第九話 罠
荷袋を下げた馬は、ゆっくりと崖の上にある小屋を目指して進んでいった。
景雅、清磨、高鉄は、注意深く後を追ってきた。
手筈では、馬を交換して浜へ下りて行き、待っている小舟に荷を積み替える作業が始まるのを合図に、別の道から浜へ来ている彦一達と協力してその者達を取り押さえ、荷の中身を検める。
そして、その者達にも話を聞き、賊であったら役人へ引き渡す、という事になっていた。
下働き風の男が、小屋の前で馬を止めた。
清磨達は歩みを止め、物陰から様子を見ている。
小屋の影から、別の馬が出てくる筈だった。しかし、なかなか現れない。
すると、今通って来た道をぞろぞろと集団が歩いてこちらに向かって来た。
その集団は、どう見ても善良な町民とは、ほど遠い出で立ちだった。
しかも時刻は、深夜の丑の刻を過ぎている。
こんな時間に、そんな者達がここに集まるなんて、どう考えても不自然極まりない。
三人は直ぐに同じ事を思った。
我々の行動が、賊達に漏れ伝わっていたのだ。
そして、それを利用した罠に、自分たちがまんまと嵌ったという事を。
「こりゃ、賑やかなこったなぁ~」
高鉄が無表情で呟いた。
三人は隠れているのが無駄だと悟り、物陰から出て、程よい距離に位置をとった。
現れた物騒な佇まいの輩たちは、三人との距離が縮まると、奇声を上げて走り出した。
輩達の手には、様々な武器が握られていた。
先に動いたのは、景雅だった。
その動きは素早く、瞬時に抜刀した刀は、浜守の里で鍛えられたものだった。
それは、神代言から景雅に譲り渡された物だった。
正しく、高鉄の鍛えた一振り。
神代家は浜守の上得意だった。特に言は、高鉄の刀を気に入っていた。高鉄の打つ刀は、折れない。折れたのを、少なくとも言は見た事が無かった。逆に相手の刀を折った場面は、何度も見た事がある。
そして、幾度も高鉄の刀と共に、修羅場を生き残ってきた。故に、神代の主だった者達は、高鉄の刀を帯刀していた。
景雅は抜刀するや否や、たちまち五人の輩を斬り伏せた。
いくら練度の未熟な者達が相手だったとしても、余りに鮮やかな所業だった。
その剣は止まらなかった。
景雅の剣は、まさに神速。三十人はいると思われた集団を、景雅は一気に二分した。
そして、二分した一方を、次々と斬り伏せた。
二分されたもう一方は、高鉄と清磨を襲った。
二人は並んで立っていた。
高鉄は抜刀の構え。清磨は中段に構えた。
高鉄の口元にわずかな笑みが浮かんでいた。
高鉄、齢六十四。
そのがっしりとした体躯は、清磨と対照的だった。
清磨が由一に似てどちらかと言うとほっそりとした体形なのに対し、高鉄の上背は清磨とさほど変わらないが、横幅は倍ほどもある様に見える。決して肥満という訳ではなく、骨格がそうだった。
そのがっしりとした骨格を、日々鍛錬された筋肉が包んでいた。
高鉄は大股に足を開いていた。
目の前に、三人の無頼漢が、刀を手に高鉄の前へ来た。どの顔にも、高鉄をなめた様子が見て取れた。
「爺! くたばりやがれっ!」
そう言って一番身体の大きな男が、無防備極まりない大きな動作で、野太刀を高く上段に振り上げた。
それに合わせる様に、高鉄は抜刀した。それは、緩慢な動作に見えた。そう見えたが、実は違った。
抜刀速度は、速くも遅くもなかった。
ではなぜ、遅く見えたのか。
それは、高鉄の抜刀した刀の軌跡がはっきり見えていたからだった。
高鉄の打った刀には、破魔の力が込められている。
破魔の力を刀に込める時、その力を宿した者の身体の一部を、作成に使う鋼に混ぜ合わせるのが一番手っ取り早く、確実に発現できる方法であった。
高鉄は自分の血を一滴玉鋼に垂らすやり方を、通常品に行っていた。
しかし今、高鉄の手にあるのは、自分専用の特別品だった。この刀に力を込めるのに、高鉄は自分の髪の毛の束を使った。
そしてその刀に『神斬高鉄』と名前をつけた。
破魔武器は作者が使うと、大抵その潜在能力が現れる。
そして今、神斬高鉄は真の力を発揮した。
その能力は、軌跡に見えたものに秘密があった。
軌跡に見えたもの。それは刀が高鉄に呼応すると、朧の刀身が実体の周りに数本出現する。
まるで、光で包み込む様に、朧は現れる。
その朧が、あらゆるものを切断する。物も、人も、怪異も、実体無きものまでも。
高鉄の抜刀が緩慢に見えたのは、その朧が軌跡の様に見えていたからだった。
どう見ても、高鉄の間合いに、野太刀を持った無頼漢は入っていない距離にいた。
長槍がやっと届くかどうかの距離だった。
しかし、見事に無頼漢の胴は、高鉄の抜刀によって切断されてしまった。
無頼漢の少し後ろにいた二人のごろつきは、何が起きたか理解できていなかった。
その時には、高鉄の持っている鞘に、神斬高鉄の刀身は納まっていた。
高鉄が二歩間合いを詰め、再び抜刀した。
その時、二人のごろつきは確かに見た。高鉄の抜き放った刃、その朧が伸びたのを。
伸びた朧が、自分たちの胴を切断する様を。
二度の抜刀で、高鉄は三人を両断した。
清磨を取り囲んだ四人の者達は、明らかに景雅や高鉄が相手をしている者達と違った。
黒装束で全身を包み、闇に光る獣の様な眼を持つ者達だった。その中の一際大きな者は、頭に歪な二本の角の様なモノを生やしていた。
四人はじりじりと間合いを詰めてくる。詰めてはくるが、軽率に攻撃を仕掛けてこない。
何かを警戒している様に、清磨は感じた。
鬼寄せを知っているのか?
だとしたらこの様な賊が、なぜ鬼寄せを知っているのか?
賊が本来興味を抱くようなものではない様に、清磨には思えた。
鬼寄せはどちらかというと、怪異を想定してのもので、盗人に関心を持たれる能力でもないだろうに。
清磨はきな臭いものを、その場に感じとっていた。




