27 あきらめられるわけ、ない
ハングマン先生はなにかヒントを持っているかもしれない。もしかしたら、答えそのものを。
そんな楽観的な期待は見事に裏切られた。
私たちは新しく器具をそろえてもらった工房へともどる。
錬金術でおねえさまを救うことは不可能。そう宣告されても、はいそうですかと納得することなんてできなかった。
ハニー・ビーは本棚の本を意味もなくだしたりもどしたりしている。
「……ほんとなのね。この世界はもうとっくに調べつくされている。未開の地域もまだ見つかっていない素材もないって」
もうこの世界は調べつくされている。その根拠は市販されている素材採取用の地図だった。
そこにはこの世界で採れるすべての素材の情報があると先生は言ったのだ。
どこにいけばどの素材が採れるか、ということが記された素材マップはアカデミー生でいるうちはあまり必要ない。授業や試験で必要な素材はアカデミーが用意してくれるし、カミラアカデミーなら基本のものはルネ山で採取できる。
だからいままで実感がなかった。
錬金術専門の本屋に行けば置いてある世界素材マップ。辞書のように分厚いそれに巻かれた帯に書かれた、『世界中の素材の場所が丸わかり!』というような宣伝文句の意味を。
あれは。
ほんとうの意味で、書いてあったのだ。
「ルルリ……」
オニキスの向かいに座っている私のそばにピーターがやってくる。彼は不器用に、「きっとなにか方法があるよ。気を落とさないで」と言ってくれた。
「……ええ。ありがとう」
気を落とす、というよりはまだ現実感がないというのが事実だった。
おねえさまを救うための手がかりはこの『風の錬金術師』にしかない。でも、そこに書かれている『宝玉』はこの世界のどこにもないという。
そんなこと言われたって受けいれられない。あきらめられるわけ、ない。
「……考えなくちゃ」と気がつけば私は口にだして言っていた。え、とピーターが問いかえしてくる。
「素材マップに抜け落ちがないか。『宝玉』はすでに見つかっているもののことだという可能性もあるわ。既存の素材を組みあわせて新しく生まれるものということだってある」
「それに」とオニキスがつけくわえる。
「ハングマン先生が嘘をついている可能性もある」
「……先生が? どうして?」
「さあな」
自分で言っておいて。
オニキスは無表情なのでどこまで本気なのかわからない。彼はソファに座りなおすと、「クラスをふたつに分けたい」と言った。
「素材マップを調べるチームと、素材を組みあわせて『宝玉』を作れないか調べるチーム」
「マップを調べるって言ったって、まさか現地に行って照らしあわせるわけにいかないだろ」とダンテ。
「マップはあちこちの出版社からでてる。世界規模と国内規模じゃ情報の密度が変わってくるし、情報を提供する錬金術師によって書かれることもちがってくるからだ。読みくらべたらなにかわかるかもしれない」
「……まあ、それくらいならここの図書館で済むか」
でも膨大な時間と根気が必要になりそうだ。『宝玉』が作れないか調べるほうも。
「なら、チーム分けは――」とダンテがみんなの顔を見まわす。
彼の指示により、マップを調べるのは私とオニキス。『宝玉』が錬成できないか調べるのはダンテ、ハニー・ビー、ピーターの三人に決まった。
私はオニキスと一緒にアカデミーの図書館へと向かった。
「先にそれを読んでおいたら」と彼に言われ、本棚に向かう彼と別れて四人掛けのテーブルで『風の錬金術師』を紐解く。
だいたいのあらすじはエメラさまが話してくださったのと同じだ。
ちがうのはブラックという錬金術師の出自がはっきり書かれていたこと。彼はシリョウ一族という、マナを強化するために魔獣を生きたまま喰らう一族の末裔だった。
――魔獣を喰らう……?
かれらは倒すと黒い霧になって消えてしまう。
だから生きたまま食べるしかない……のだろうけれど、あまりぞっとしない話だ。改訂により削除されたのもうなずける。
ブラックはそのことになんの疑問も持っていなかったけれど、ある日、自分が喰らった二体の魔獣に小さな子供がいたことを知る。
彼は自分がやってきたことを悔い、もう二度と魔獣は食べないと決め、放浪の旅に出る。それで王国に流れついて……ということだったようだ。
これがなにかのヒントになるだろうか。
魔獣を生きたまま食べれば私やおねえさまのマナが回復する――ということはないだろう。シリョウ一族は特別な臓器を持っているとかで、彼らしか魔獣食の恩恵は受けられないようだから。私たちが同じことをやったとしても効果はないと思ったほうがいい。
でもその描写が引っかかった。
魔獣。マナを喰らって生きる化け物。その化け物を喰らう一族。病気でマナがゼロになってしまったおねえさまと、最初から持っていない私。
……どうする?
効果はないだろうけど、ほんとうに魔獣を食べてみる……?
そもそもどうやって調理すればいいのだろう。豚とか牛と似たようなものと考えればいいのだろうか。真剣に悩みはじめたとき、オニキスがテーブルにやってきた。分厚い素材マップを何冊もかかえている。
私はあわてて腰を浮かした。
「ごめんなさい、手伝いにいけばよかった」
「これくらいなんでもない」
彼はテーブルにマップを置く。世界規模のものからアルケリア国内規模のものまで。
「片っ端から見ていくか。気になることがあったらすぐに教えてくれ」
「……ええ、ありがとう」
オニキスたちにとってモモラおねえさまは赤の他人だ。
それでもこうして協力してくれることがありがたくて頼もしかった。私はひとりじゃないと思えることが。
私は目の前にあるマップを開く。字は細かくて、ページ数は多い。
こんなの辞書と辞書を読みくらべてちがいを指摘しろと言うようなものだ。
――それでもやらなくちゃいけない。おねえさまのために。
これは終わりじゃなくて始まりだ。そう自分を奮起させ、私はオニキスと一緒にページをめくっていく。




