第十話 正体
清磨の気は、十分に練り込まれていた。
いつでも己が手にする刀に、怪異を呼ぶ事が出来た。
異様な賊達に囲まれながら、いかような怪異を寄せるか思案していた。
そして、この状況を誰が作ったのか、清磨は結論付けた。
景雅である。
浜守の里を、神代言と共に訪れた時の、景雅に感じた違和感。あの不気味さ。
それと同様の臭いが、今対峙している者達から漂うのである。
中でも、今、自分の正面に立っている黒装束の男は、身のこなしが景雅と酷似している。
骨格が似ている者は、動作が似る。これは、仕方のない事である。それが、同じ剣術や、武道を習得していると、尚更である。
景雅は無頼漢の集団が現れた時、直ぐにその者達に斬りかかって行った。何の躊躇も無しに。
それは、仕組まれた捨て駒達だと知っていたからではないだろうか。
その辺りで雇ったごろつき達を派手に斬りまくれば、格好の目くらましとなり、それに紛れて仲間達が易々と清磨に近付く事が出来る。
そういう段取りだったのではないか。
そして現状が、それを証明している。
「お爺、景雅には気をつけよ」
高鉄は清磨のその言葉に驚かなかった。そして、小さく頷いて見せた。
景雅は、相手にしていた集団を片付け終えた。
「高鉄どの!今、加勢いたす!」
そう景雅は言って、高鉄を取り囲んでいた輩たちを、その後ろから斬り伏せ始めた。
清磨は出来る限り高鉄の近くで戦いたかったが、対峙する四人の者達がそれを阻む。
高鉄は目の前のごろつきを抜刀で切り倒しながら、背後に気を巡らしていた。
何とか景雅を視界に入れておきたいのだが、なかなか出来ないでいた。
その時、清磨の中段に構えていた刀の切っ先から、蜘蛛の糸の様なものが飛び出し、囲んでいた四人を絡め込んだ。
清磨は正面の敵に間合いを詰め、突きを放った。蜘蛛の糸に絡められながらも、その賊は清磨の突きを受けきった。すると、清磨の右方向にいた異形のものが、まとわり着いている糸を千切り、清磨に突進してきた。五指を軽く曲げた右の掌を振り上げ、袈裟懸けに清磨に振り下した。
清磨が刀でそれを受け、糸の束を切っ先から放ち、その腕を絡めとる。
すると異形は、絡めとられた右腕に構わず、左手で同じ攻撃を放った。
それを清磨は右腕と同じ様に、糸の束で絡め込んだ。
そうこうしているうちに、清磨の左側と背後にいた賊が、己を拘束していた糸を小太刀で切断し、体勢を整えた。
清磨は異形の両腕を糸の束で拘束しながら、正面の男と自身に糸の束を巻きつけた。
正面の男の両足を絡めとりながら、己の胴部分に厚く糸を巻いた。
その瞬間、左側と背後の賊が、小太刀で清磨を突いてきた。小太刀の切っ先は清磨に巻かれた糸に阻まれ、手傷を負わす事が出来なかった。
「ぐおっ!」
高鉄が声を上げた。
清磨は交戦しながら声の方向に視線を送った。
高鉄が左腕で景雅の刃を防いでいた。
やはりか!やはりあの男が、これを仕組んでいたのか!
清磨は自分の不甲斐無さを悔いた。しかも、高鉄を巻き添えにしてしまった。
浜守の里で景雅に感じた違和感を、もっと注意深く扱っていれば、こんな事にはならなかったのに!
景雅の背後からの攻撃を、高鉄は刀でかわす事が出来なかった。身をよじり左腕を犠牲にする事で、何とか急所を外すのが精一杯だった。身体を捻り地面を転がり、景雅と距離をとった。
高鉄は左肘から先を失っていた。
地面に切り離された左手が転がった。
刀は鞘に納まっている。
転がり起きた高鉄は、左膝をついた格好で景雅を睨んでいる。
ごろつき達は、既に全員斬られていた。
高鉄の右手は、刀の柄を握りしめていた。左腕の切り口からは、血がとめどなく滴っていた。
片腕を失くした高鉄が抜刀出来るのは、次が最後だろう。
神斬高鉄には、秘密があった。刀身を包むように現れる朧は、抜刀している間、長くその姿を留めておく事が出来なかった。再び朧を発現させるには、一度鞘に収める必要があった。
「流石は高鉄殿、腕一本しか貰えませんでしたか」
景雅が下劣な笑みを浮かべた。
景雅は、高鉄の技を見ていた。あの朧の間合いは危険だった。間合いが一定ではないのは厄介だった。
景雅は間合いを計りかねていた。
不意打ちという形で、仕留めたつもりが、仕損じた。
景雅にとって高鉄は、正面から対峙してはいけない相手だった。
強い。
今まで戦った誰よりも高鉄は強いと、景雅は感じた。
間合いに入ってしまえば、お終いである。
景雅は完全に、高鉄を見くびっていた。こんな年寄りがどこまで出来るかなんて知れた事だと考えていたのだ。
それが、あの朧の抜刀を目の当りにした時、正直肝を潰した。
そこで、不意打ちを選んだ。
だがそれで、仕留め損ねたのだ。
しかし、見るからに高鉄は弱っている。
傷口の流血が、その命を確実に削っている事は明白だった。
清磨の動きさえ封じてしまえば、高鉄の事は時が解決すると景雅は踏んだ。
高鉄の意識は、はっきりしていた。
このまま、景雅を清磨の方に行かせる訳にはいかない。
それだけだった。
清磨は四人を相手にしている。そこに景雅まで加わってしまえば、清磨の勝ち目はないだろう。
自分の事はどうでも良かった。只々清磨を救いたかった。
高鉄は体勢を立て直しながら、ゆっくりと抜刀の構えをとった。
景雅は微妙に間合いを外しながら、高鉄の左側に回り込む。
動いたのは高鉄だった。
素早い動きだった。
景雅は後ろに大きく飛んだ。
それ程、あの朧の刃が怖かったのだ。
しかし、その刃が向かった先は、景雅ではなかった。
清磨の右側にいた異形の胴を、綺麗に伸びた朧の刃が見事、真っ二つにした。
意表を突いたその攻撃に、賊の動きが一瞬止まった。
その刹那、清磨が高鉄の傍へ素早く移動し、糸の束で流血止まらぬ左腕を、きつく巻いた。
そこに、大きく退いた景雅が、清磨の背後へ飛び掛かった。
清磨が体を捻る。
高鉄は朧が消えた神斬高鉄で、景雅の攻撃を辛うじて防いだ。
他三人の賊も、動きを止めたのは僅かな間で、直ぐに二人に襲い掛かった。
清磨は高鉄を背にする格好で、糸の束で壁を作り、四人の攻撃を防ぐ。
だが、防ぎきれなかった。
一本の小太刀の切っ先が、清磨の右太腿に潜り込んだ。次に、景雅の剣が清磨の左肩を斬った。
清磨が体勢を崩し、高鉄に寄りかかる形になった。
それでも、清磨は糸で賊三人の動きを止めた。景雅のみが、糸の呪縛から逃れた。
続けざまに景雅の刃が、清磨の胸めがけて走った。
清磨の胴には糸が巻かれていたが、度重なる斬撃によって、次第にその守りも削られていた。
清磨と高鉄の背後は、切り立った崖になっていた。
その下には、波が岩に当たって砕ける海が広がり、その音が遠くから聞こえている。
景雅の止むことない斬撃は、遂に清磨に巻かれていた糸の胴を剝ぎ取ってしまった。
清磨は他の賊の動きを封じながら、景雅の攻撃を凌いでいたが、やがて防ぎきれなくなった。
二人はじりじりと、崖側へ追い込まれた。
そして、とうとう景雅の突きが、清磨の露わになった腹部に突き立った。
その瞬間、高鉄が握っていた愛刀神斬高鉄を景雅めがけて投げつけた。
景雅は飛来する神斬高鉄を、刀で弾いた。
その時、高鉄は清磨を後ろから右手で抱えると、崖下へと身を投じた。




