14 レストランでの一幕
そう息巻いては見たものの、なにより優先されるのは試験だ。犯人捜しはそれから。
試験を翌週にひかえた土日。私たちAクラスは集まらずに各自部屋で自習することにした。顔を合わせるとどうしても事件のことを思いだしてしまう。
新しく買いなおしたノートに一度書いたことをまた書くのは徒労を感じたけれど、これも復習だと思って黙々と手を動かした。
試験は二日間にわたっておこなわれる。
一日目が座学のテスト。二日目が実技だ。
午前中のテストが終わり、私たち生徒は外にあるレストランへ移動する。
入って右側に配膳用のカウンターがあり、カウンター席と丸テーブルがいくつもある。レストランというよりちょっとおしゃれなフードコートのような場所だ。
アカデミーの生徒はメニューは限られるけど無料で三食食べられる。私はみんなと同じように手前のカウンターで学生証を見せて木製のトレイを受けとる。
そうしておとなしく順番を待っていると「あれ?」と皿の乗ったトレイを持っただれかが私の顔を見てつぶやいた。
「おまえ、新入生代表で挨拶してたやつ?」
知らない男子生徒だ。ネクタイは卒年次の緑。金髪で蛇に似た目をしている。
――知らない相手だけど、なんだか見覚えがあるような……
記憶を探りつつ「はい」と応えるとその男子はじろじろと私を見た。
「やっぱ地味だな。アカデミーで錬金術学ぶより田舎でひっそり暮らしてたほうがいいんじゃねえの?」
彼はけらけら笑う。
……なんだ、いつもの手合いか。
こういうのは相手にすると喜ぶ。なので無視していると、気に障ったのか「おい」と男子生徒は語気を強めた。
「すかしてんじゃねえぞ。一日目のテストはどうだった? 順調か?」
「……想定通りですが」
「へえ、そりゃよかったな。でもいつまでつづくかな? 明日は実技だぜ。大変だよなぁ、レシピをまとめたノートが消えちまうなんて!」
男子生徒は大声で嘲るように言う。
――なんでこいつがそれを知っているの?
私たちは先生以外だれにも話していない。ほかに知っているのは……
まさか、と私は息を呑む。
男子生徒は反応があったのを喜ぶように声を立てて笑った。
「ぜいぜいがんばれよ、総代さん! 教師の前で恥かかねえといいなぁ!」
ひひひっと鳥みたいな笑い声をあげながら男子生徒はテーブルのほうへ向かう。私はトレイを落とさないようにするだけで精一杯だった。
――あの男がやった。あの男が、私たちの工房を荒らしてノートを盗んだ……!
後頭部を一発殴りつけてやりたい。……ダメだ。そんなことしたら停学か退学になってしまう。でも……!
悔しくて歯ぎしりしたとき、その男子生徒が突然転んで顔面から床につっこんだ。皿が床にぶつかって派手な音を立てる。
食堂にいた全員の視線が彼に集まった。
彼は素早く体を起こすと、「てめぇ……!」と傍らのテーブルを使っていた生徒をにらみつける。
「……あ」
それはエンディールだった。先にランチにしていたらしい彼は「……あぁ、悪い」とだるそうに謝る。
「事故だ」
「事故!? ふざけんな、わざとだろ!?」
どうやらエンディールが足を引っかけて転ばせたらしい。男子生徒は立ちあがり、「外でろよ。てめえには一度痛い目見せねえといけねえと思ってたんだ」と怒鳴る。
「……べつにいいけど」とエンディールもイスから立ちあがると男子生徒を見下ろす。
「一対一でいいのか。子分を連れてくるなら時間をやる」
エンディールに静かに威圧されて男子生徒はぐっと詰まった。怯えたのを隠すように半笑いになり、「……なにマジになっちゃってんだよ」と一歩後ずさる。
「喧嘩なんて天才さまのガラじゃねえだろ? 決着は明日の実技テストでつけようぜ」
「……俺たちから奪ったノートを使ってか」
「さーて、なんのことだか」
明日が楽しみだな、と捨て台詞を吐いて男子生徒はレストランをでていった。
エンディールはつまらなそうに床に落ちた皿を見下ろし、頬を掻くと、カウンターへ行ってレストランのひとから雑巾と紙袋をもらってもどっていく。
床に落ちた料理を紙袋に入れていく彼に私は駆けよった。
「エンディールさん、私も手伝います」
「……いい。偶然転ばせたのは俺だから、俺がやる」
「でもやりかえしてもらっちゃったし」
「べつにあんたのためにやったわけじゃない」
私は彼の手から雑巾を取り、零れたスープを拭いた。エンディールはふうと溜め息をつく。
「あの、今日のランチ一緒に食べてもいいですか?」
「……好きにしろ」
そっけなかったけれど、彼は私がランチをもらってくるまで自分の分に手をつけずに待っていてくれた。私は彼の隣に座り、心の中でいただきますと言ってからフォークを取る。
今日のランチはハンバーグ――ほんとうは響きが似ているこの世界独自の名前がついているけれど、前世を思いだしてからは馴染みがあるほうの名前で呼んでしまう――だ。今日はやたらコショウがやたら舌に刺さる。
「……あのひと、知りあいですか?」
「去年、魔術学の授業が一緒になってから突っかかってくるようになった。エドバート・ブランチ。たしか弟が今年アカデミーに入ってきたって言ってた」
あ、と私はようやく思いいたった。彼はホームルームクラスが一緒でよくつっかかってくるエルガーに似ているのだ。
そういえばブライト先生は生徒のことをファミリーネームで呼ぶけど、エルガーはファーストネームだ。兄と区別するためだろう。
「弟、たぶん私と同じクラスです」と言うと「なるほど」とエンディールはうなずいた。
「なるほど?」
「疑いが濃くなってきた。どうせあんたも弟によく妨害されてるんだろ」
「……いえ、まあ、はい」
私にとってエルガーなんてたいした障害にはならない。小学生のいやがらせレベルだ。だから放置していても問題はないという認識だった。
でも――もし、今回の事件の犯人がブランチ兄弟なら。
「……問いつめますか?」と私は小声で聞く。エンディールは首を横に振った。
「あいつもそこまでばかじゃない。自分からちらつかせてきたんだ、すでに証拠は隠滅されているはずだ」
ノートはもう手元に残していないということだ。中身はべつのノートに新しく書きうつしたのだろう。
「それじゃあ……?」
このままブランチ兄弟を逃がすなんてしたくない。
今日は持ちこみ不可の座学テストだけど、明日はノートの持ちこみができる実技テストだ。私たちがまとめたものを使ってあいつらが楽をするなんて……。
エンディールは水を一口飲む。
「一応、H氏には言っておく」とつぶやくように言った。
H氏――ハングマン先生のことか。周りはみんなおしゃべりに夢中だけど、だれが私たちの会話を聞いているかわからないからイニシャルで言ったのだろう。
「それだけでいいんですか……?」
「ああ」
彼は空になったコップをトレイの上に置く。
「それだけで充分だ。どうせ、偽物は俺たちがなにもしなくても勝手に自滅する」




