第四話 怪異『一つ目』
頼尚は、頼継が心に深い傷を負ったことを、その様子から察した。妻のかをるもまた、夫がただならぬ恐怖を抱えていることをすぐに感じ取った。
現場に居合わせた漁夫達も同様だと考えた。二人共、このままでは船盛家の漁そのものが立ち行かなくなると感じた。かをるは直ぐに、実父の汐海潮に相談した。潮は娘に、浜守に頼んで、その怪異を退治してもらう以外方法は無いと返答した。頼尚も同じ様に考えていた。この辺りで、破魔の浜守を知らない者は居なかった。
かをるが潮の考えを伝えると、頼尚の心も決まり、由一の処に一つ目退治の依頼が入った。この仕事を由一は、清磨、彦一、彦二の三人に任せる事にした。清磨と同行する彦一、彦二は、一族の中でも投擲武器を得意とする兄弟だった。
頼尚からの依頼ではあったが、頼継をはじめ、怪異に襲われた漁夫達は皆、まだ漁に出られるような状態ではなかった。そこで、汐海家の潮と豊丸が、清磨達に同行して手を貸すことを申し出た。
潮も豊丸も、何処か高揚していた。このような事が、二人共、大の好物であった。
清磨は一つ目退治の依頼を受けると、すぐさま鍛冶場に籠った。そして、かねてから考案していた、鬼寄せの槍一槍を拵えた。その他、銛を五本、投鉄(長さ八寸、太さ一分五厘~二分程の鉄の棒)三十本を、由一と職人達が用意した。勿論、破魔の気が込められた物だ。
全ての用意に二十日余りがかかった。
それから三人は、数日休息した後、出発した。
清磨達は、汐海家の浜まで馬を使った。浜守の集落から汐海の浜までは、約二十五里程あった。移動する道は、平坦な処ばかりではなく、馬でも三日程かかる。
一日目は山中で野宿。二日目は、途中の集落にある懇意の寺で一泊。三日目の夕方に、汐海の浜に着いた。
浜の集落を目指して進んでいると、その方向から偉丈夫が馬に乗って進んで来るのが見えた。清磨は出発前に潮と豊丸の事を由一から聞いていたので、豊丸だと直ぐに判った。
その身の丈六尺三寸(約190㎝)。
兎に角大男の親子だと言っていた由一が、大袈裟では無かったと、清磨は思った。豊丸を乗せている馬が、なんだか気の毒に思えるほどだった。
近付いてきた豊丸は、白く逞しい歯を見せて微笑んだ。
典型的な人たらしだと、清磨は感じた。この笑顔を見て、気分の悪くなる者なんていないだろうと思った。
四人は軽く自己紹介を済ませると、豊丸を先頭にして汐海の家へ向かった。
屋敷は浜守の本家よりも大きかった。汐海家がそこそこ大きな網元だと、直ぐに三人には理解できた。その周りの家も、みすぼらしい物は無く、この集落全体が潤っている事が一目で判った。
良い所だと清磨は思った。
着くと漁夫の若い衆なのか、これまた真っ黒に日焼けした男たち数人が、清磨達の荷を手際良く運び、馬を馬屋へ連れていってくれた。
豊丸の案内のもと、三人は長旅の垢を落とすため、湯を使わせてもらった。三日間の馬旅で身体には汗と埃が染みついていた。
さっぱりしたところで着替え、夕餉の席へ向かった。
夕餉の席には、汐海家の家族だけでなく、親しい漁夫達とその家族も集まった。潮を上座に、清磨達三人を客としてその近くに座らせ、皆で旅の労をねぎらった。
この家の料理はどれも清磨の口に合った。久しぶりの御馳走を、清磨達三人は鱈腹食った。そして旨そうに喰う三人を見て、汐海家の人達も嬉しく思った。
三人の給仕は、この家の娘のさきと千歳がした。面白い様に喰うものだから、二人の娘は楽しそうに飯のおかわりを運んだ。
清磨は実のところ大食漢だった。しかも、何でもよく食べた。嫌いなものが無かった。そして、何を喰っても、旨そうに喰った。
清磨は大男では無かった。中肉中背。どちらかと言うとほっそりとして見える。それは贅肉が無いからだった。だから、見かけ以上に力は強かった。
面長な顔は、中性的な印象を与えるが、なよなよしている訳ではない。優しいからだった。その優しさがにじみ出ている様だった。そして、髪の毛は何時もぼさぼさだった。自分の容姿に無頓着だからだった。
どういう訳か、そんな清磨を千歳は気になって仕方なかった。さきはそんな千歳の様子に直ぐに気が付いた。千歳が清磨に恋心を抱き始めているという事に。
清磨達の腹が満たされた頃には、そこに残っていたのは討伐隊に加わる者達と汐海家の家族だけになっていた。
自然と怪異の話になる。
船盛から聞いている『一つ目』の話。清磨達は仕事の依頼状で読み知っていたが、潮の話はそれ以上に詳しいものだった。
襲われる時の多くは、魚の引き上げを行っている時。網に大量に入っている魚を狙っている様だという事。退避のために船を走らすと、追いかけて襲ってくる。基本的に動いていなければ襲われない。追われた場合、直ぐに動く事を止めると、船の周りを何度か旋回して消えた。
清磨は話から仮説を立てた。
一つ目は目が悪いのではないか。水の振動で敵の位置を把握しているのではないか。弱点はその大きな一つ目なのではないか。そして、恐らくは火を嫌うのではないかと。
そうなると鬼寄せの槍に、呼び寄せる怪異も決まってくる。
清磨は静かに考えていた。
そうしていると、一人の漁夫の話が清磨の耳に入ってきた。その漁夫は、この中で最も年嵩の平六と言う男だった。
その平六の口から、浜守由一の名前が出たからであった。
平六の話によると、潮と由一は若い頃、一緒に怪異退治をしたのだという。そして、平六も今回の様に、討伐隊として同行していた。
その時は、海女が一人犠牲になっていた。
その海女は自分が何時も潜る場所より少し深い処の大岩に、大きな鮑が付いているのを見つけた。大きく立派な貝だったので、無理してそこまで潜った。
そして、お目当ての鮑を採り戻ろうとした時、その大岩が突然動き出した。
それが怪異だった。
海女は慌てて水面まで戻ったが、引き戻された。磯船の漕ぎ手の漁夫が直ぐに異変を感じ、その時一緒にいた他の数人の海女に船に戻る様に声をかけ、手に銛を持って海女の引きずり込まれた海中に目を凝らした。
海中に一度は消えた海女は再び何とか浮上し、必死の形相で手を伸ばしていた。船上の漁夫は、直ぐに海女を救け上げた。
そしてそこにいた全員を乗せると、とてつもない速度で櫓を漕ぎ、船を陸に上げた。
救け上げた海女は、左足膝から下が何かに食いちぎられていた。
海女は、大きな殻を背負った蛸に足を喰われたとしきりに話していた。船上での仲間の海女達の処置が良く、その場では一命を取り留めたが、傷の治りが悪く、数日後に亡くなってしまった。
そんな得体のしれない怪物が潜む海では、安心して漁など出来る訳もない。
海女たちは皆おびえて、海に出ようとしなかった。他の漁夫達も同じだった。
当時の汐海家の当主は潮の父、豊一だった。豊一は汐海の浜を束ねる長の役目もしていた。
その豊一が浜守一族に退治を依頼した。当時の浜守の主は高鉄だった。高鉄はこの仕事を、由一に任せた。
そこで、由一が潮と共に怪異を討つ事になった。
当時の若狭湾の漁師の間で、汐海家の潮と言えば身体の大きな事で有名だった。そして勇猛だという事も知れ渡っていた。
素潜りの最中に出くわした、全長一丈二尺(約3.6m)ほどもある大鱶を素手で退治したとか、泳いでいる鮪を素手で捕まえたとか、恐らくは大袈裟な逸話だが、潮に実際会ってみると、その話も満更嘘では無い様に思えてしまう。
そんな豪快な海の男だった。
それに対して当時の由一はと言うと、細面の優男。とても鍛冶をしている様には見えなかった。
しかし、一度鍛冶場に入ると、その眼光は一変する。普段の優し気な眼差しは消え、猛禽を思わせる厳しさが宿る。
瞳の色も金色に変わってしまった様に見えるのは、炎をその瞳に映しているからだが、見ている者はまさしく鷹のそれを連想する。
当時、由一は打つ物に穢術を仕込む技を試行錯誤していた。これは、それまで存在しなかった技、由一が編み出したものだ。
穢術を仕込むには、怪異の核が必要なので、おいそれと作れる訳では無かったが、つい先日鬼火の怪異を倒した際に手に入れた核で、穢術を仕込んだ槍を作り終えた処だった。
由一にとっても、その槍を試すいい機会だった。
初めて穢術を仕込む事に成功した物は、刀に大蜘蛛の怪異の核を使った物だった。その刀は切っ先から毒が漂う、とんでもなく危険で禍々しい物になった。常に毒が滲み出るので、それを封じ込める鞘を作るのに難儀した程だった。帯刀するのも慎重を期した。
しかし、その威力たるや、それまでの破魔の気を封じた刀とは一線を画した。その刀で、鬼火の怪異を倒した。
そして、その核で作った槍がこの時持参した由一の得物だった。
槍の穂先は常に仄かに温かかった。二作目のこの槍には、由一がしたかった、能力は戦いの時のみ発揮するという仕様になっていた。
初作の刀が、その辺りが未完成だったのを、二作目で完璧にやってしまうところが、由一の破魔鍛冶師としての天才的嗅覚が成せる技だった。
ただ、その仕様故、万人が扱える物ではなくなった。
初作は平常時でも封じた能力が半分程解放されている状態なので、誰が使ってもそれなりに強い。それでも覚醒させられる技を持つ者が使えば、その真価を発揮し、桁違いの能力を解放するが……。
それが、二作目のこの槍は、仄かに温かいだけで、その熱に殺傷能力は無い。だが、解放できる使い手が能力を解き放てば、穂先が赤々と輝き、炎を纏う。
その炎は、水中でも消える事が無かった。
平六の話は兎に角、潮の船さばきの見事だった事と、由一が使った、海中でも炎を纏う見た事のない槍の凄まじさに終始して終わった。
清磨は父由一の話をあまり聞いた事が無かったので、興味深く聞き入っていた。そして、今回の怪異討伐の参考にも成るのではと考えた。
由一の海中でも炎を発する槍。
そう、それを清磨も見た事がある。あれを見た時、自分も父の凄さに感動したのを覚えている。父があの槍を好んで使っていたのも。
そして、この先行う一つ目退治に、自分も同じ様な怪異を呼ぶだろうと。
夕餉も終わり、清磨達三人は、広い客間に案内された。そこには適度な間隔で、小奇麗な布団が敷いてあった。
彦一、彦二の二人は直ぐに寝息をたてたが、清磨は夕餉の席で聞いた由一の話を思い出していた。
由一とは何度か一緒に、怪異退治をしたことがある。由一の槍さばきは見事なもので、自分は到底及ばないと感じていた。
そして、その時の怪異の核を使って作り上げたであろう、渦潮と名をつけた槍を作っていたのを知っている。
その槍は炎を纏う槍と共に、由一のお気に入りだった。
そして、ふとした時に感じた、豊丸の妹である千歳の視線を思い出した。まだ幼さの残るその瞳からは、何とも言えぬくすぐったいような熱を感じた。
翌朝、討伐隊は潮自慢の船で船盛家へ向かった。
夕方に到着した船盛家で一夜を過ごし、ここ最近に、他所の網元の船が一つ目の被害を受け、二人が行方知れずになってしまった話を聞かされた。
頼尚は何時もと余り変わらぬ様子だったが、頼継が酷く元気が無かった。完全に怪異に当てられた者の症状だった。
潮は嫁に来ている、かをるが不憫だった。頼継があのような状態であったら、いくら根の明るいかをるであっても滅入ってしまうだろうと心配だった。
豊丸は持ち前の明るさで、かをるを笑顔にさせたが、その笑顔が心の底からのものでは無い事を知っていた。
清磨は船盛家全体が、すっかり怪異に吞まれてしまっている様な印象を受けた。船盛の屈強な海の男達が、ここまで意気消沈しているとは想像以上だった。
それ程の怪異をこれから相手にすると思うと、自然と身が引き締まった。
その翌朝、案内役の船盛の漁夫一人を加えた討伐隊は、汐海家自慢の船で、遭遇海域へと向かった。
その日の潮回りは大潮だった。最も潮が速く、漁にも釣りにも最適とされている潮の動きだった。当然、魚達の動きも活発になる。
だとしたら、一つ目も活発に成るのではないか。
これは、頼尚も頼継も潮も豊丸も他の漁夫達も同じ意見だった。
作戦はこうだった。
撒餌をして魚を寄せる。そこに網を入れて、魚を網へ入れる。その網の魚を何処かで見ている一つ目に襲わせる。
一つ目が網を襲い始めたら、網を放棄して、故意に船を走らせ一つ目に追わせる。網の魚を喰い尽くした一つ目が、船を追うのを確認したら船の動きを止める。
一つ目が船の周りを回り始める。その時に一斉に攻撃を始める。頃合いを見て、清磨がとどめを刺す。
大まかな流れは、こんな感じだった。
清磨は寄せる怪異をまだ、決められないでいた。それは、実際に一つ目を見ていないからだった。その動きも容姿も、話では聞いていても、見ていなければ判断がつきかねるのは、当たり前の事だった。
由一の話を聞いた時には、自分も炎に関係する怪異が良いかと考えていた。しかし、一つ目は動きが速いと聞く。そうなると、炎で果たして良いのだろうかと疑問が湧いた。
そうこうしているうちに、魚の群れを発見し、船を止め漁を開始した。
撒餌をすると、魚の群れが面白い様に網に入る。直ぐに網は魚で満たされた。それを直ぐには引き上げない。
魚の動きを頼りにして、一つ目は近付いて来る筈だから。
この日のこの海域には、強めのうねりが入っていた。船も網も大きな振り幅で揺れた。船に弱い人間ならば、ひとたまりもなく胃の中の物を吐き出してしまうだろう。
清磨は浜育ちで小さい頃から船には乗っていたので、その点は心配なかった。
この、うねりの強い現場を見て、清磨の迷いが消えた。
暫くすると、大きく黒い影が海底から浮いてきた。船上の全員に緊張が走った。
潮は操舵に注意をはらい、豊丸は銛を手に取った。彦一、彦二兄弟は、投鉄を両の手に持った。他の漁夫達は、何時でもどんな動きにでも対応出来る様、櫓に手をかけている。
清磨は、槍の石突を甲板に着けて立て、右手を軽く添えているだけで、とくに特別な構えをしてはいなかった。
しかし内面では、怪異を呼ぶための気を練り上げていた。
一つ目が魚で満たされている網を引きずり込んだ。ぐらりと船が大きく揺れた。軽く網の端を船尾に留めていただけだったので、容易く海中に引きずり込まれていった。
それを合図に、漁夫達が一斉に櫓を全力で漕ぎだした。
一つ目に一度船を追わせ、距離を計りながら船を止める。一つ目が船の周りを回り出す。その時が攻撃開始の合図となる。そういう手筈だった。
だが……。
一つ目は追って来なかった。
網を海中に引きずり込んだまま、その後姿を現さなかったのだ。
皆が訝しむ中、清磨は一つ目の気を察していた。
「彼奴、我らの企みを見抜いていたな」
清磨が言うと、豊丸が言った。
「化け物に、そんな知恵があるものなのか?」
「ある。彼奴らは、人々が思っている程、馬鹿では無い」
清磨が答えた。
「そしてな、彼奴らにもちゃんと心があるんだよ」
豊丸は不思議な表情で清磨を見た。
清磨には一つ目が海底から自分達の様子を窺っている姿が見えた。
その大きな目で、船底を通して自分達の姿を捉えているようだった。
「此奴、狙っているぞ……」
清磨が呟く様に言った。
全員が気を海底に凝らした。
暫くの間、互いに緊張した状態が続いたが、やがて一つ目の気配は消えた。
一つ目は船上の殺気に敏感に反応した様だった。かなり敏感な怪異だった。
その後、日没を迎える頃まで待ってみたが、一つ目は現れなかった。
結局、討伐隊一行は船盛家に戻り、作戦を練り直す事になった。
清磨は一つ目が、自分を討伐しに来た事を敏感に察知していたと確信していた。恐らく今日の作戦は、もう二度と通じないだろう。
それ程敏感な奴なら、今日の船も使う事は出来ないだろう。
そう考えていた。
車座になって、頼尚、頼継、潮、豊丸、彦一、彦二が色々と策を話し合っていた。
清磨一人はその輪の中で話に加わらず、無言のまま、一人あれこれと思考を繰り返していた。
自分の殺気を清磨なら消す事ができた。それと同じ事を、この中の者の何人が出来るのか?
自分の殺気を隠せない者は、今回の討伐から外さなければならない。
船を代え、殺気を隠せる者のみで、今日と同じ作戦を実行してみる。
それが、今考えられる最良なのではないか?
清磨はそう考え、皆に告げた。
一つ目が何処に居るか判っていない以上、誘き寄せる他はないのだから。
結局、完全に殺気を消す事が出来たのは、清磨のみ。
彦一、彦二は、投擲武器を得物として退魔を良くこなす為、気配を殺して仕事をする事も多かった。その為、清磨程完全ではないが、気付かれない程度には隠す事が出来た。
その後、色々と議論を交わし、作戦は一応決まった。
作戦としてはこうだった。
船盛の船を使い、何時もの様に漁をする。漁夫も船盛の漁夫、操船は潮。
そしてもう一艘、小型で小回りの利く船に浜守の討伐隊三名と、操舵に豊丸。そして漕ぎ手が二名。
漁をする船には、一切の武器を積み込まない。それなら、殺気も最小限に止まるだろう。
結局、殺意が殺気になって一つ目に届いてしまう訳だろうから。
なので、豊丸にも他の漕ぎ手にも、一切得物は持たせない。
攻撃を加えるのは、浜守の三名のみ。
この作戦を明朝行う事となった。
その日の潮回りも大潮。うねりは昨日ほどではなかったが、普段よりはあった。
清磨達討伐隊の船は、丁度網とは反対に位置する場所に止まっていた。実際に網も漁の光景も見えてはいないが、清磨が一つ目を感じ取れるので、全く問題はなかった。
漁は順調に進み、網には大量の魚が入った。
網に魚の群れを入れたまま、一つ目が襲ってくるのを待つ。この時間が、最も周囲が緊張する場面でもあった。
皆、息を殺して、辺りの気配を感じ取ろうとしていた。
漕ぎ手は、何時でも船を動かせる様に配置についている。潮も豊丸も舵を握っていた。
暫くして、網が海底に引き込まれた。清磨が一つ目が来た事を告げた。
漁を行った船の方は、網が引きずり込まれたのを合図に、船を全速力で移動させた。討伐隊の小型船は、その横波を巧みにかわしながら、その場に止まっていた。
動かないもの、強い気を発しないものには反応しないと、一つ目の行動を清磨はそう踏んでいた。
一つ目は、清磨の予想通りの行動をとった。
網の魚を喰い尽くすと、逃げる様に移動している潮の操舵する船を追った。
その一つ目を、清磨達討伐隊の小型船が追った。
一つ目をひきつける事に成功した船盛の船は、十分に引き付けてから停止した。
今度は、一つ目が浮上して、その船の周りを回り始めた。大きな目が確認できる。
討伐隊の小舟は、一つ目に投擲武器が届く距離に近付くと、進路を一つ目に対して並行するように変えた。
一つ目の移動速度は速かった。とても手漕ぎの船で並んで進み続けられる速さでは無かった。
なので、戻って来る所を待ち、攻撃する格好になった。
清磨が実際に目にした一つ目は、正しく異形の物だった。
黒い大岩の様な身体に、びっしりと海蛇の様な触手が全身に生えている。それを使って巧みに泳いでいた。
頭なのか腹なのか背なのかは判らないが、兎に角身体の中央に大きな目が付いていて、時折瞬きをしながら、ぐるぐる動かし、辺りを見ている様だった。
身体全体は、黒い斑の様な色に見えた。その他、手足は確認できなかった。
清磨の見た方向からは、口らしきものは見えなかった。
清磨は目の裏側に口があるのではないか。その口を海底に向けて泳いでいるのではないかと想像していた。
清磨達の船は、潮達の船の後方に止まった。
一つ目が潮達の船を右回りに回って行った。
清磨と彦一、彦二は、殺気を殺して待つ。
一つ目が潮達の船の舳先を回り、こちらに向かって来た。
豊丸と漕ぎ手の漁夫達は、何時でも動き出せるように身構えている。
そして彦一、彦二の射程に入ると、二人は一斉に投鉄をその大きな目に向かって投げつけた。
一つ目は瞼を閉じたまま、清磨達の方へ進路を変え、速度を落とさず進んで来た。
一つ目との距離が詰まると、彦一、彦二は銛を手にし、それを閉じている目に向かって投じた。
清磨はまだ動かない。
投じた破魔の気が込められた銛は、その頑丈な瞼に阻まれ、目を貫くどころか、瞼に傷を負わせる事すら出来なかった。
このままでは一つ目が船に衝突すると思われた。
「清磨!まだ動かぬのかっ!」
堪らず豊丸が叫んだ時、無表情に目の前の光景に目をやっていた清磨が、右手に軽く持っていた槍の穂先を一つ目に向けた。
そして、右足を前に出し、前後に両足を踏ん張る様に開くや否や、持っていた槍の穂先から禍々しい姿の、蛸の脚とも、イソギンチャクの触手とも、クラゲの脚ともつかぬ様なうねうねした腕であろうモノが無数に伸びて、一つ目に絡みついた。
絡みついた途端、それらの腕は、大人の男の胴程の太さに膨らみたわんだ。
小型船が大きく揺れた。
しかし、清磨も彦一、彦二もそこに立っていた。
勿論、豊丸も。
「舳先を奴に向けろ!」
豊丸が舵を切りながら漕ぎ手に叫ぶ。
一つ目の動きが止まった。
清磨の槍から発せられた無数の禍々しい腕が、一つ目の動きを抑え込んでいた。
大きく一つ目は目を見開き、清磨を見た。
一瞬、清磨の表情が強張った。
「此奴、金縛りを使うぞ。奴の目を見るな!」
清磨が珍しく大声で言った。
清磨は一つ目の金縛りを跳ね返す事が出来たが、漕ぎ手と豊丸がやられた。
彦一が豊丸に変わって舵を握り、彦二が一人の漕ぎ手を退けて、櫂を漕いだ。
清磨は一つ目と対峙している。
一つ目は清磨の槍から伸びている、無数の腕から逃れようと暴れるが、それを清磨が抑え込んでいる。
振り切ろうと一つ目が潜った。
清磨が海中に引きずり込まれた。
このまま深場に潜られては、逃してしまう。
すると、清磨の槍の穂先から出ている無数の腕が瞬時に縮み、清磨が一つ目の目の上へ乗った。
一つ目が瞼を閉じて、清磨が直接眼球に乗るのを防いだ。
清磨は瞼に取り付くと、禍々しい腕で一つ目の身体を拘束したまま、槍を突き立てた。
彦一達の破魔の気が乗った銛を跳ね返した頑丈な瞼に、清磨の槍はまるで豆腐に楊枝を突き立てる様な容易さで潜り込んだ。
一つ目がめちゃくちゃに暴れ出した。
清磨は潜り込ませた槍を、まず瞳を縦に割る様に動かし、続いて横に走らせた。
十文字に瞳が割れた。
一つ目が暴れながら沈んで行く。
清磨は穂先から出ていた無数の禍々しい腕を一つ目から離し、それで今度は戻るべき船を掴み浮上して行った。
海面に戻りながら一つ目を凝視していた。
一つ目は出鱈目に暴れながら沈んでいき、突然動きを止めて潮に流されるまま海中に消えた。
船に戻った清磨は、彦一、彦二に麻痺を解かれた豊丸に、一つ目を退治したであろう事を告げた。
豊丸はすぐさま合図に使う火矢を三本放った。
離れた船盛の船から、歓声が上がったのを、清磨達は耳にした。
船盛の屋敷に戻ったその晩は、宴となった。
浜の者は皆喜び、船盛の屋敷を取り囲んで酒盛りが始まった。
頼尚、頼継にも笑顔が戻り、元気を取り戻したかをるの姿を見て、潮は目を赤くした。
豊丸は清磨に惚れこんでしまった。
実際に、浜守の退魔師の仕事を初めて目の当たりにしたのもあるが、この討伐で見せた清磨の鬼寄せに度肝を抜かれ、男として惚れこんでしまったのだった。
彦一、彦二も鬼寄せを見るのは初めてだった。
両者は同じ退魔師として、清磨の計り知れない才能とその技に畏怖し、そして同一族として誇りに思った。
宴では潮の船に乗っていた平六が、酒を片手に、一つ目との戦いを身振り手振りを交えながら語っていた。
時に声を張り上げ、時に声を潜め、その有様は、まるで芝居を見ているが如くであった。
まるで清磨と一つ目の戦いの一部始終を、間近で見ていたかの様に語っていた。
宴に集まったほぼ全員は、その大袈裟とも思える話を、身を乗り出し固唾をのんで聞いていた。
清磨はというと、自分の戦いが大袈裟に語られていることを気にしている余裕などなかった。
それは、隣に座った豊丸の熱が、それ以上に凄まじかったのである。
豊丸と漕ぎ手の二人は、一つ目の気に当てられて体の自由が効かなくなっていた時、意識ははっきりしていた。視覚、聴覚も正常だった。
なので、平六以上に詳しく清磨の戦いを見ていた。
清磨の周りには、一緒の船に乗っていた者の他、頼尚、頼尚の妻の於佐、頼継、かをる、潮がいた。
こちらはこちらで、豊丸と漕ぎ手の二人が、清磨の鬼寄せの技の凄さをこれでもかと言わんばかりに、語って聞かせていた。
清磨は何時もなら辟易するところだったが、その晩はそうは成らなかった。
豊丸は気持ちの良い男で嫌味が無かった。清磨は豊丸を気に入っていた。
そして、旨い酒と料理を頬張りながら、何故か一つ目の最後の姿が頭に浮かんで、直ぐに消えた。
その翌日、豊丸がどうしても自宅に数日間泊まり、疲れを癒して行けと清磨達を説得した。
特に急ぎの仕事も無かった清磨達は、その言葉に甘え、汐海家に二泊していくことになった。
これには潮も大賛成だった。
汐海の浜へ戻ると、一行は手厚い歓迎を受けた。
何せ、この一帯の漁師たちを困らせていた怪物を退治したのだから。
豊丸をはじめ、潮や家族の者達も清磨達をすっかり気に入り、千歳もまた、清磨に好感を抱いていた。
二泊した後、清磨達は浜守へ帰ることになった。
汐海の者達に見送られ、一行は浜を後にした。
浜守の浜へ着いたのは、翌日の夕方だった。




