第七話 策略
一つ目討伐後、清磨は一振りの太刀の作成にとりかかっていた。
鬼寄せを施した太刀。
これは、自分が帯刀する為のものだった。
清磨は槍術より、剣術を好んだ。
清磨の剣術は、浜守流だった。これは、そのような流派があったわけではなく、代々浜守家に伝わり、実戦の中で培われてきた剣術を、そう呼んだものに過ぎなかった。
故に、槍術も浜守流である。
師匠は勿論、高鉄と由一だった。高鉄は剣術を得意とし、由一は槍術の達者だった。小さい頃から爺さん子だった清磨は、高鉄に剣を教わるのが好きだったし、柄の長い槍は、どうにも清磨にはしっくり来なかった。
当然、打つのも刀の方が多かった。
清磨は鍛冶仕事が好きだった。一心不乱に打つ事だけに集中する。あの作業に何時までも没頭していたいと思っていた。その武具に己の現在持っている全てを注ぎ込むような作業をしている瞬間が、この上ない至福の時に思えた。
仕上がった刀の刀身は、一般のものよりわずかに長い二尺余り。鋼を幾度も鍛え上げた刀身には、澄んだ光が宿る。乱刃の刃文は、荒々しい大波にも、何物をも焼き尽くす炎にも見える。切っ先近くの背側には、黒錆色の波型の刻印。正しく鬼寄せの太刀だった。
満足のいく出来に、清磨の汗ばんだ顔に笑みが浮かんだ。
そんな折、神代家から一通の文が由一のもとに届いた。
仕事の依頼状だった。
由一は初め、鍛冶仕事の依頼だと思っていたが、そうではなく、退魔を伴う賊退治の協力要請だった。
その文によれば、汐海の集落にほど近い街の浜津に賊が出た。
浜津はその地域で一番の港町で、大きな市場があり、沿岸交易船も出入りし、宿や商家、鍛冶屋などもある活気に満ちた街だった。そして、郡の役所も置かれていた。
賊は深夜、子の刻を過ぎた頃、裕福そうな商家を襲ったという。その家の金品を盗むだけに止まらず、その家の者を殆ど皆殺しにした。しかも、その殺し方に問題があった。刀傷の死体よりも、喰われて原型を留めていないものの方が多かったのだ。故に、発見時、何かの猛獣ではないかと思われたが、金品が無くなっている事を鑑みれば、物盗りの仕業である事が明らかだった。
生き残りの若い下働きの女は、うわ言の様に「鬼が出た……。鬼が出た……」を繰り返すばかりだったという。
その凄惨な現場を目の当たりにした役人達は震え上がり、これを怪異の仕業と決めつけ、神代家に事の真相の調査を依頼してきた。
そこで、神代家当主の言は、腕利きの者三人を浜津へ送った。
その三人の見立てでは、狼を連れた賊では無いかとの事だった。
神代の者が役人に見立てを報告すると、何日間か街を見回る様にと申しつけられた。そして、見回りを始めてから四日後、事件が起きた。
その夜は、新月だった。
深夜、子の刻を幾分過ぎた頃、気配を断ちながら見回りをしていた神代の三人の丁度目の前の大きな屋敷の屋根の上に、五、六人の影が一瞬見えた。
直ぐにその影は屋敷内へ消えた。
神代の手練れ三人は、急ぎその屋敷の敷地内へ入った。
注意深く様子を探りながら、屋敷に入って行く。
屋敷内に明かりは灯って無い。
気配も感じられない。
寝静まっている下働きの者の、寝息が聞こえてくる。
暗い屋敷の中を、足音を立てずに移動し、この家の主らしき人物とその妻であろう者の寝室に入った。
見間違えたのか?
それとも、こちらに気付いて逃げたのか?
蔵の方に行ったのか?
最初の事件は騒ぎを大きくしてしまったので、賊たちは慎重になったのか?
神代家三人の頭の中は、幾つもの状況の憶測が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。
半刻ほどの間、その部屋に留まり様子を伺ったが、何の動きも無い。
三人は別な部屋へ移動する事にした。
素振りで合図をする。
その時。
一人の神代の者の胸元が裂けた。
どっと血が吹き出す。一瞬、くぐもった声を発して、前のめりに倒れた。
瞬時に、他の二人は飛びあがり、その部屋の隅へ移動した。
寝ていた主と、その妻が跳ね起きた。
「ぎゃーーーーー!」
妻が有らん限りの悲鳴を発した。
主と妻は、突然の事に腰を抜かし、布団の上にへたり込んでいる。
神代の手練れ三人は、誰一人気が付かなかった。
気配が無かった。
音も、臭いも無かった。
だが既に三人は、賊が屋敷内に撒き散らしておいた特殊な香によって、五感が極端に鈍ってしまっていた。
それに気が付いた一人は、なりふり構わず屋敷から飛び出した。
もう一人は、口元を黒い布で覆った賊が目の前に現れても気が付かなかった。
部屋の中央では、異形の姿をした者が家の主とその妻を惨たらしい姿に変えていた。
それにも気付かぬまま、終いには自分がどうやって殺されたのかも判らず、事切れてしまった。
夜が明けて、この凄惨な事件が明るみになった。
屋敷の外に神代の退魔師が一人、四肢を無くした死体で転がっているのが発見され、事件が発覚した。
役人が屋敷内を調べたところ、最初に起きた事件と凄惨さは変わらず、金品も根こそぎ奪われていた。
今回の事件では、生存者は一人もいなかった。
神代の退魔師三人と、その屋敷の主とその妻の遺体が、特に酷い状態で見つかっていた。
浜津の街は恐怖に包まれた。
役人は直ぐに神代家に、事の詳細を書いた文を送った。
その文を見た神代の当主である言は、顔面蒼白となり、浜守に協力を願い出たという事だった。
由一は、この要請の事を、誰にも詳しく話さなかった。
神代の手練れが三人、しかも、いとも容易く惨殺されている状況を考えると、かなりの危険を想定しなければならない。
高鉄はもう引退している。清磨を行かせて、万が一の事があれば、由一の後継者がいなくなってしまう。
浜守の今後を考えた場合、清磨の業を失うのは余りにも惜しい。
由一は自分が一人で行くと決めた。
今回のこの状況では、得意の槍では都合が悪いと考え、穢術を施した太刀を用意した。
手早く用意を済ませ、いざ出ようとすると、そこに身支度を整えた高鉄が立っていた。
「その様子、面倒な仕事じゃな。お前、死を覚悟している面をしているぞ」
由一は高鉄にそう言われ、ぎょっとしてしまった。
昔から、高鉄は勘のいい処があったが、ここまでとは思っていなかった。
「お前は、残れ。これは儂の役目だ。それに、儂だってまだまだ十分な働きは出来るぞ」
「親父様、これは自分が行きます。清磨には適当に言っておいて下され」
そう言って由一は高鉄の肩を押し、脇へ退かせようとしたが、簡単には退かない。
そんな事をしているうちに、清磨が現れた。
「神代から、応援を頼まれでもしたのかい?」
清磨は神代の文をひらひらさせていた。
押し問答をしていた二人は、はっとなって動きを止め、清磨を無言で見つめた。




