第三章 魂
全身が震えた。視界が歪み、俺は膝をついて頭を抱えた。
死にかけた。
「そこまで驚くか? 人間ってほんと弱いわね。」
……弱い。そうだな、その通りだ。
ゆっくりと大ガミの方へ歩いた。
「大ガミ、さっきの時間巻き戻し——お前だよな?」
大ガミが頷く。足元には複数のカードが扇状に広がっていた。俺はもう一度大ガミを見た。
「神様って、自分の民を大切にしてるんだろ?」
「急にどうし——」
両肩を掴んで揺さぶった。
「だったらその愛情を行動で示してくれ、ここから出してくれ!!」
大ガミは俯いた。長い耳がしょんぼりと垂れる。俺はすぐに手を離した。
「うちだってそうしたいけど……デスがこのままだと、寿命より先に人間が全滅しか——」
突然、大ガミが俺を突き飛ばした。
振り返った瞬間——
大鎌が大ガミの腹を貫いていた。
「「大ガミ!!」」
大ガミがゆっくりとこちらを向いた。顔が白い。それでも、笑っていた。
「大丈夫よ、神はすぐには死なないから。」
大鎌が引き抜かれる。大ガミの体が崩れ落ちた。俺は歯を食いしばった。大鎌が回転し、俺へと振りかぶられる——
チィンッ。
「——絶対に許せね!!」
空気が焼けた。大鎌が二本の剣に挟まれる。鬼ムスの背中の筋肉が盛り上がり、体が赤く燃えた。
デスが大鎌を引く。鬼ムスが身体ごと回転させて斬りかかる。デスが上空へ離脱。鬼ムスは脚の筋肉を膨らませて跳躍し、宙を蹴って追いすがった。
俺はすぐ大ガミに這い寄った。傷口に粒子が集まり、穴を埋めようとしている。青白い顔がかすかに歪んだ。
「大ガミ、ごめん。」
「気にしないで……少し休めば戻るから。」
大ガミが何かを差し出した。手を広げると、藁人形が置かれた。
「命を司り、祝福を与える者よ。その滞りを移し、その痛みを移し、二度目の機会を与え、傷ついた魂を縛り、修復せよ。」
「ソールリンク」
体に変化はない。大ガミがゆっくりと目を閉じ始めた。
「一度だけ……キイル。」
……一度だけ。
俺は藁人形を強く握った。肩と腰に圧がかかる。
なるほど、そういうことか。
腰に藁人形を仕舞う。立ち上がり、散らばった青いカードを一枚拾って胸に当てた。強く息を吐く——
カードからマナが体へ流れ込んだ。
影が前方に集まり、大鎌が振るわれる。十本の剣が殺到し、デスを後退させる——
鬼ムスが背後から突進、左の剣を薙いだ。デスが上方へ逃げる。ポータルが待ち構えていた。出口を鬼ムスの足元へ——
大鎌が鬼ムスの剣を受け止める。無意味だった。
大鎌が弾き飛ばされ転がる。白カミの三本の剣がデスを押さえつけた。
俺はゆっくりと近づきながら左手を掲げた。
「光よ、浄化の名のもとに集い、歌え。踊れ——お前を嫌うものを迎えよ。」
重なり合う白い魔法陣が展開され、光がデスを照らした。
「ああああ——!!」
大鎌が黒い粒子に散り、デス本体へと吸い込まれていく。鬼ムスが両手で剣を握り直し、真下へ叩きつけた。
デス本体が大鎌で受けるが無駄だ。地面へ叩き落とされる。俺のポータルに小さく開き白カミの剣が入り、即座にデスの真上へ出口を展開した。
右手をデスの胴体へ押し込む。体が震えた。体内の暗黒が渦を巻き、俺の手へ吸い込まれていく。
左肩に鋭い痛み。大鎌がずぶずぶと押し込まれてくる。冷気が全身を締め上げた。大鎌が引かれ始める——左手は動かしていないのに、肩から引き千切られるような感覚。
「人間——」
「人間、無理をするな!!」
大ガミは俺のために犠牲になった。これくらいは返さなければ。
右手をデスの胸へさらに押し込む。
「ああ——!!」
魂が服を引き剥がされるように削れていく。呼吸が遅くなる。視界が白く滲んだ。右手の震えが増すほど、暗黒が吸い込まれていく。
大鎌が体から抜けた。それと同時に
——デスの暗黒が、最後の一粒まで消えた。
一瞬だけ素顔が見えた。ピンク色の髪の、女だった。
視界がぐるぐると回る。
意識が、落ちた。
***
目が開いた。体が鉛みたいに重い。首すら動かせない。
「夢も見なかった。あっという間に落ちてたな……」
「人間、目が覚めたか」
鬼ムスが覗き込んでいた。白髪がばさりと垂れて目に入る。口元に笑みがあった。
「大ガミは?」
鬼ムスの表情が変わった。目が細くなり、横を向く。
「大丈夫よ、元に戻るまで少し時間がかかるだけ。」
「鬼ムス、起こしてくれないか——」
胸ぐらを掴まれた。強引に引き起こされる。足が地面についているのに、感覚がない。
目の前で、大ガミが白いキツネの人間の膝の上で眠っていた。
「……あんたが白カミか。」
白カミがゆっくりと顔を上げた。頬に涙の跡が乾いていた。鬼ムスが俺を大ガミの横へ引きずり、人形でも座らせるみたいに足をまっすぐ伸ばした。
「あなたの状態は?」
「キイル。俺の名前はキイル、動けない。」
目の端で、さっき浄化したデスの姿を探した。
「デスはどこだ?」
「あたしが元の場所へ送り返した。大ガミを傷つけた後もあの顔を見ていたくなかった」
「大ガミが回復するまでどのくらいかかる?」
「三週間あれば十分なはずよ。デスの大鎌で削られた魂の量は、そこまで多くなかったから」
……神でも、魂は持っているんだな。
白カミが俺の腰から藁人形を取り出した。左肩の部分がほとんど千切れかけていた。
「鬼ムス、人間界へ行って藁を持ってきて」
「わかった」
鬼ムスが手を離した瞬間、視界が空に変わった。後頭部に圧がかかって、頭が急に傾いた。
彼女の足音が遠ざかる。目の端で追うと
——鬼ムスが下へ飛び降り、そのまま消えた。
見上げた空に、鬼ムスは戻ってこなかった。
この次元を出入りできるのは、神だけらしい。




