17 ささやかなお祝い
「みんな、前期試験お疲れ。それと犯人が無事に見つかったことを祝って」
「お疲れさま!」
「お疲れさまでした!」
試験の翌日は一日お休みだ。私たちAクラスは温室に集まり、ハニー・ビーが用意してくれたとびっきりの紅茶とみんなで持ちよったお菓子でささやかなパーティーをすることにした。
名目はいまダンテが言ってくれたとおり。試験が終わったのと、私たちの工房を荒らしてノートを盗んだ犯人が明らかになったことのお祝いだ。
熱帯の花が咲きほこる中、丸テーブルにみんなで集まって思いおもいに紅茶を飲んだりお菓子をつまんだりする。
だれかの誕生日パーティーを思いだすけどここでは全員が主役だ。そして、私もみんなの前では気を遣わなくてよかった。ブルーベリーのマフィンにかぶりつき、おいしい、と小さく叫ぶ。
「こんなにおいしいマフィン初めて」
「……それ、俺が作った」
「えっ?」
そう言ったのはエンディールだった。「たまたま面白そうな本があったから、それだけ」と彼はクールに言う。
「オニキスってお菓子作るの得意なんだよ。かわいいよね」とピーターが言って、「うるさい」とエンディールにテーブルの下で足を蹴られたらしく大袈裟に顔をしかめた。
「すごい。てっきり売りものを買ってきたのかと思いました」
「褒めすぎだ」
「ほんとですよ」
「ねー、いつまでルルリに敬語使わせるの?」
私の隣に座っているハニー・ビーがジャムクッキーをつまみながら言う。
「べつに使わせてるわけじゃない」とエンディールが応えて、「なら敬語はいらないって自分で言えよ」とダンテが口をはさむ。
エンディールはフィナンシェをかじろうとしていたのを止め、「……敬語いらないから」と私に言った。
「わかりました。あ、じゃなかった。わかった」
「ついでに呼ぶのもファーストネームにしたら? ふたりとも、まだファミリーネームで呼びあってるじゃない」
それはそうだ。でもあらたまって指摘されるとやりにくい。
「ええと……」とぎこちなくつぶやく私を見て、エンディールは「やめろ、照れるな」と言ってきた。
「おまえにそうされると俺まで照れる」
「す、すみません」
「そもそも俺のファーストネーム憶えてるか?」
「憶えてます。……憶えてるわよ。オニキスでしょう?」
「……、ああ」
私に名前を呼ばれて黒い瞳がわずかに動揺した――と思ったのは、きっと気のせいだろう。
彼はフィナンシェを紅茶で流しこみ、「そっちはルルリだろ。憶えてる」と私に言われる前に言った。
「……うん」
ルルリ。この世界での私の名前をこんなふうに呼んでくれるのはおねえさまとかれらだけだ。
姉の付属品か、うっかりできてしまったいらない子供。みんなそんなふうにしか呼んでくれなかったから。
……前世の私はどうだっただろう?
瑠璃。私の名前をちゃんと呼んでくれたひとは……だれかいたっけ?
「ルルリ、なにぼうっとしてるの。いっぱい食べて?」
「ええ、ありがとう」
ハニー・ビーに勧められて私はマドレーヌをつまむ。
お菓子が半分くらい減ったところで「さて、今回のことをあらためてまとめておくと」とダンテが口調を真面目なものに切りかえて言った。
「今回の事件の首謀者はエドバート・ブランチ。俺と同じ卒年次の男だ。エドバードは古道具屋で強力なマナを込められたナイフを見つけたことから境界のロープを切ることを思いついたらしい」
魔獣が降りてこられないよう境界を作っているロープは簡単には切れないようになっている。ふつうの刃物ではまず不可能。切るには魔道具が必要だ。
それも、ロープに込められたマナを超えるほどの魔道具――または魔道師が。
「エドバードは去年、オニキスとクラスが一緒になったことからおまえに劣等感を抱いて一方的な恨みを持つようになった……んだよな?」
「もう忘れた」
「持つようになったことにしてくれ。――で、エドバードはロープを切って魔獣が逃げたら生徒たちに避難命令がでると思った。危険だから大講堂に集まってください、とかそういうのだな。
俺たちAクラスが守備にあたったのは計算外だっただろうが、それでも工房が無人になったのは変わらない。非常事態で俺たちは鍵もかけ忘れてしまっていた。エドバードは弟のエルガーと一緒に工房に忍びこみ、俺たちのノートを片っ端からすべて盗んだ」
「工房を荒らしたのはなんで?」とピーターが聞く。
「工房を荒らせば外部の泥棒の仕業に見えるんじゃないかと思ったそうだ。アホだな。アカデミーが貸しだしている器物の破損……余計罪が重くなったのに」
「境界のロープを切って魔獣を故意に逃がした。私たちの工房に忍びこんで物を破壊した。私たちのノートを盗んで、そのレシピノートで実技テストに挑もうとした」
「もっとも、オニキスは自分にしかわからん暗号で書いてるからどうにもならなかったらしいが」
指を折って兄弟がしたことを数えるハニー・ビーにダンテが呆れたように言う。
「こういうこともあろうかと暗号にしておいた」とオニキスは無表情で言い、それにみんなが笑ったので彼の冗談なのだと気づく。
――あとでどうしてレシピノートを暗号で書いているのか聞いたら、ただ単に彼の憧れの錬金術師がそうしていたから真似ただけだということだ。
「しかもまだある。例のナイフだが、それを買うときにエドバードは値札をすり替えたらしい。金が足りなかったそうでな。でもボケが入ってる古道具屋のじいさんは気づかず、後日、息子が店番してるときにおかしいと思って町の自警団に相談した。詐欺罪としてこのことも追及されるはずだ」
「罰はどれくらいになりそう?」
「さあな。最低でもアカデミーは除籍。あいつらはふたりとも二十歳未満だから専用の更生施設に入れられると思うが、その後カミラの地を踏むことができるかどうかはわからん」
エルガーを脅そうと思って言った追放刑が現実になるかもしれない。
それが妥当なのかどうか私にはわからなかったけれど、「ま、当然ね」「そんなことやるから悪いのさ」とハニー・ビーとピーターが言いあうのを聞くに重くも軽くもないようだ。
ブランチ兄弟はみんなのことを傷つけた。だから罰を受けるのは当然だけど。
――もし私がエルガーと仲よくしていたら、こんなことにはならなかった……?
考えこんでいるとオニキスと視線があう。彼は私の考えを見透かしたように小さく首を横に振り、それ、と私がまだ手をつけていないバナナマフィンを指でさす。
「美味いかどうか聞かせてほしい」
「……うん。いただきます」
マフィンを手に取るとバナナの香りが鼻腔をくすぐる。
一口かじるとそれは甘くてふんわりしていて、目には見えない彼の優しさそのものみたいだった。
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そのあとみんながどうなったのか、おねえさまにだけお話しますね。
『Aクラスの五人がロープを切った犯人を見つけた』『Aクラスの五人はノートを盗まれたにも関わらず成績最上位をキープした』という話はアカデミー中の生徒が知るところになりました。私たちはちょっとした英雄扱いになり、しばらくなにをするのにも人だかりができてしまって困ったくらいです。
もともと周りから好かれていたダンテさまは、それに加えて先生たちや新入生からも尊敬のまなざしで見られることとなって。
ピーターさまはクラスメイトたちに素直に称賛されて毒舌をしまいこみました。ランチタイムにレストランに行くとお友達と楽しそうに食事をしているのを見かけることがあります。
ハニー・ビーさまは彼女の努力家の一面に周りが気づき、彼女をいじめていた生徒たちからきちんと謝罪を受けたそうです。
彼女はその謝罪にたいして『他人の足を引っ張ってるひまがあったら一歩でも前に進みなさい』とつんと澄まして返し、ピーターさまとは対照的に孤高の存在と化しました。陰では『クイーン・ビー』と呼ばれているとか。
オニキスさまはいつ見かけても前と同じようにひとりでいますが、でも周りからは慕われているようで、前に男子生徒たちが休日に遊びにいかないか彼を誘っているのを見かけました。
オニキスさまがそれになんて応えたのか、私は私でクラスメイトたちに呼ばれたので聞くことはできませんでしたが。
それで――私。
私はいつもどおり、おねえさまの妹として地味にこつこつ生きています。
ちがうのは、エルガーによってコントロールされていたらしい教室の空気が変わって過ごしやすくなったこと。私みたいに勉強が好きな真面目な方から、たまに授業をさぼったりする派手めな方にまでなにかと話しかけられるようになったくらいです。
真面目な子たちと授業の復習をするのも楽しいし、派手な子たちにおしゃれを教えてもらうのも楽しいです。ルルリの一番の友達は私なんだからね、とハニー・ビーにヤキモチを焼かれるのはちょっと困りますが。
そうそう、聞いてください。実技テストですが、私はなんと最高のSランクだったんですよ。これはアカデミー開校以来オニキスさましかとったことがないの。
このままの成績をキープできたらロゼアカデミーへの推薦も夢じゃないかもしれません。
私、アカデミーに入学してほんとうによかったです。
錬金術を学べるのもだけど、こんなふうに素晴らしい毎日を送ることができているから。大切なお友達と一緒に。
おねえさま、またお手紙を書きますね。
これから冷えこみが厳しくなりますのでお風邪など召されませんように。どうかお元気で。
――あなたのRより




