことも。
俺がここにいるのは無意味なんかじゃない。おまえを助けるためなんだって言えるように」
いつになく彼の声が熱っぽかった。
自覚はあるのだろう、照れ隠しのようにオニキスは目を逸らす。
――私にこんなことを言ってくれたのは彼が初めてだった。
助ける、なんて。私にはだれも言ってくれなかった。
私がどれだけ泣いても。どれだけ、ひとりで傷ついていても。
「……うん、」
私は必死に涙を堪える。
こんなに泣いてばかりいちゃだめだ。わかっているのに止められなくて、目元を指でぬぐう。
「ありがとう、オニキス」
「……ああ」
「私も――信じていい?」
前世の私は石ころみたいな存在だった。
だれにも省みられない。蹴っ飛ばされたり投げすてられたりするだけの存在。
それはルルリもそう。
きれいな宝石のようなおねえさまの陰で、彼女はだれにも気づかれずに一生を終える……はずだった。
それを変えたい。
私は石ころじゃないと。なんにでも変われると。自分の手で、証明したい。
「私がここにいる意味はあるって、信じてもいい?」
オニキスはドーナツを手に取った。半分に割って、片方を私に差しだしてくる。
0の形をしていたそれは。
私たちの手の中で、いびつな1になった。
おねえさまのことを助けたい。自分のために。オニキスのために。
気持ちを新たにしたときふと気がついた。
私は半分にしたドーナツを急いで食べると、ハンカチで手を拭いて開いたままだった国内マップをめくる。
「どうした?」と聞いてくる彼に「アルケミストの花」と答えた。
「あれって、高地にいけばいくほど赤くなるのよね?」
「ああ。基本中の基本だ」
「なら、」
私は彼の前にそのページを見せる。
アルケミストの花はこの辺りが原産で、高地にいくほど色は白くなると書かれた個所を。
――なら、これはなに?
「は……?」
ありえない間違いにオニキスはぽかんとする。
国家錬金術師、それも学園長ともなるひとがこんな簡単なミスを犯すとは思いにくい。
あまりにも簡単すぎて見落としてしまっていた。それとも糖分のおかげで頭が回ったのかも。
オニキスはドーナツを口に放りこむと傍らに積んであったマップを手に取った。ハーミット学園長が監修した国内マップの第二刷だ。
該当のページを開いて私に見せてくる。
『アルケミストの花の原産地はカミラ地方である。高地にいくほど色の赤みが増すのが特徴』
――二刷では修正されている。
それ以降の版も確認したけど、間違いがあったのは第一刷――初版だけだった。
ただのミスだったのだろうか。それとも、なにか意図があってあえてそうしたのだろうか。
「あなたはどう思う?」
「学園長がこんなミスをするわけない。おそらくわざとだろう」
「わざとなら……」
なんのために、と私が言いかけたとき温室の扉が開いてハニー・ビーたちが入ってきた。紅茶のポットやらチョコレートの箱やらを持っている。
「あれ、もう始めてたの? 私たちが来るまで待っててくれてもよかったじゃない」
「ハニー・ビー、それどころじゃないだろ」とテーブルにポットを置いてダンテが言う。そうね、とハニー・ビーもすぐ機嫌を直した。
「なにかわかったのか」
「わかったなんてもんじゃないよ。きっとこれが答えだと思う」
ピーターはすこし上ずった声で言った。オニキスは彼の手からカップを取ると自分で紅茶をそそぐ。
「適当にやってるから適当に話してくれ。喉渇いた」
「先に自分たちだけ食べてるからだろ!」
聞いて驚け、と彼は残りのカップをテーブルに置くと鞄から本を取りだす。
題は『家庭のための薬学』。表紙にはそう書かれており、著者はハングマン先生だった。
「このハングマン先生が書いた薬学書。これなんだけど――うちの図書館にあるやつは黒塗りになってる個所がいくつかあるんだ」
「黒塗り?」
「そ」
彼は本を広げて私たちに見せる。たしかに一部の個所が黒いインクで塗りつぶされていた。
「イタズラか?」
「でもこんなことをしてなんの意味があるかわからない。書きこみならまあわかるけどね。しかもうちにある本は二冊とも全部同じ個所に黒塗りがされてたんだ」
「……それは臭うな」
「だろ? だから僕たちはべつのアカデミーにお願いして同じものを取り寄せてもらった。その結果――」
「これよ」とハニー・ビーがメモを私たちに見せつけてくる。
そこにはいくつかの素材が書きだされていた。これらが黒塗りされていたということだろう。
・マナ草 3本
・アルケミストの花 1ケ
・グロックの卵(殻ごと) 1ケ
・蒸留水 2カップ
・天然ラピスラズリの粉末 小さじ2
「これが……?」
「これだけじゃない」とダンテが私のつぶやきに答える。
「黒塗り以外にも本には落書きがあった。特定のアルファベットに印がつけられていたんだ。ふつうに読んでいたら見落とすような小さな印だが。これを並び替えると、」
【GEM】
「『宝玉』になる」
「――どういうこと?」
ハングマン先生は言っていた。『宝玉』なんて知らない。知らないことを自分は知っている、と。
なのに彼は自著に暗号を隠した。
――彼はうそをついていた……?
「待て待て、本を書いたのは先生でも印をつけたのが先生とは限らねえだろ。カミラの生徒なら自分とこの先生が書いた本なら興味を持つかもしれない、と思ってそうしただけもしれないしな」
「……そうだけど」
気色ばむ私をダンテが抑える。
その傍らで、「こっちも発見があった」とあくまで淡々とオニキスは言った。
「ハーミット学園長の国内マップだ」
彼から話を聞いた三人は色めきたった。
「それ、絶対なにかあるよ」とピーターが言う。全員の気持ちを代弁するように。
オニキスはうなずく。
そしてあとは任せるというように私を見てきたので、私はここまでの発見をまとめながら推測を述べる。
「まず……ハングマン先生の薬学書。ここに書きこみをしたのがだれかは措いておきましょう。問題は、なぜそんなことをしたのかということ」
「調べてみたけどこれらを使うレシピはないわ。でもこれがでたらめじゃないとしたら、」
「まだ世に出ていないレシピ……ということになるわね」
私はハニー・ビーの言葉を引きとって言う。
これがなんのレシピなのかと言えばそれはもちろん、
「『宝玉』。あるいは、『宝玉』を入れることで完成するもの」
「僕は後者だと思うな。国内マップの間違いはきっと、いや絶対にわざとだ。そしてそれは――」
「『宝玉』のありかを指ししめしている」
「そういうこと」とピーターは興奮したように答える。
このふたつは合わせることによって完成する暗号だ。
「『宝玉』はレネ山の高地にある……」
外がもう暗くなっているけど、それでもいますぐ探しにいきたい。そんな私を冷静にさせるように「でも、レネ山だって隅々まで調査されてるはずだ」とオニキスが言う。
「今更どこを調べる?」
「……レネ山には昔、噴火した際にできた洞窟がいくつかあるはずよ。もしそこの入り口が故意にふさがれていたとしたら」
「だれにもわからない――か」
暗号を解いた興奮そのままにハニー・ビーが「明日、授業が終わったら徹底的に調べましょう」と言う。
「高地なら魔獣との戦闘準備も必要だわ。魔道具も持っていかなくちゃ」
ピーターとダンテはそれに「そうだね」「久々だな、高地まで行くの」と口々に答える。
私はみんなに気づかれないようにテーブルの下で手をにぎりしめた。




