24 失意の夜、決意の朝
「姉貴の容態を見ると言いくるめてなんとか滞在を許可してもらえたが……」
じきにメイドに案内されてモモラの部屋までやってきたダンテがぼやく。「変な両親だな。ルルリを責めてれば姉貴の病気が治るとでも思いこんでるみてえだ」
オニキスは自分たちでモモラの病気を治すと決めたこと、そして『風の錬金術師』が手がかりになると思ったことをダンテに伝える。ダンテは前半にはうなずいたが後半には首をひねった。
「ありゃただのおとぎ話だろう。『宝玉』……だったか? ルルリはなにか気にしてたみたいだが」
「だけど俺たちにはほかに手がかりはない」
「そう結論を急ぐな。アカデミーにもどって先生たちにも話をしてみよう」
オニキスはあごを引くようにうなずく。先生たちに聞いたところで――と彼が考えていることはわかったが、それ以上かける言葉をダンテも持っていなかった。
それこそ、おとぎ話のように王侯貴族なら国をあげて治療にあたったかもしれないが……
そのときダンテは違和感を覚えた。両親との会話だ。
なぜかふたり――とりわけ、母親のほうが――はこのことをおおやけにしたくないようだった。
なぜだ? どこに治療法が転がっているかわからない。むしろ話を広めて助けを求めるべきだろうに。
――両親にはなにか後ろ暗いことがある……?
薄闇で考えこんでいると、「ルルリ……」とハニー・ビーがつぶやく声がした。
彼女はルルリが寝ているソファの前にひざをつき、泣きだしそうな目で彼女を見つめている。
「あなたが家でひどい目に遭ってるの、私たちぜんぜん知らなかった。あなたはなんだか大人びてたから……きっと家でもうまくやってると思ってた。
私たち、あなたのことなにも知らなかったのね。同じクラスの仲間なのに。友達だと思ってたのに。ごめんなさい……」
ハニー・ビーはルルリの手をにぎってすすり泣く。
オニキスたちはあえてなにも声をかけなかった。彼女が小さく泣く声と、ピーターがノートにモモラの容態を記録する音だけが部屋に響く。
やがてハンカチで目元をぬぐい、気丈な目でハニー・ビーは近くにいたオニキスを見た。
「ねえ、これからルルリはどこで暮らすの? まさかほんとに退学になったわけじゃないでしょう?」
「たぶんな。寮の部屋もまだそのままだろ」
「もし先生たちがダメって言ったら私の屋敷に連れていくわ。こんな家にルルリを置いていけない」
当然だ、とオニキスは低い声で答える。
それに私情が混ざっている自覚はあったが、「あんなやつら……」とつぶやかずにはいられなかった。
「ルルリの親でいる資格なんて……」
言いきる前に部屋のドアがノックされた。メイドが顔をだし、あの、とすこしおどおどしたように言ってくる。
「みなさまのお部屋のご用意ができましたが……いかがなさいますか?」
四人は顔を見合わせる。
だれもここから――ルルリと、一向に目覚める気配がない彼女の姉から――離れる様子がないことをたしかめ、ダンテは「毛布だけ持ってきてくれ」と返事をした。
+++
アカデミーに帰るわよ、とだれかが言った。
だめ。おねえさまを見捨てていけない。私がそう言うと、べつのだれかが私の前に紙を差しだした。
それは――私宛ての手紙。
おねえさまの書きかけの手紙だった。
「ごめんなさい、勝手に見て。でもデスクに置きっぱなしで……両親に見つかったらいけないと思ったから」
懐かしい字に涙腺がゆるむ。でも我慢した。涙で視界が滲んだら、大切なおねえさまの字を読めなくなってしまうから。
『ルルリちゃん、お手紙ありがとう。』そうはじまる手紙は――そこでおねえさまが体調を崩してしまったのだろう――こんな言葉を最後にとぎれていた。
『だから絶対に帰ってきちゃだめよ。いい? これはおねえさまからの命令です。
なにがあっても、絶対に、この家には』
――この家には、絶対に帰ってきちゃだめ……
「……帰りましょう? ルルリ。あなたはこの家にいたらいけない」
「…………」
「おねえさまのことは必ず助けるわ。実際問題、それには道具や蔵書がそろっているアカデミーにいるのがなによりいいはず。退学の話なんてなしよ。あなたみたいな優秀な生徒、電話一本でアカデミーが辞めさせるもんですか」
――なにがあっても。そう書かれたおねえさまの字はかすかに乱れていた。
このときにはもう具合が悪かったのだろう。だから、私への手紙にこう書いたのだろう。
両親はおねえさまの病気を理由に私を呼びもどそうとするかもしれない。
でも、絶対にそれで帰ってきてはいけないと。
「――おねえ、さま……」
具合が悪いなかで、それでもモモラおねえさまは私を心配してくれていた。
おねえさまだってつらかったはずなのに。心細かったはずなのに。
それでも、私を……。
この手紙はおねえさまから私に向けられた愛情そのものだった。私はハニー・ビーから渡された手紙を抱きしめ、ばらばらに壊された心を拾いあつめる。
まだ、大丈夫。壊されても、私は壊れない。
おねえさまを助けるまでは。
「行こうよ、ルルリ。きみはアカデミーにもどらなくちゃだめだ」
「そうだな。ルルリがいないとまとめ役が俺しかいなくて困る」
ピーターとダンテが言う。窓から射しこむ朝陽の中で。
私を――必要としてくれる。
「……いやよ、私。こんなかたちでお友達とお別れするの」
「ハニー・ビー……」
「ルルリがいやだって言っても連れていくんだから。絶対、絶対よ。あなたは私のそばにいなくちゃいけないの!」
彼女の目は赤い。もしかしたら一晩中泣いていたのかもしれない。こんな私のために。
ソファに座っている私の前にだれかが立った。
オニキスは黒い瞳にかなしみのようなさびしさのような、安堵のような――複雑な光を宿して私を見下ろす。
帰るぞ、とぶっきらぼうな口調で言った。
「おまえの人生はおまえのものだ。このままで終わらせるか」
彼は手を差しだしてくる。
私はひとつうなずいて、自分の決意を確認するようにその大きな手をつかんだ。
どれだけ邪魔されたとしても。
私は、私の人生を生きてみせる。




