第八話 浜津の賊
神代家からの浜津賊成敗の協力要請を受けた浜守家は、協力隊として、高鉄、清磨、彦一、彦二の四人が向かう事となった。
由一の考え通りには行かなかった事になる。
高鉄は自分が行くの一点張りで、清磨は清磨で「お爺が行くなら、俺が付いていないと駄目だろう」と言いだしたのだ。その言葉にてっきり高鉄が反対するのかと思いきや、「それもそうだのう」なんて言いだす始末。
結局、由一は二人に押し切られる形になってしまった。そこで、一つ目討伐で実績のある、彦一、彦二兄弟を帯同させる事にした。この二人は投擲武器を用いた遠方攻撃に長け、後方支援も得意としている。高鉄、清磨の得意が剣術なので、相性が良かった。
四人は浜津まで馬を飛ばし、通常なら二日の行程を一日半で駆け、翌日の昼過ぎ、浜津の郡家に到着した。
中に入ると、深見景雅が出迎えた。
「よくぞ来てくれた、清磨殿」
景雅はそう言って頭を下げた。
そして、事件の詳細、現在神代の者五人が警戒しながら街中を見回っていること、宿を一つとってあること等を景雅が清磨達に説明した。
「先ずは、我らが見張っております故、浜守の方々は宿で暫しの休息をとってくだされ」
景雅はそう言い、浜守の一行を宿へ案内した。
案内された宿は、事件の起きた場所にほど近い所にあった。
宿に着くと、景雅が宿の主に清磨達の案内を頼み、自分は後ほど頃合いを見て訪れると言って出て行った。
清磨達は二階の四人部屋に案内された。
高鉄が荷物を置くと格子を上げ、通りを見下ろした。
そこには行き交う商人や下働きの者、荷車や馬、旅人や店先で客を呼ぶ者等が見えた。
この辺りの基幹となる街だけあり、活気に満ち溢れていた。
その人混みの中に、役人の姿もちらほら窺える。
郡家の者達が、今回の事件に相当神経質になっているのが見て取れる。旅の商人等に声をかけては、身分の判る物を提示させていた。
「流石、浜津じゃ。人や物でいっぱいじゃ」
高鉄がそう言いながら、役人の行動を目で追う。
「まあ、三度目は無いな」
そう、ぼそりと言った。
浜守一行は、旅の汗をゆっくり流し、夕餉をとった。
まるで何処かで見ていたかのように、良い頃合いで景雅が現れた。
人懐っこい笑みを口元に浮かべた景雅が部屋に入って来て、ここ数日間行った見回りについての話を始めた。
そして、一昨日の晩、不審な者が出入りする怪しげな屋敷を見つけたのだという。
そこで、その屋敷を神代の者達で代わる代わる見張っていたところ、昨晩の深夜丑の刻、その屋敷から、下働き風の小柄な男が乗った一頭の馬が出て来た。
よく見ると、大きく膨らんだ荷袋を鞍の両側に下げていた。その馬が港の方角へ進んで行くので後をつけると、港へは出ずにその手前の脇道に入って行った。
その脇道は、港の近くの崖上に繋がる道だった。程無くして崖上には古びた小屋が見え、その小屋の前で馬は止まった。
すると小屋の陰から一頭の馬を引いた男が出て来た。
馬に乗ってきた男が馬から降り、そこで馬を交換した。交換した馬に乗って屋敷に戻る男と、荷袋を着けた馬を受け取った男は、その馬に乗って港と反対側の道を進んで行った。
その方角へ進むと少し急な坂道になっており、その坂道を下って行くと海岸に出る事が出来た。ここまでつけて来た神代の男は、荷袋を着けた馬の行方を追った。
すると、海岸には小舟が一艘浮かんでいて、船の前で待っていた一人の男と一緒に、馬から下した荷袋を船に乗せた。荷袋を乗せた時、小舟がぐらりと揺れた。荷は相当な重さだと見て取れた。
そして、一人は船で海に出て行き、もう一人は馬に乗って小屋へ戻って行ったというのだった。
景雅は、これは賊が盗んだ金品を、何処かに運んだのではないかというのだった。
そして、景雅の見立てでは、あれだけの商家の金品を奪ったのだから、あの屋敷には、まだ運び出していない金品が残っているはず。
必ず近いうちに運び出すであろう。現在も見張りは続けているので、動きがあった場合の手筈を、清磨達と相談したいということだった。
景雅の作戦はこうだった。
屋敷から馬が出てきたら、景雅を除く神代の者四名で屋敷を包囲し警戒。残る景雅、神代の者一名、浜守の四名で追跡。
崖の上の小屋へ向かったのを確認したら、神代の者一名と彦一、彦二は海岸へ続く別の小道で先回りをする。
馬の追跡を続けるのは、景雅、清磨、高鉄の三名。これで挟み撃ちにするという作戦だった。清磨達もこの作戦に同意した。
そして、街が寝静まった深夜の丑の刻、例の屋敷に動きがあったと宿に神代の者一人が告げに来た。
宿にいた浜守一行と景雅は、手筈通りに動いた。
屋敷から出て来た荷袋を下げた馬は、下働き風の男を乗せて、ゆっくりと進んでいた。これなら徒歩でも十分に追える速さだった。余程、下げている荷袋が重い様だった。
清磨達は、作戦通り崖に向かう分かれ道に差し掛かった所で、二手に分かれた。
馬を追いながら進む景雅、清磨、高鉄。
浜に抜ける道へ向かう、神代の退魔師一名と彦一、彦二。
その晩は新月で、辺りはいつもよりも暗かった。
浜に抜けた三名は、遠くに小舟が浮かんでいるのを確認した。
小舟の前には、人影がある。
その人影は二人だった。
彦一達は息を殺し、気付かれぬ様叢や岩に身を隠しながら近付く。
投鉄(長さ八寸、太さ一分五厘~二分程の鉄の棒)の射程に入った辺りで、彦一兄弟は手頃な所に身を隠した。
彦一は木に登った。彦二は彦一から少し離れた場所の、大きな岩陰に隠れた。
神代の者の得物は刀だったが、彦一が潜んだ木の陰に身を隠し、船の様子を窺った。
すると沖から一艘の小船が、丁度三人が潜んだ辺りに進んで来て岸に着いた。
小舟には五人の男が乗っていて、全員が降りて来た。
どの男も漁夫には見えなかった。
その中で一際大きな男の頭には、ねじくれた角の様なモノが暗い中でも見て取れた。
三人は直ぐに気付いた。悪事を働いた賊達に違いないと。
そして、次の行動を考えた。気付かれているのか?先手をとって攻撃するべきか?ここは、少し様子を見るべきなのか?
ほんの数瞬考え、三人は隠れながら、様子を見る事にした。
すると、いきなり鉄の棒が三人めがけて複数飛んできた。
何故かは判らないが、最初から三人が隠れた場所は、見抜かれていた様だった。
船から上がってきた者達が、恐ろしい速さで向かって来た。
彦一は投鉄を数本放ちながら、木から飛び降り、彦二の隠れている岩陰に移動した。
彦二は向かってくる者達に、投鉄を数本放ちながら、背負っていた刀を抜刀した。
放たれた投鉄を巧みに避けながら、五人のうち四人の男達が、彦二の方向へ走り寄る。
あと一人、角を持つ異形の大男は、神代の退魔師めがけて走っていった。
神代の退魔師は抜刀し、襲って来た異形の者の攻撃を受けた。
異形の者は、素手だった。
五指を少し曲げ、開いた大きな右手は、袈裟懸けに振り下された。
それを刀で受けた。
まるで、大金槌で殴られた様な衝撃。
ぐらりと神代の退魔師の身体が揺れた。
異形の左の攻撃が続いた。右と同じ袈裟懸けの素手による攻撃。
これを神代の退魔師は辛うじて刀で受けると、その衝撃を利用して横に転がり体勢を立て直した。
さながら鋼の様な硬さを持った、素手での攻撃。しかも重く、速い。
神代の退魔師は、瞠目した。しかし、驚いている暇はなかった。続く攻撃をどうにかかわしながら、反撃の隙を窺っていた。
その頃、彦一兄弟は四人の賊達と対峙していた。
彦二が刀で一人と応戦し、彦一が岩の上から他の三人を寄せ付けないように、投鉄を次々投げつける。
この兄弟の、いつも通りの連携だった。彦二は彦一より身体が大きく腕力がある。飛び道具も扱うが、接近戦にも強かった。彦一は小さい体を生かした素早い攻撃と、飛び道具全般が得意だった。
しかし、賊の四人は手強かった。
その太刀筋は、暗殺剣のそれだった。無駄な動きをしたかと思えば、ズバッと急所に斬り込んで来る。
動きに一定の型が無い。次にどこから斬り込んで来るのか、予測しにくかった。
彦二は苦戦していた。かなり、押し込まれていた。彦一が他三人の足を止めながら、彦二の相手に時折投鉄を投げ、加勢しているのにである。今、相手をしているのは怪異ではなく、人間である。その筈なのに、人とは思えない動きをする。
彦二は額に、大粒の汗をかいていた。このままでは勝機はないと思われた。彦一の投鉄にも限りがある。いつまでもこのままでは、確実にやられる時が来るだろう。
彦一は投鉄が残り少ない事に焦りを感じていた。どうにかして、この状況を打開したかった。
彦二と対峙している賊は、闇に溶け込む様な、全身黒一色の装束で、顔にも黒い布を巻きつけていた。
顔で見えている部分は、眼のみ。
その眼が、獣のものの様に光っている。他の三人も同様だった。黒装束で全身を覆い、闇に光る眼を持っていた。そして、全員の動きが、何処となく人離れして見える。
彦一は投鉄を放ちながら、賊達の動きを分析しようとしていた。どうにも人と戦っている気がしないのだった。
「此奴らの動きはいったいなんだ?」
そんな事を呟いていた。
普通なら当たったと思える投鉄が、寸前でかわされてしまう。動きを牽制する事は出来ても、手傷を負わせる事が出来ない。
すると、突然一人の賊が、大きく飛び退いた。
見ると地面に矢が刺さっていた。
次々に矢が飛んでくる。
彦二の相手の右肩に矢が突っ立った。
賊の動きが一瞬止まった。
その瞬間を彦二は逃さなかった。
ざっくりと袈裟斬りにした。
彦二の刀が賊の左肩から胸の中央までを、深々と切り裂いた。
ざぁぁぁぁーーっ!
血しぶきが上がった。
返す刀で、近くにいた賊を逆袈裟に斬った。斬られた賊の右太ももが、ぱっくり割れた。
がくりと折れる様に体勢を崩した賊の喉元を、彦二の刀の切っ先が突いた。
ぞばぁぁぁぁーーー!
血が吹き出した。
この間に、他の賊は大きく退き、彦一達と距離をおいた。
その頃、異形の賊と熾烈な戦いをしていた神代の退魔師は、大きく肩で息をしていた。
一発一発が重く、防ぐ度に膝が痺れるような衝撃が走る。
これは最早、人間の業ではなかった。
奇跡的に、刀はまだ折れてはいなかった。
それは、神代の退魔師の受け流す技術もさることながら、高鉄の打った刀であったことも大きかった。
高鉄の打つ刀には粘りがあり、折れないと定評があった。その評判は、嘘ではなかった。
神代の退魔師とは対照的に、異形の者の動きは鈍る事が無かった。
休む事なく繰り返される、掌底による攻撃。
ただ救いだったのは、その攻撃が単調で判りやすかったという事だった。まるで獣の戦い方だった。
故に、ここまで防戦一方ではあっても、持ち堪えていられた。
しかし、それにも限界がある。既に、刀を握る両の手の感覚が消えかけていた。
どうにか、隙を見て一太刀入れる事が出来れば良いのだが、攻撃の速さが尋常ではない。しかも、途切れない。
攻めあぐねていたその時、異形が突然、大きく後方へ飛んだ。
それ迄異形が立っていた地面に、数本の矢が突き立っていた。
矢が続けて異形の後を追う様に、襲い掛かった。
飛んでくる方向を見ると、屋敷の警戒に残った筈の神代の者二人が矢を放っていた。
一人は異形に、もう一人は彦一兄弟側の賊達に。
暗闇の中でもその狙いは正確であった。
異形は飛来する矢を、その鋼の様な手で悉く払い除けていた。
神代の退魔師は、素早く動いた。
異形が矢に気を奪われている刹那、その光る両目の間に強烈な突きを放った。
異形が首を振り、かわそうとした刀の切っ先は、異様に光る右目を捉えた。
しかし刀は、深く潜り込むことはなかった。異形の驚異的な身体能力が、それをさせなかった。
前掛かっていた体勢にも関わらず、その姿勢のまま刀と同じ速度で後方へ移動したように見えた。
もう、完全に人ができる動きではなかった。
それでも、右の眼は割られていた。傷から血が滴る。
異形は神代の退魔師の間合いから、大きく距離をとった。その間も、異形に矢は襲い掛かる。
神代の退魔師は、異形を追撃出来なかった。
さっきの突きで、精一杯だった。
それ程異形の攻撃は、退魔師の体力を削っていた。




