21 そんなもの突然渡されても
『賢者の石』について調べれば『宝玉』に近づくことになる。
そう思ったけれど、この世界で錬金術が生まれて千五百年。書物に『賢者の石』という言葉がでてきて五百年。当然、先人たちが徹底的にあらゆる可能性をたしかめているわけで……
「……なんでなにも書いてくれなかったのかしら」
原作小説に『賢者の石』の正体が書いてあったら楽なのに。残念ながら本編はモモラおねえさまとクレール王子のラブストーリーで錬金術はそっちのけなので、これに関してはヒントさえなかった。
前世で私がふれてきた作品について思いかえしてもその正体は作品によってちがう。それがもたらすものも。
「なにが?」と私のつぶやきを聞きとがめてシャワーブースからでてきたハニー・ビーが尋ねてくる。部屋は男女別に取ることにしたので、私と彼女はふたりでツインの部屋を使っていた。
「ううん、なんでもないの」
「そう?――ねえ、ところでルルリは好きなひといるの?」
「え?」
突然の質問に面食らう。
ハニー・ビーは石鹸のいい香りを漂わせながらベッドに座っていた私の横に腰を下ろした。
「いるんでしょ? ねえ、教えてよ」
「いえ……」
私、そういうのはちょっと……。
まさかこっちの世界でも恋バナを振られてしまうとは。適当にごまかしちゃおうかな、と思っているとハニー・ビーが「私はね」と声をひそめてきた。
「グレイシアさまが好きなの。ねえ、これだれにも言っちゃだめよ? いい?」
「……グレイシア? グレイシアって、あの"宝石師"グレイシア?」
「そう!」
彼女は百年前に活動していた錬金術師だ。主に宝石の錬金を得意とし、同時にアクセサリーデザイナーとしてもすぐれた才能を持っていて、自分で作りだした宝石を自ら加工して売りさばいていた。
百年前に生まれたとは思えないほど大胆で革新的なデザインは女子の間で評判だ。
「……あの。もしかして、あなたが言う好きなひとって」
「? 好きな錬金術師や目標にしてる錬金術師のことよ。ほかになにかあるの?」
どうやら私がかまえすぎていただけらしい。
「そうね、ないわね……」と苦笑する。
「私、錬金術を使って貴重な宝石を平民でも簡単に手に入るようにするのが夢なのよ。そうしたらこの国の女のひとはもっときれいになるでしょう?――まあ宝石は含有物によってなにをどこまで加工できるかが変わってくるからね。鉛を金にするのと同じよ、できないものはできない」
一説によると、それを可能にするのが『賢者の石』……ということだ。
「でも工夫してやり遂げるのが錬金術師ってものだわ。ねえルルリ、私が宝石師になったら……まずあなたに……」
「なあに?」
「……そ、その髪も服も私の宝石で飾りたててあげるって言ってるの! 感謝してよね!」
顔を赤くしながら言われて、「ええ、ありがとう」と私は返した。
なんだか妹ができたみたいだ。"ルルリ"の私にはおねえさましかいないし、"瑠璃"の私は一人っ子だったからハニー・ビーがこんなふうにつんつんしてきてくれるのが嬉しい。
「ルルリはもう将来のこと決めてるの?」
「え? そうね……、」
言われてみると具体的なことはなにも考えていなかった。
『錬金術師になる』。私の夢はそれだけだったから、錬金術を使って具体的になにをするかはまだ決めていない。そもそもアカデミーを進級できるかもまだわからないし……。
「……もうすこしゆっくり考えてみようと思ってるの」
もし無事にアカデミーを卒業出来たら。
私は、何者になることができるのだろう――。
翌日、まだ日が昇るか昇らないかのうちに部屋のドアがひかえめにノックされた。
最初は夢のなかでノックされているのかと思ったけどどうやら現実らしい。ううん、とうなりながら私はベッドに体を起こす。
「どなた……?」
「すみません、宿の者です。ルルリ・アイスフィアさんにお客さんがみえているのですが」
――私に……?
王都に知り合いなんていない。いたとしてもこんなに朝はやくくるなんておかしい。
うかつにでるのは危険だとねぼけた頭でも感じた。私はパジャマにしている古いワンピースの上に上着をはおり、なにか武器になるものを、と部屋を見まわしたがテーブルランプくらいしかない。
……背に腹はかえられないか。
私はそのキノコみたいな形をしたテーブルランプをひっつかみ、背中に隠したうえで「いま開けます」とドアの鍵を外した。
ドアの向こうに立っていたのはほんとうに宿の従業員の男性だった。彼も困惑したような顔で、「ご本人はお部屋に行くまでもない、下のロビーでいいとおっしゃるのですが」と言ってくる。
私は部屋を振りかえった。ハニー・ビーはベッドでぐっすり寝ているみたいだ。「なら下に行きます」と私は答え、従業員が本物ならそこまで警戒する必要はないかとランプを足元に置いて彼の後ろについて階段を降りる。
そういえばまだ客の名前を聞いていない。私が尋ねようとする前に私たちは一階にたどりついて――
「あ、ルルリ。おはよう」
ぼさぼさの金髪に丸眼鏡の王子さまに出迎えられた。
「――エメラさま!?」
一気に目が覚める。
護衛らしい男性と一緒にいる彼は「ごめんね、こんなに朝はやく。渡したいものがあったから」と言ってソファから立ちあがった。
「昼間だとやることいっぱいで自由に動けないんだよね」
「……わ、私にですか?」
「そう。はい、これ」
エメラさまはくしゃくしゃのスーツのポケットからなにかを取りだす。
とっさに差しだした私の手のひらに置かれたのは金色の指輪だった。
――はい……?
「ルルリにプレゼント」
「あの……これ、私の目がおかしいのでなければ指輪では……?」
「うん、そうだよ」
そうだよって。
「い、い、いただけません! いただく理由がないです!」
「そんなこと言わないで」
――この王子さまはなにを言っているの!? 実はめちゃくちゃ惚れっぽいひとだったの!?
助けを求めて護衛の男性を見る。でも彼は無表情だ。
ダメもとで宿の従業員を見ても彼はぽかんとするばかりだった。私もたぶん似たような表情をしている。
――とにかく、昨日会ったばかりのひとから指輪なんてもらえない……!
「これはお返しします。あの、いくらなんでもはやすぎるというかありえないというか」
「そう? 僕は気にしないよ」
「してください……!」
「とにかく持ってるだけでいいから――」
「……エメラ。朝っぱらからなにを押しつけようとしてるんだ」
眠そうな声がしたほうを見ると、オニキスがまぶたをこすりながら階段を降りてきているところだった。「オニキス……」と私はほっとする。
「なにって。べつに変なものは渡そうとしてないよ」
「……俺には指輪に見える」
「うん、指輪型のお守り」
……お守り?
私と私の隣まできたオニキスはきょとんとする。
「ほら、ルルリさんのマナはいまちょっと調子が悪いだろ? だからそれが治るように。ふつうのひとが持つと使ったマナがすこしずつ回復する指輪なんだよ。気休めではあるけど、よかったら」
「…………」
「…………」
「あれ? ひょっとして、いらない……?」
――だったら最初からそう言って……!
無駄な動揺をしてしまった。というか客観的に見るとこのひとは昨日会ったばかりの私が泊まってる宿に朝から押しかけてきて指輪を押しつけてくるやばいひとなんだけど、私の反応はおかしくないよね? 変じゃないよね?
「ちなみに指にはめなくてもポケットに入れたりチェーンで首から下げたりするだけでも大丈夫だから。どう?」
「……では、せっかくですから。ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
じゃあねーと手を振って王子さまは護衛のひとと帰っていった。
なんだか疲れた。私はソファに座りこみ、オニキスは興味を引かれたように私の手から指輪を取る。
「こんなのもあるんだな」
「お守りなら最初からそう言ってほしかったわ。……起こしちゃったわね、ごめんなさい」
「こっちこそエメラが悪かった。悪気はないんだ。たぶん」
「わかってるわよ」
とりあえずポケットに入れておこう。そう思ったけど、なかなかオニキスが返してくれない。
「ほしいならあげようか?」
「ああ……いや、そうじゃなくて」
彼はぐずぐずと指輪を手でもてあそぶ。
マナを回復してくれる指輪。錬金術師として気になるのかもしれない。
オニキスは言いにくそうに尋ねてくる。
「これ、指につけたりしないよな?」
「え? ええ。たぶんサイズ合わないもの」
試してはないけど。
彼は「……そうか」とすこしほっとしたようにつぶやくと、「なら返す」と私の手のひらにそれをもどしてきた。
――なんで私がエメラさまからもらった指輪を指につけないとオニキスが安心するんだろう。不思議に思ったけれど、それを聞く前に「朝飯まで寝なおす」と彼は背中を向けて二階へ上がっていってしまった。
こんな一幕はあったけれど、私たちは無事に一泊二日の小旅行を終えて——
その翌週。
モモラおねえさまが原因不明の高熱でずっと苦しんでいる、という報せを受けることになる。




