23 だって、おかあさまがそう言うから
――ハニー・ビーの声……?
そんな気がしたけど、でも彼女がここにいるはずがない。幻聴だと私は目を伏せる。
なのに階下はどんどん騒がしくなっていくようだった。
私はのろのろと立ちあがり、やけに重く感じられるドアを開ける。
「本人の意思じゃない退学なんておかしいわ。ルルリ本人から話を聞かせてくださる?」
「な、なんなんだおまえたちは。いきなりずかずかとあがりこんできて」
「それは申しわけありません。ですが、自分たちも退学という話を聞いてあわててやってきたので」
私は階段の上からホールを見下ろした。
両親と向かいあっているのは――ハニー・ビーたちAクラスのみんなだった。
――どうしてみんなが。
呆然とする私にオニキスが一番に気づく。彼はどきりとするような鋭い視線で私を一瞥すると、「あっ、おい!」父が止めるのにもかまわず階段を駆けのぼってきた。
「ルルリ、なにがあった」
「――オニキス……」
いつも冷静な彼が私を心配してくれているのがわかる。
どうしてかその顔がとても懐かしく感じられて、枯れたはずの涙がまたにじんできたとき、「ルルリ!」とハニー・ビーとピーターもやってきた。ダンテは気色ばむ両親を抑えてくれている。
「どうしたの!? いきなり退学なんて……」
「納得できないよ!」
「……これは、」
ダンテを見ると彼は小さくうなずいてみせる。
私は両親のことは彼にお願いすることにして、三人をおねえさまの部屋へといざなった。
ランプを灯すと、おねえさまはさっきと変わらない様子で眠っている。言葉をなくすかれらに私は説明した。
――おねえさまは一週間も眠っている
――薬も効かない
――だから、これはきっと私のせい
――私がおかあさまの反対を押しきってアカデミーに入学したせい
――だから、退学しなくちゃ……
「……なに言ってるんだ?」
私の話を聞いたオニキスは理解できないという顔をした。
「彼女の病気とおまえの入学に因果関係なんてないだろう。意味がわからない」と。
「そうよ」とハニー・ビーとピーターも口々に賛同する。
「なんでそれでルルリが学校を辞めるの? 辞めたって病気が治るわけじゃないのに。おかしいわ」
「そうだよ。しっかりしてよ、ルルリ。きみはこのまえのノート盗難事件のときだって冷静だったじゃないか」
……そうだったっけ。思いだせない。
私、いままでどうやって生きてたっけ……?
「だって、おかあさまがそう言うから」
「……は?」
「私が悪い子だから。私のせいでぜんぶこうなっちゃったんだって。私さえ生まれてこなければぜんぶうまくいったんだって。わ……わたしが、うむつもりなかったのに、わたしが、かってに、う、うまれてきちゃった、から」
「ルルリ、」
だれかが私を後ろから抱きしめてくれる。
だれ? 私に優しくしてもらえるだけの価値なんてないのに。私は生まれてきちゃいけなかったのに。
「ごめんな、さ、」
私が死ねば。ママは、しあわせになれたのに。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ――」
「――やめろ!」
私を抱きしめているだれかが叫ぶ。
しっかりしろ、と彼は両腕に力を込めた。
「俺たちがついてる。……おまえにそんなこと言うやつのことなんて、忘れろ」
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「落ちついた?」
「……なんとかな」
錯乱するルルリにピーターが鎮静剤を溶かした水を飲ませ、なんとか彼女を寝かしつけることができた。彼女の姉――モモラの部屋のソファで眠っているルルリの顔を見下ろし、ハニー・ビーは吐息を吐きだす。
「……知らなかったわ。ルルリが家であんな扱い受けてたなんて」
「…………」
「ルルリのせいだの産むつもりなかっただの……ぜんぶあの母親が言ったの? 自分の子供に? いかれてるわね」
「……そうだな」
ルルリ・アイスフィアの母親が突然退学を申し出てきたことはまず教員たちの間で問題になった。なにせ新入生総代で試験では最高の成績を収めた生徒だ。
教員室での話しあいを偶然聞いた生徒がそれを広め、すぐにハニー・ビーたちの耳にも入ることとなった。
彼女たちがだした結論が、『ありえない』。
『ルルリがこんなに急に退学するなんてありえないわ!』
『……そうだな』
オニキスは朝に彼女が馬車に乗りこむところを教室の窓から見ていた。
親が病気で倒れたのか。だが、それにしても退学という結論をだすにはやすぎる。
普段の自分なら様子を見ようと言っていた。けれどこのとき――オニキスはいつもなら口にしないことを、仲間のだれよりもはやく言葉にしていた。
『ルルリのところに行くぞ。直接あいつから話を聞かないと納得できない』
ハニー・ビーたちに異論はなく、まだ混乱している教員からダンテがうまくルルリの住所を聞きだして、日が落ちてしまう前にいこうと馬車を飛ばしてやってきたのだった。
幸い、ルルリに会うことはできた。だが――。
「……ダメだね」とモモラの様子を見ていたピーターがつぶやく。彼は薬学を専攻していて、知識量だけなら医者とならぶが、その彼でも思いあたる病はないようだった。
「ごはんや水はどうしてるのかしら」
「食事はとれてないと思う。水もどうだろう。点滴をしたあとがあるからきっと……でも、これでも追いついてないみたいだ。消耗がひどい」
「マナはどうなってる?」
「待って。調べてみる」
ピーターは自分の鞄からお手製の携帯測定器を取りだすと、クリップのようなかたちをしたそれでモモラの薬指をはさんだ。数秒後、「えっ」と声をあげる。
「どうした」
「……ゼロになってる」
測定する指を代えてみたが結果は同じだった。
モモラのマナはゼロ。死者と同じくらいに生命力が弱まってしまっている。
「そんな……」とハニー・ビーが口を手で押さえる。
マナがゼロになった病人はそう遠くないうちに死が訪れると決まっていた。
――友人の姉の死。残酷な現実を前に部屋が重い沈黙で満たされる。
それを破ったのはオニキスだった。
彼は考えこむようにしながら、「原因不明の病。ゼロになるマナ。聞いたことないか」とふたりに言う。
「え……?」
「あの童話だ。『風の錬金術師』」
あ、とふたりは気づいたような顔をした。モモラのいまの状態はあの貴族と似ている。
表情が晴れたのも束の間、「でもあれってただの童話でしょう?」とハニー・ビーが言う。
「それでも俺たちは賭けるしかない。あの童話が真実を伝えていることに」
「…………」
「それに、もし錬金術でルルリの姉を救えたら……」
オニキスはランプで照らされたルルリの顔を見る。大切な友人である彼女の顔を。
「――ルルリのことも、俺たちは救えるはずだ」




