第七章 バイソン
キノコと果物をいくつか抱えて、アンのところへ戻った。
「どれが毒入りだ?」
アンが俺の手元を見た。
「我が目よ、見よ。目の前の秘密を開け」
目に魔法陣が展開し、アンが毒入りと無毒のものを分けた。
「左が毒入り、右が安全です先輩」
「ああ」
解析魔法は便利だ。今度アンに呪文を改変する方法を教えてやろう——物の価値まで読み取れるように。
「先輩も解析すればいいじゃないですか、呪文も教えましたよね」
「覚えてないんじゃない、使えないんだ。百回やっても何も起きない」
アンが黙って聞いていた。俺はキノコと果物を三つの袋に分けながら続ける。
「毒入りも持ってくんですか?」
「売れる。毒は精製すれば薬になるから。大した額じゃないが、銀貨数枚にはなる——服の洗浄魔法を頼むくらいの金は出る」
「先輩……それ、私もできますよ」
「できるのか? 洗浄魔法って呪文が長くてマナをバカ食いするだろ」
確か——水よ、泡を纏い流れよ、衣に広がれ、汚れを引き剥がし、流れ去れ……あと二節あったはずだが忘れた。
「先輩、それもう随分前に短縮されましたよ。実用魔法、軒並みカットされてマナ消費も半分以下です」
アンが俺の服を掴んだ。
「水よ、流れ、清めよ。汚れを連れて去れ」
乾いた泥の染みが水に巻かれ、そのまま地面へ消えた。
「うおおお……連れてきて正解だった」
「なんか私が後悔してるんです」
「え、なんで?」
アンが半目で俺を見て、深く息をついた。
「……なんでもないです」
立ち上がり、反対方向へ歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「ちょっとトイレ」
アンが茂みに消えた。俺は近くの木を素手で薙ぎ倒し、倒れた幹にナイフを当てて削り始めた。
籠を作るつもりだ。袋が足りない——この辺りにはまだキノコも果物も豊富に生えている。
五分後。籠はほぼ完成した。少し歪んでいるが、修正は効く。
十分後。アンはまだ戻らない。
「……大きい方か?」
削る手を続けていると、走る音が聞こえた。
「先輩ああああーー先輩たすけてええ!!」
アンが両手でズボンを押さえながら全力疾走で突っ込んでくる。
「なんで走ってくるんだよ」
ドドドド——
アンの後ろから地響きが来た。周囲の石が揺れ、隣の木の幹まで震えている。
地震か?
いや、地震はこんな音じゃない。
……バイソンの群れだ。
「せんぱああああい!!」
涙を垂れ流しながら突っ込んでくる。
俺は立って後ろへ走った。するとアンが追いかけてくる。
「逆に走れ、馬鹿。なんで俺の後を追う」
「助けてください先輩……も、もう足が……先輩ぃ……」
目が泳ぎ、足がもつれてきた。バイソンの群れを見る——十頭か、百頭か。この地響き、桁がおかしい。
「何をしたらバイソンがそこまで怒るんだ」
アンの足が限界に達し、距離が開いていく。
「私も分からない、トイレしてただけ……」
仕方ない。引き返してアンの体を抱え込んだ。
その瞬間——何かが空から降ってきた。周囲に強烈な風が巻き起こった。
「先輩ぁぁぁあ!!」
アンの体が吹き飛んだ。俺の体まで後ろへ弾かれ、背後にポータルを開こうとした——
バキッ。
腰に衝撃。振り返ると、弾き飛ばされたバイソンの一頭が俺に直撃していた。
「うわあ!?」
ポータルが潰れた。体がバイソンに絡みついたまま回転し続ける——
ザザッ。
突然、重さが消えた。だが体はまだ回っている。手を地面に叩きつけて強引に止めた。
地面から手を引き抜いて立ち上がり、腰を回した。
バキッ。
「人間、バイソンに弾かれるか普通?」
……鬼。
「鬼……」
「やっぱり人間は人間ね、弱——」
両頬を掴んで引っ張った。鬼ムスが俺の手を掴んで外そうとするが離さない。
「降りるなら普通に降りろ。なんで魔物を四方八方に投げ飛ばすんだ」
「痛い痛い! でも追手は止めたじゃない!」
鬼ムスに締め上げられた手が青くなってきた。ようやく解放した。
「それはありがとう。でも次は群れの前から止めろ、真っ只中からじゃなく」
「わかったわかった、次気をつける」
神様を抓って泣かせた。
鬼ムスが頬を撫でながら、バイソンの山へ向かっていく。
「先輩……」
振り返ると、アンがすぐそこに立っていた。ズボンがずり落ち、何かが覗いている。俺は即座に視線を逸らした。
「アン、先にすぼん直せ」
「きゃあ!!先輩見たでしょ!?」
「何も見てない」
すぐに鬼ムスの方へ走った。鬼ムスはバイソンを引っ張って積み上げていた——小動物でも扱うように。
「で、なんで降りてきた? 俺が困ってたからじゃないだろ、絶対」
「お腹が空いたのよ。たまたま人間がバイソンに追われてたから、ちょうどいいと思って」
「俺の位置が分かるのか?」
「いつもじゃないけど、大ガミなら追跡できるから」
「大ガミが目を覚めのか?」
「うん、お腹空かせてる。だからバイソン持って帰るの」
……回復が早まってくれればいいが。
後ろから弱々しい足音が近づいた。
「お、鬼……!?」
アンが俺の肩を後ろから掴んだ。
「どうした?」
「鬼ですよ先輩、鬼……初めて見た……」
アンが俺の背中に隠れながら、五頭のバイソンを束ねて縛り上げている鬼ムスをそっと覗いていた。
「おとぎ話の中だけだと思ってた……」
確かに……昨日空で会うまで、俺も実際に見たことはなかった。
鬼ムスがバイソンを体に縛り付けて振り返った。
「じゃあ人間。——ん? 後ろの女、人質?」
「違う、学院の後輩だ」
「あ、そう。じゃあまたね人間」
俺はポケットを探った——念話の道具を思い出した。
「待て、鬼——」
鬼ムスが空へ跳んだ。地面が揺れ、体がよろけた。
……渡せなかった。白に約束したのに。
「先輩、あの鬼と知り合いなんですか?」
「たまたまな、神の領域で助けたことがある」
「あの鬼……神様なんですか?」




