第五話 深見景雅
深見景雅は、神代家当主、神代言に師事する退魔師だった。
神代家は代々退魔を生業としている名家で、京でもその名は通っている程だった。退魔専門で、退魔の武具は作らない。武具の調達は、専ら浜守家からであった。
神代言と由一は友人であった。そうなった経緯を詳しく話すと長くなるので割愛するが、ある退魔の折に二人の間に信頼関係が生まれ、それ以来友人としての付き合いが始まった様だ。
言は予てから自分に弟子入りした深見景雅の話を由一にしていた。
その男の年の頃は、清磨の五つ位上だろうか。
この景雅という男は、師事した時から既に、かなりの手練れであったと言う。
言が「何故、それ程の技を持ちながら、尚、弟子になろうとするのか?」と訊いたところ、
「己の知らぬ技があるという事は、自分が未だ完成されていない証であるが故」
と答えたと言う。
言はこの景雅が気に入っていた。
頭がよく、気が利く、何時も機嫌がよく、穏やかだ。仕事は正確で、失敗した事が無い。家の者の評判も良く、下働きの様な事も嫌がらず、むしろ率先して行うのだという。
言には息子がいなかった。娘が三人いたのみ。
家督を継がせるには、婿を取らねばと考えていた処に、この景雅が師事してきた。
しかも腕利きの退魔師。言から見ても超一流の部類に入るであろう光る技を持っている。
娘の三人が三人とも、この男を気に入っている風でもあった。
しかし、何故か婿に迎えると考えると胸騒ぎがする。
その理由が判らず、悩んでいた。
深見家と言えば、小さな家ではあったが、それなりの歴史ある家柄だった。退魔を生業としていた、古くから続いている家であった。
その三男なので、婿に迎えるにあたっても何の問題も無いように思えた。
しかし、しかしである。
この胸騒ぎは何なのか。
景雅の違和感は、余りにも善人な処にある様に感じる。
これだけの技を持った退魔師は、そう多くはないし、自分が教えられる事は全て教えた。そしてその技を、完全に使いこなすに至っている。
そんな人間が、変わった処が一つも無くて良いのかと思う。
退魔師の技を極める人間などは、押し並べて変わり者である。変わり者は、何処かにその片鱗が見て取れる筈である。どんなに隠そうともである。
それが景雅には、無いのである。
何処までも良い人間なんて居るのだろうか?
それは最早、人間では無いのではないか。
そんな事を思ってしまうのであった。
そんな折、清磨の噂が聞こえて来た。
船盛の浜の仕事ぶりがたいそう評判になっていた。中でも言が興味を抱いたのは、その時に使われた槍だった。
槍から怪異の様なモノが出て来て、それで魔を退治するなんて聞いた事が無かったからだ。
是非己が目で見てみたい。出来るなら使ってみたい。
そう思わない退魔師はいないだろう。
言もそうだった。
そして、普段はどんな事であっても、表情の変化を感じさせない景雅が、この槍の話を耳にした時、表情は穏やかなまま、顔色がみるみるうちに蒼ざめ、そして赤くなったのだ。
こんな反応を示した景雅を見た事が無かった。
この男を真に理解する手立てに成るのではと考え、景雅を連れ、浜守の家を尋ねる事にした。
そして事前に、清磨の槍を見せて欲しい事、景雅の違和感の事を記した文を由一に送っていた。
由一は言と景雅を歓迎した。
来訪する時には、清磨も在宅しているようにと念を押しておいた。
到着して直ぐに二人は、清磨の槍を是非に拝見したいと申し出てきた。それ程二人は、噂の槍に興味津々だった。
そこで由一に呼ばれ、清磨が持って来た槍は、拍子抜けする程平凡な槍に見えた。
全長八尺五寸(約2.55m)、穂先一尺二寸(約36cm)、柄七尺三寸(約2.21m)。穂先はごく普通の槍の形。柄も黒っぽい木で、華美な装飾はない。
ただ一箇所、穂先に近い背側の部分に一寸三分程(約4㎝)の黒錆色で波型の彫刻が刻まれていた。
先に言が清磨から槍を受け取り、じっくり手に取り観察した後、景雅に手渡した。
景雅の顔色は既に赤く紅潮していた。興奮しているのが誰の目にも明らかだった。
その様子を、言と由一はつぶさに観察していた。
清磨だけが関心を示す風でもない表情をしていた。
そして、景雅はその黒錆色の波型印を見つけた時、目を見開いた。
ゆっくりと右手の人差し指で印をなぞると、顔色が青くなった。
清磨の表情が一瞬険しくなり、直ぐ元の無関心な顔になる。
景雅の指が微かに震えていた。
そして、清磨に鋭い視線を一瞬だけ送った。
気が付いたのは清磨だけだった。
そんな一瞬の眼光。
その目の放った光は、人のものでは無かった。
清磨の全身の毛が逆立った。
「なんと……見事な……。こんなに素晴らしい業物は初めて見させて頂きました」
景雅がそう言って、微笑みながら清磨に槍を返した。
「試さなくてもいいのかい?」
清磨はあっけらかんとして言った。
ほんの一瞬、清磨にしか判らない刹那、景雅の両目に光が宿る。
「景雅よ。お主使えるのか? それを」
言が言った。
「まさか。何の説明も無しに、この槍の真価を発揮できる程、私は極めてはおりませぬ故」
清磨には景雅の嘘が判っていた。
由一が清磨に少しだけ鬼寄せがどんなものか披露する様に促すと、数瞬考え、直ぐに清磨は槍の穂先を天に向けた。
すると穂先から天に向かって、稲妻が走った。
続いて轟音が響く。
「ほう! これはこれは」
言は喜んだ。
景雅も感嘆の表情を作る。
傍から見れば和やかな状況だったが、清磨は判っていた。
景雅の人ならざる部分を。
神代家一行は、その晩浜守の屋敷に一泊し、翌日早朝帰路に就いた。
言も景雅も、浜守の浜で獲れた新鮮な魚介類を旨そうに喰い、地酒と共に楽しんだ。
神代家は浜守家にとって、破魔の武具の上得意でもあった。
当然、言から清磨の作る鬼寄せの武器の注文があったが、清磨は鬼寄せは、まだ試作段階を出ていないという理由から、今回は丁寧に製作を断っていた。
この口実は建前で、本当の理由は別にあった。
景雅の近くに鬼寄せの武器を置きたくなかったのだ。
神代家一行が去った後、清磨が感じた景雅に対する違和感を由一にはそれとなく話していた。
由一自身は何も感じなかったが、人一倍敏感な清磨の話を直ぐに信じた。
言には以前に景雅の違和感について相談されていたので、清磨が感じた違和感についての文を送った。
そして、由一も、これほど善人で、癖のない一流の退魔師には、これまで会ったことがなかった。
そのことに、言いようのない違和感を覚えていた。
景雅の心中は、鬼寄せの槍を見た直後から荒れていた。
あの武器が隠していた能力。
あのような武具を作れる者がいたとは。
作れる可能性があるとすれば、我ら久夜一族以外に考えられなかった。




