20 『風の錬金術師』
話が逸れたね、とエメラは今日の本題に入る。
「さっき握手してわかったよ。ほんとうにルルリにはマナがないんだね」
「……はい」
「病気とかで限りなくすくないひとには会ったことがある。でもゼロなんて、死人くらいし……」
私はうなだれる。
「ご、ごめん! 変な意味じゃない! 変な意味じゃないから!」
「エメラ、減点だ」
「ごめんってー……」
とにかく――それくらいめずらしいケースということだ。
「ルルリと同じ例は僕も知らないけどね」とエメラは眼鏡のブリッジを指で押さえて言う。
「でも……いまからおよそ千年前。ハルヴァールのとある王侯貴族が原因不明の病で寝込んでしまった。かろうじて息はあるが水も食べものも口にできない。医者が測ったところマナはゼロになってしまっていた。
どんな薬も医術も効果がなく、国は国中の錬金術師にもおふれをだした。この病を治せたらなんでも好きなものを褒美にやる、と。
そこでやってきたのがブラックと名乗る素性不明の錬金術師。彼はだれも見たことがない無色透明の宝石を持っていた。それがなにか大臣が問うと『宝玉』とだけ答え、彼はそれを炎で溶かして薬を作った。
ブラックが作った薬を例の貴族に飲ませると彼はたちまち回復し、マナも病にかかる前までもどった。国中は喜びにあふれ、約束を思いだした王さまがブラックに褒美はなにがいいか尋ねようとすると、彼はもう風のように消えてしまっていて、二度と見つからなかった――」
なんだかおとぎ話のような話だ。
同じことを思ったらしく、「事実か?」とオニキスが問う。
エメラはにこりと笑った。
「分類上は児童向けの童話だ。『風の錬金術師』ってタイトルで広まっている。『宝玉』なるものが具体的になにを指すのかは書かれていない」
「なら作り話じゃないか」
「でも肝心なのはこれにどんな寓意が込められているかだよ。病で苦しんでいる貴族を流れの錬金術師が救う、ただそれだけの話だ。戒めもなにもない。なのにこの話は千年もの間ひっそりと生きのこっている。それはなぜか?」
私とオニキスは顔を見合わせる。
「だれかがマナをなくすほどひどい病気になったときの対処法を語りつぐため……?」
「しかも、まともな方法だと問題がある」
「僕はそう考えてる。おそらく、この『宝玉』はとても貴重なものなんじゃないかな。それに目をつけただれかが狩りつくしたらいざ必要になったとき困る。だから寓話ということにして世間の目を欺く必要があった」
「なら、『宝玉』がなにかわかれば」
エメラはうなずく。
「ルルリがマナを持てるようになるかもしれない」
王立図書館を後にした私たちは近くのレストランで昼食にすることにした。
「とりあえず……」と注文を終えたあとでオニキスが言う。
「一歩前進ってことでいいか」
「……そうね。一応、指針ができたから」
まだ『宝玉』の正体もそれがどこにあるのかもわかっていない。わかったのはそれを見つければいいということだけ。
記憶を探ってみたけど原作小説でそういったものがでてきたこともなかった。手がかりはゼロだ。
「帰りに本屋に寄ってもいい? エメラさまがおっしゃっていた絵本を読んでみたいの」
「ああ、俺も見たい本があるからかまわない」
私たちはチーズをふんだんに使ったピザを半分こして食べた。オニキスはそっけないように見えるけれど、一度仲間として認めた相手には優しい、と思う。
本屋は王立図書館ほどじゃないけれど品ぞろえがよかった。特に錬金術について書かれた本が多く、二階はまるまるそのフロアになっている。
二階に向かうオニキスと別れて私は絵本コーナーで『風の錬金術師』を探した。有名なものらしくすぐに見つかる。
購入したあとで店内の閲覧スペースで絵本を開く。
ストーリーはエメラさまから聞いたとおり。『宝玉』は無色透明の宝石と本文にはあるけれど、子供の目を楽しませるためなのか虹色に光っている。
――これだけじゃ手がかりになりそうにないわね……
絵本の作者はオルバート・スミスとあった。
これが千年前に書かれたものなら作者本人とコンタクトを取ることはさすがに不可能だけれど、子孫がいるかもしれない。出版社に連絡を取ってみようか。
「……よし」
善は急げ、と私はイスから立ちあがったけど今日は日曜日だ。電話をかけたってだれもでないだろう。
私は座りなおし、オニキスがもどってくるまで絵本を読みかえして待つことにした。
どっさり本を買いこんできたオニキスと宿にもどる。
もどったところで何十冊ある本をかかえて帰るのは現実的ではないと判断したらしく、オニキスは宿のひとに頼んでアカデミーの寮に送ってもらうよう頼んでいた。
……夢中になるとあとのことを考えないタイプなのかも。
なんだか意外な一面を見てしまった。宿の受付でメモに住所を書いている彼の背中を見ながらそんなことを思っていると、ドアが開いてハニー・ビーたち三人が帰ってくる。
「あら、あなたたちもいま帰り?」
「ええ……、」王立図書館に行ってきたことは話してもいいだろうか。私だけでは判断できず、「本屋に寄ってきたの」とだけ答える。
「へえ、いいじゃない。ここは国内で一番品ぞろえがいいものね。で、オニキスは買いこんじゃって後悔中ってわけ?」
「……後悔じゃない。寮に送ってもらえるよう頼んでるだけだ」
「意外とそういうところあるよね、オニキスって」とピーターが口をはさむ。彼はこれみよがしに新品らしい万年筆を持っている。「オニキスの部屋、行ったことある? 本だらけだよ。足の踏み場もないくらい。すこしは処分したらって言ったことあるけどいやみんな読みかえすんだって言ってさ――」
「おまえこそ」と住所を書きおえたオニキスが顔をあげて振りむいた。「なんか変なの買っただろ。衝動買いって言うんだ、そういうのは」
「変なのじゃないよ! これはすごい万年筆で、なんと僕が書くまえに書きたい単語を予測して先に書いてくれるっていう優れものなんだ。予測機能がぽんこつすぎてけっきょく自分で書かなくちゃいけないのが唯一の欠点らしいけど」
「アホなのか?」
「ちーがーう! これを僕が自分で改良してちゃんと使えるようにするんだって話!」
ハニー・ビーが私のそばにきて「ルルリはなにを買ったの?」と聞いてくる。私は「これ」と絵本を見せた。
「『風の錬金術師』? わ、懐かしい! 小さい頃よく読んだわ」
「知ってるの?」
「ブラックっていう錬金術師がでてくる話だろう?」とダンテも絵本を見て言う。「有名じゃないか。病気になった貴族の顔が怖いんだよな、真っ青で」
「そうそう。それで子供はみんな親に言われるんだよ、『悪いことするとこの貴族さまみたいになるわよ』って」
私とオニキスが知らなかっただけで有名な物語だったらしい。……私は絵本の読み聞かせなんてしてもらった記憶はないし。仕方ない。
「この『宝玉』がなにかわかる?」
尋ねてみるとみんな不思議そうに顔を見合わせた。
「考えたことなかったな。絵本の中の話だろう?」
「僕はてっきり『賢者の石』を呼びかえただけかと思ってた」
「あれは赤色だって話じゃない。無色透明じゃないわ」
「でも不老不死になるなんて言いつたえがあるってところは似てるよね?」
この世界にも『賢者の石』の話は伝わっている。
物に使えばどんなものでも金に変え、人に使えばどんな病でも治し、さらに不老不死の願いを叶えるという幻の物質として。
私はちらりとオニキスを見る。彼もうなずいた。
――『宝玉』は『賢者の石』そのもの。または類似したものを指ししめしている可能性は、ある。




