第二章 大鎌
「デスってどっちのこと? 概念? それとも固有名詞?」
「魂を刈り取るやつに決まってんだろ、あの大鎌見えてないのか?」
鬼ムスが飛び交う大鎌を指差した。
「……で、俺と何の関係がある?」
「その左手のクリスタル、浄化石だろ」
鬼ムスが俺の右手を指した。
「これは右だ。」
俺は右手を持ち上げた。手の甲が膨れ上がり、クリスタルが埋もれている。
「手が腫れてる? このクソ石のせい——」
パァン
頬が焼けた。鬼ムスが平手を飛ばしてきた。
「そのクリスタルに悪口言うな。暗黒を浄化する石だぞ。」
「浄化? 光魔法でいいじゃないか、クリス——」
パァン
「いってぇ……」
「光魔法はマナをバカ食いするだろ。あれがあればノーコストで済む」
「ふむ……」
パァン
「なんでまだ叩くんだ⁉」
「また悪口言うかと思って」
俺は歯を食いしばって深呼吸した。
「言わない、分かった。……じゃ、ヒール魔法使えるか?」
「え、使えないの?」
「使えたら聞かないわ」
鬼ムスは顎を撫でて後ろを振り返り、ひらひらと手を振った。
「ガミ〜、この人間ヒールしてあげて〜」
大ガミの周囲には黒いオーラが漂い、カードが宙を舞っていた。
……今は手が離せなそうだ。
シュッ——
剣が鬼ムスへ迫る。背後にポータルを開き、もう一方の出口を大鎌の軌道上へ。ギリギリ逸れた。
「あら、ありがと〜」
鬼ムスはにこにこしながら手を叩いた。
「せめて気づいてくれ。というか、友達が一人で戦ってるのに手伝わないのか?」
「……手伝いたいんだけどね」
「けど?」
「飛行魔法が使えないのよ、鬼だから。身体強化以外の魔法はないし。」
鬼ムスは胸を張って腰に手を当てた。
「それ、胸張って言うことじゃ——」
ポータルを全開にした瞬間、剣の嵐が飛び込んでくる。出口を大鎌の背後に設定。大鎌が回転し、剣が四方へ弾き飛ばされた。
「ごめんごめん~」
大鎌から離れながら、白い影が声を上げた。
ズキッ ズキッ。
……くそ、また疼いてきた。
大ガミの方を見て、すぐに駆け寄った。
「大ガミ、ヒールを——」
何かが額を弾いた。薄い何かが貼り付いている。剥がすと、緑色の絵柄が入ったカードだった。
「なにこれ……?」
右手を見ると、疼きが消えていた。腫れも引いている。
「ありがとう、大ガミ。もう痛くない。」
ゆっくり握り込む。痛みなし。
「どういたしまして。早く白カミを助けてあげて。」
柔らかい声。長い黒い耳がぴくりと動いた。
怖い人かと思ってたけど、全然そんなことない。
向き直って大鎌を観察する。リーチが長い、範囲も広い。白カミの十本の剣が全方位から同時に——
……無意味だった。
ただ、白カミの剣には特殊なエンチャントが刻まれていた。魔法攻撃の属性も持つ剣だとしたら、デスの対魔法耐性はどの程度なのか。
俺は左手を伸ばし、赤い魔法陣を挟んで中から炎を引き出した。
「火よ、我が敵を射貫く矢となれ。」
放った炎の矢が魔法陣を抜けた瞬間、無数に分裂した。
デスの大鎌が無数の矢を二つに割き——そこで動きが止まった。こちらを見ているのか?
「後ろに気をつけた方がいい。」
肩を叩きながら、まだ燃え続ける矢の軌道上に二対のポータルを開く。出口はデスの真後ろ。
デスが前方へ押し出された。白カミの剣の一本が素早く迫る。そのポータルを剣の前に展開——出口はデスの正面。剣はそのまま大鎌に受け流された。
反応を見た。魔法耐性は限りなく無効化に近い。だが白カミの剣は明確に回避している。
「なんで魔法撃ったの、無効なのに。」
「教えてくれたか?」
鬼ムスは視線を逸らして頭を掻いた。
……魔法無効、か。普通ありえないが。
雲の端まで歩いて下を覗く。マナを体中に循環させて残量を確認した。
——十分だ。
ポータルで落下速度を上げて、風魔法で着地を制御できる。
「ちょっと、どこ——」
大ガミの声が切れた。俺は雲から飛び降りた。眼下の雲に突入する。全身が白に包まれ、衣服の摩擦で帯電した痺れが走った。
雲が薄れ——鬼ムスの姿が見えた瞬間。
ガツッ。
顔面が雲に激突した。鼻がつぶれる鈍い音。涙が滲んだ。
「痛ぁ……」
「ここは異次元、デスを逃がさないための閉鎖空間よ。どこまで落ちても戻ってくる。」
「……先に言え。」
膝をついて鼻を押さえ、目を拭う。
つまり浄化するまで出られない、か。
鬼ムスを見ると、大鎌の動きを追いながら両手の剣をしっかり握っていた。
彼女の足元にポータルを開く。気づく前に全速で蹴り込んだ。
「え?」
鬼ムスがポータルへ落ちる。出口はデスの真上。彼女の二本の剣を交差させ、大鎌の動きを止めた。
俺は仰向けになり、背後にポータルを開いた。左手を前に向ける。
「風よ、俺を押せ。」
風魔法が俺をポータルへ押し出し——デスの背後から飛び出す。右手をそのまま真っ直ぐ伸ばした。
「危ない!」
指先が届く直前、鬼ムスの剣から解き放たれた大鎌が俺を貫いた。
——冷たい。
痛みじゃない。胸の中から何かが鷲掴みにされて、一息に引き千切られる感覚。鼓動が——止まった。
魂が剥がれていく。
「タイムリワインド」
心臓が再び動き出した。ポータルに引き戻され、風魔法が魔法陣へ収束する。
気づけば攻撃前の立ち位置に戻っていた。息が乱れている。右手を上に向けた大ガミを見た。
重い着地音。鬼ムスが両足で降り立った。
「大丈夫か、人間?」
「……なんとか。大ガミのおかげで。——あれは何だ? 大鎌が当たった瞬間、魂ごと引き千切られた感じがした」
「知らなかったの? あの大鎌に当たった人間は、即死よ」




