19 王都ハルヴァール
地方都市カミラから魔道列車に揺られて約六時間。コンパートメントでおしゃべりするのにも疲れてうたた寝していると、「起きろ」とオニキスに肩を揺さぶられた。
「そろそろ降りる。ハニー・ビーもピーターも起きて支度しろ」
王都ハルヴァールは錬金術師の聖地といってもいい。
駅舎をでてまず目につくのがロゼ錬金アカデミーだ。街灯と星明りに照らされた二階建て煉瓦造りの校舎は洒脱で、通りかかる観光客らしきひとはみな足を止めて見入っている。私たちも例外ではなかった。
「ねえ、明日ここも見学しましょうよ」とハニー・ビーが無邪気に言う。
「日曜はロゼもお休みじゃないの?」
「職員はいるでしょ」
意外と大きくはないようだけれど――アイスフィアの屋敷よりすこし大きいくらいだ――世界でトップクラスの錬金術師の卵の学び舎と思うと佇まいに凄みがある気がする。
「遅くならないうちに宿に行こう」とダンテに言われ、私たちは後ろ髪を引かれながらも移動する。
街には魔道バスが走っている。列車もバスも魔道具の応用で作られており、マナ石という一部の地域でしか取れない石を燃料にして動く。
マナ石は貴重なのでバスの運用はまだ王都に限られているが、低燃費の燃料がもし開発されたらカミラのような地方都市でもバスを見かけるようになるかもしれない。列車だって走る範囲が広がって、私の実家からカミラに鉄道一本で行けるようになるかも。
バスが走りやすいよう地面はよく整備されている。さらに歩道が道の両端にきちんと設けられていた。そして、両側にずらりと軒を連ねるのが――
「ねえ、ミセス・ティアラの店があるわ。寄っていかない?」
「ジョン&ジョゼフが先だよ」
錬金術師の店だ。まるで商店街みたいに店がならんでいて、店名(基本的には錬金術師の名前をそのまま使う。名前がなによりの宣伝になるから)と得意分野が書かれた看板がでている。
ミセス・ティアラの店は化粧品。ジョン&ジョゼフの兄弟の店は進化した日用品(進化した日用品……?)を取りあつかっているらしい。
「また明日な」とふたりに袖をひっぱられたダンテは苦笑する。
「こんな大荷物持った集団が入っていったら邪魔だろう。ぜんぶ明日だ。腹も減ったしな」
「ケチ!」
「ハニー・ビーは子供だから」
「あんただってさっき行きたいって言ってたでしょ!」
私はふとオニキスが黙っていることに気づいた。
彼はもともと口数がすくないけれど――なんとなく心配になって、どうしたの、と三人には聞こえないよう小声で尋ねる。
どこかを見ていた彼は我に返ったように私を見て、なんでもない、と首を振る。
「……?」
私はオニキスが見ていた方向を見やる。
そこには、夜の闇のなかでぼんやりと浮かびあがる白い王城があった。
翌日。
宿の一階にあるレストランで朝食を食べたあと、ハニー・ビーとピーターはダンテがほとんど引率の先生みたいにして連れていってくれた。彼は私とオニキスがふたりで行動したがっていることに気づいていたのだろう。
オニキスは財布くらいしか持っていないようだったので、私もそれに倣って宿をでる。
「どこに行くの?」
「図書館」
バスに乗って到着した王立図書館は想像していたよりずっと巨大な建物だった。白い柱が要所にあしらわれており、神殿、と言われたら信じてしまう。
蔵書の貸しだしは王都民に限られるが、ここはだれにでも解放されているそうだ。オニキスは私とちがって緊張することなく一階の受付へ行くと、「オニキス・エンディールが来たと館長に伝えてほしい」と司書と思しき女性に言った。
黒い制服を着た彼女は完璧な微笑を浮かべる。
「エンディールさまですね。伺っております。そちらの方は?」
「ルルリ・アイスフィア」
「ご案内致しますのでこちらへどうぞ」
私たちは彼女の案内で階段を上った。
三階は完全に関係者専用フロアになっているらしい。階段を上がった先にあるドアを司書は古めかしい鍵で開け、さらに奥へと私たちを招く。
突きあたりの部屋が館長なる人物の部屋のようだった。
司書は「エンディールさまとアイスフィアさまがいらっしゃいました」とドア越しに声をかけ、はい、という返事を待ってからドアを開ける。
そこにいたのは二十代前半くらいと思しき男性。
ぼさぼさの金髪に緑色の瞳。銀縁の丸眼鏡をかけていて、スーツ姿だけどネクタイがすこし歪んでいる。でも不思議な気品があり、だらしないとは感じなかった。
「きみはもういいよ、ありがとう。――久しぶりだね、オニキス。元気だった?」
「ふつう」
「はは、ならよかった。いままでは『べつに』だったもんね。元気ならよかったよ」
正面にあるデスクに座っていた彼は「ルルリ・アイスフィアさんだね」と言って立ちあがる。そして右手を差しだしてきた。
私はほとんど条件反射的に彼の前に立ち、その手をにぎる。彼の手は骨ばっていた。
「エメラルメラ・ノルフィスです。初めまして。舌噛みそうな名前だからエメラでいいよ」
「……え? あの、いまなんて」
「舌噛みそうな名前だからエメラで――」
「ノルフィスさま、とおっしゃいましたか……?」
うん、とこともなげに彼は応える。
「こんなんでも一応王家の一員だよ。第六王子で、とっくに継承権は放棄してここで隠居生活してるんだけどね」
「――王子……さま……」
ふつうに暮らしていたら男爵家の娘の私と彼が対面することなんてない。おねえさまは原作小説ではたしかこのあたりで仮面舞踏会で第一王子のクレールさまに見初められて、彼との婚姻のために公爵家から養子にならないかという話を持ちかけられるのだけど……私は原作者にも忘れられてそうなネームドモブのルルリだから……
「こ、このたびは私などにお時間を取っていたたたただき……!」とあわてて彼の手を離して頭を下げると「そんなかしこまらないで」と彼は笑った。
「僕は今日は友達の友達としてきみに接してるんだ。そんなにかしこまられると逆に困るな。ね、オニキスは彼女のことなんて呼んでる?」
「ルルリ」
「じゃあ僕もそう呼ばせてもらうね。――よろしく、ルルリ。僕には敬語もいらないから」
「ど……努力します……」
このあふれでる気品は王族のものだったのか。
ノルフィス家は割と複雑で、正妻の子と愛妾の子が入りみだれているという噂は知っているけれど……。
そういうどろどろした争いから彼は逃れたかったのかもしれない。なら、王子さま扱いしないほうが彼は嬉しいのかも。
といっても緊張することはするので、私はぎくしゃくと勧められたソファに腰を下ろした。オニキスはなんでもなさそうな顔で向かいに座る。
「手紙の返事が遅れて悪かったね」とエメラさま……エメラ、はオニキスに話しかける。
「ちょっとカミラアカデミーに確認したいことがあったから」
「なにを?」
「ロープを切るのに使われたものが呪術具じゃないかどうか」
知識としてはあるけれど、その言葉を実際に聞くのは初めてだった。オニキスは顔をしかめる。
「呪術具ってあれだろ。犯罪に手を染めて資格を剥奪された国家錬金術師や、落第になったアカデミー生がいやがらせで作るやつ」
「うん、まあ、有り体に言うとそうだね。ルルリは聞いたことある?」
「なんとなくは……」
見かけは魔道具とまったく同じなんだ、とエメラは言った。「手に取った感じもふつうの魔道具。でも……所持しているうちにそれは持ち主をおかしくさせていく」
それは火種に火をつけて燃えひろがらせるように――。
「だから、エドバート・ブランチみたいな小悪党が魔獣を逃がすなんて思いきったことをやるようになったんだ」
「……じゃあ?」
「うん。こっちにナイフを送ってもらって、呪術具専門家に調べさせたらあたりだったよ」
エドバードが買ったのは呪術具で、それを所持したことから彼はおかしくなったということだ。
「まあ、素養がない人間が持ったところで無害なんだけどね。でも呪術具はそういう後ろぐらい感情を持った人間を呼ぶところがあるから」
「……あの、」
私は恐縮しながら話をさえぎった。ふたりの視線が集まるなか、「どうしてそんなものが古道具屋に?」と尋ねる。
私のイメージでは呪術具はひっそりと店で売られているものだった。ぱっと見はまっとうな店。でも合言葉を言うと店の奥に連れていかれる、みたいな感じで。
そのことを話すと「それは昔の話だね」とエメラが言う。
「たしかにそういう形態で売られていたときもあった。でも店の管理がきびしくなって、資格を持っていない錬金術師の店は完全に撲滅されたんだ。
そこでかれらが取った手段が……古道具屋にただの魔道具として呪術具を売ること」
もちろん、売る際の本人確認は偽名を使う。これなら足がつく恐れはない。
「買う人間もそうと知らずに呪術具を買ってしまう。そして専門家が介入しない限り真実は闇に葬られてしまう。もう十年以上前からかな……そういうケースがちらほらあってね、ハルヴァールの住人としては神経を尖らせているんだ」




