16 嘘が暴かれるとき
「――はい、そこまで」
ブライト先生のその一言で試験が終わる。
「イスに腰かけて手を膝の上に置いてください。これ以降、なにかしたら失格になります」とマイクを通して聞こえてきた注意に生徒たちが従う。私もおとなしく従った。
「いまから順番に見ていきます。動かないで」
一年次はぜんぶで六十人ちょっと。それを三人で見ていくのは骨が折れるだろうと思ったけど、先生たちはそんなのはおくびにもださない。前の席から順番に手際よくテーブルの仕切りを取りはらい、作成物を確認して紙になにか書きこんでいっているようだ。
時々、「これは?」「なぜマナ草を使わなかったのですか?」と質問している声が聞こえてくる。
そして――私の耳にその名前が届いた。
「ホームルームクラスは1-1。出席番号4番、エルガー・ブランチ。間違いありませんね?」
「はい」
エルガーの採点をするのはブライト先生だった。私はそっちのほうに神経を集中させる。
これは、とブライト先生は小声で感嘆した。
「『クォーツ・ウォッチ』を作ったのですか。レシピはどこから?」
「……あ、はい。兄もここに通ってるんで、兄から」
「ああ、そうでしたね。……ふむ、悪くありません。材料も手順も完璧です。動きもいまのところ問題ありませんね。まさか一年次でこれに挑む生徒がいるとは」
「いえ、たいしたことないです」
私は膝の上に乗せた手をぎゅっとにぎりしめた。
……なによそれ。私のレシピノートを使っておいて!
ブライト先生が彼を見直した様子なのが悔しい。兄から聞いたんじゃない、エルガーは私のノートを盗んだんだと大声でぶちまけてやりたい。
でももうエンディールが言ったとおり証拠は残ってないだろう。告発しても私の立場が悪くなるだけ。
悔しい。私がまとめたレシピなのに。
血が出そうなくらい唇を嚙みしめていると、「……フィアさん。ルルリ・アイスフィアさんで間違いありませんね?」といつの間にかテーブルの横に立っていた先生に声をかけられた。仕切りは私が気づかないうちに外されていたようだ。
「はい」と私は急いで背筋を正す。
私の横にいたのはまだ若い男性教師だ。マレットと初めに名乗っていたはず。
マレット先生の注目をまず引いたのは『クォーツ・ウォッチ』だったようだ。小さな水晶玉の中にブラッククォーツの針が三本浮かび、いまの時間を指ししめしている。作成難易度は高いが(細心の注意を払わないとすぐ時計の針がずれてしまう)、幻想的な見た目から人気が高い錬金物だ。
「時間もちゃんとあっていますね。素晴らしい。このレシピはどこで?」
「マダム・ドーラの『水晶のある風景』です」
「ああ、あれは女性はみんな好きですからね。なるほどなるほど」
マダム・ドーラはおよそ五百年前に活動していた錬金術師。おしゃれで実用的な錬金物を多数発明し、彼女の死後、そのレシピは彼女の遺志により息子がまとめて出版した。いまでも版を重ねて読みつがれている。
「いや、すばらしい。二時間近くかかったでしょう?」
「一時間で終わらせました」
「うん?」
「一時間で終わらせました」
これは私の意地だった。
レシピノートなんていくらでも盗めばいい。大切なことはぜんぶ頭に入っている。妨害したければ好きなだけしろ。
そう、態度で表すために。
私はふつうなら二時間はかかる『クォーツ・ウォッチ』を一時間で終わらせ、十二個のお題をぜんぶやり遂げてみせたのだった。
「…………」
マレット先生は絶句する。『クォーツ・ウォッチ』に挑戦する生徒はすくないからそれしか見えなかったのだろうが、テーブルには『初級回復薬』をはじめほかの作成物もならんでいた。
彼はこほんと小さく咳払いする。
「……ひとつひとつ見ていっても?」
「はい。徹底的に見てください」
マレット先生は信じられないという顔で薬の瓶を手に取り、ペンライト――光源は光石という特殊な鉱物だ――で照らしたり匂いを嗅いだりする。
やがて先生は「レシピを確認させてください」と言って私からノートを受けとって中をあらため、「『雄鶏のベル』はここに書かれていないようだけど、よく作れたね?」と尋ねてくる。
「材料も手順も頭の中に入っているからです。必要ならレシピを読みあげましょうか?」
「……いや、大丈夫。よくわかった」
感心したような呆れたような顔でマレット先生は紙になにかを記入する。そして私の後ろの席へいこうとしたとき――私たちはホール内に不穏な空気が漂っていることに気がついた。
原因はエルガーのテーブルにあるようだった。
私よりもはやく採点がはじまったのにブライト先生はまだ彼のテーブルの横にいて、手のひらになにかを載せてエルガーに見せつけている。
おかしいですね、とブライト先生は険しい声で言った。
「『クォーツ・ウォッチ』をこれほどまでに完璧に作れるのに初歩中の初歩の『やけど専用軟膏』に失敗する。これはなぜか、自分で原因はわかっていますか?」
「……い、いえ。わかりません」
「ノートを見せてください」
エルガーはぎこちない手つきで先生にレシピノートを渡す。
ブライト先生はぱらぱらめくって目的の個所を見つけ、眉根を寄せた。
「クックの実と書くべきところがクルリ草になっています。原因はこれでしょう。あなた、これはいったいなんの本から書きうつしたのですか?」
「……憶えてません」
「誤植なら重大なミスです。版元に報告しなければなりません。思いだしてください」
「お……憶えてません!」
――クックの実と書くべきところが、クルリ草に……?
私の記憶を刺激するものがあった。すこし考えてから、あ、と思いだす。
あの魔獣事件の日。ハニー・ビーが大声でクルリ草がちぎれちゃったとか言うから、私はうっかりクックの実と書くところをクルリ草と書いてしまったんだった。そして修正する前に騒ぎが起きて。
——間違いない。エルガーはそれをそのまま書きうつしたんだ……!
私が小さく声をあげたのを聞いて「どうかした?」とマレット先生が聞いてくる。ブライト先生も私に視線を向けていた。
……これはチャンスだ。うまくいけば、ここでエルガーを追いつめられる。
見てなさい。前世ではボロ雑巾のように生きてきた私の演技を。
家では親相手に機嫌を取って学校ではクラスメイト相手に機嫌を取って社会人になってからはブラック上司相手に機嫌を取りつづけてきた結果、夢も希望も人の心もなくした女の演技を……!
い、いえ、と私はおどおどと視線を伏せる。
「そういえば私、『やけど専用軟膏』のレシピをノートに書くときにクックの実をクルリ草って書いちゃったんです。すぐ直さなきゃって思ったんですけどそこであの魔獣騒ぎが起きてしまって、そのままになってしまって。
あとで直そうと思ったんですけど、でも……」
「……でも?」
「Aクラスのみんなと学校を守ってから工房にもどったら……ノートがなかったんです」
先生たちはノートが盗まれたことをハングマン先生から聞いて知っているはずだからそれには特別反応しなかった。でも、そのことを知らない生徒たちはぎょっとしたようだ。
盗まれたってこと、とだれかが小さくつぶやく。
――盗まれた。なら、犯人は?
「……エルガーが私のレシピノートと同じミスをしたって聞いてそのことを思いだしたんですけど、でもそんなはずないですよね。ノートを盗むだけでも犯罪なのに、まさかそのためだけに結界を壊して魔獣を逃がすなんて。もしやったのなら裁判にかけられて牢屋に入れられても仕方ないです。最悪、追放刑かも」
「お――」
「まさかエルガーがそんなことするわけ、」
「俺はそこまでやってない! ロープを切ったのは兄貴だ! 俺はそこまでやってないっ!」
イスから立ちあがってエルガーが叫ぶ。ホール中に響く大声で。
ホールがしんと静まりかえった。
「……そこまで、とは? あなたはどこまでやったのですか?」
ブライト先生が淡々と尋ねる。
「あ――」とエルガーは自分の失言に気づいて青ざめた。
「どうやらあなたには別室で聞きとりをしなければならないようです。あなたの兄、エドバードも同様に。……それと」
ブライト先生はテーブルの上の『クォーツ・ウォッチ』に視線を移した。
さっきまで正常に動いていたはずの針はくるくる回りはじめている。ゼロ磁場で方位磁針を取りだしたみたいに。
先生は溜め息をつく。
「レシピを知っていても、それで実際に完成させられるかどうかは錬金術師の腕次第です。
……エルガー。このレシピは、あなたにはすこしはやかったみたいですね」
おかしくなったように回転する針を見て、エルガーは愕然とイスに座りこむ。
それとは対照的に、私のテーブルの上の『クォーツ・ウォッチ』はいまも規則正しく時間を刻んでいた――。




