第二十二話 ある村の言い伝え(三)
物見の札は、行者が見たいと思った時の光景を、頭の中に映してくれる。
とても便利な業だったが、大きな欠点があった。
それは、札を通して物を見るには、深い眠りに就く必要がある点だった。
その事を村の女達に話すと、快く塒を差し出してくれた。
行者はそれから暫くの間、昼夜問わず深い眠りに就いた。
物見の札を通し、そこに映る光景を具に観察した。
牢屋の中の怪異は、とても大人しくあまり動く事も無かった。
時折体勢を少し変えるくらいで、声を発する事も無かった。
暫くすると、妖の女が赤ん坊を抱いて現れた。
赤ん坊は顔が皺だらけで、赤みを帯びていた。
恐らく産まれたばかりだろう。
目を閉じ、妖の女の肩に顔を預けて眠っている様だった。
妖の女はその小さな頭を優しく撫でながら、牢屋の扉の前まで進んで来た。
女の右側に朧な黒い大犬が、寄り添っていた。
太い丸太を格子状に組んで作られた牢屋は、丸太と丸太の間隔が広く、幼い子供なら簡単に通り抜けられそうだった。
妖の女は撫でていた小さな赤ん坊の頭に軽く唇を寄せた後、か細く白い両の腕で抱え、牢屋の丸太の隙間から怪異の近くへ無造作に放り投げた。
妖の女はあろうことか、微笑を浮かべていた。
赤ん坊の頭が地面にぶつかり、嫌な音を立てた。
細い首が、あり得ない角度に曲がっていた。
すると、牢の中の薄桃色の皮膚をした生き物がゆっくり動いて、鬼灯の萼の様な顔を赤ん坊に近付けた。
その萼の様な顔が、鬼灯の実が姿を現す時の様に、上下左右に大きくめくれた。
その中から、桃色で、表面に幾重もの襞が重なった筒状の器官が現れ、地面に転がっている赤ん坊を吞み込むと萼をゆっくり閉じた。
行者は、この惨たらしい光景に耐えられず、一度目を覚まし激しく嘔吐した。
口を水で漱ぎ、大きく息を吸った後、続きを見る為、また眠りに就いた。
妖の女が牢の中の生き物を、暫く観察している光景が続いた。
牢の中の怪異の、体中にある皴の間から、深い青色をした液体が滲み出てきた。
すると妖の女は、朧な黒い三頭の大犬達に白い大きな布を咥えさせ、滲み出て来た体液を拭き取らせた。
布が十分にその体液で満たされると、犬は女の所に戻り、布を渡す。
それを女は、表面に無数の細かな罅が入った、黒い陶器製の壺の上で絞った。
体液が、壺に溜まって行く。
高さ一尺程の、口が広い壺の半分位溜まると、体液は出終わった。
その壺を抱えた妖の女が、視界の外へ消えた。
この様にして、次の満月の夜が過ぎる迄、物見の札を通して様子を窺った。
それで分かった事は、赤子を怪異に与え、その後に分泌される深い青色の体液は、綺麗に集められるという事だった。
同じ怪異の体液でも、黄褐色のものは、集める時もあれば、垂れ流しで集めない時もある。
妖の女は満月の夜だけ、金色の繭の様な物の中に入り朝まで出てこない。
朧な黒い大犬は、二頭が常に妖の女に付き添い、一頭は少し離れた場所に居る様だった。
さて、これで何をどうするのか。
行者は、村の女達と話し合った。
女達の望みは、自分達の夫や息子の奪還だった。
それには、妖の女の存在が邪魔だった。
行者も妖の女を退治出来れば、全てが解決するであろうとは思っていた。
満月の夜にあの村へ忍び込み、あの朧な大犬達を何とか出来ればそれも可能かも知れない。
そう考えながら、妖の女を初めて遠くから見た時の事を思い出してみる。
無理だ。自分にあの女の退治は出来ない。
あれだけの妖気がある女が、どれだけの妖力を持っているのか想像はつく。
自分の力では、到底勝ち目はないだろう。
只、怪異を祓う事で、あの女の力を削ぐ事が出来るとしたら、話も変わってくる。
恐らく、赤子を喰わせ、怪異がその後に出した青い体液にこそ、何か大きな秘密がある様に思う。
よく考えてみると、あの村全体が、あの青い体液を怪異に出させる為のみに、存在しているのではないかと感じるからだ。
そう考えると、全ての辻褄も合う。
村人達が満月の夜、狂った様に交わりあうのが、怪異に喰わせる赤子を得る為と考えたらどうだろう。
恐らく何かの術を施され、満月というのが一つのきっかけに使われているだけなのだろう。
近隣の村から男だけを呼び寄せたのも、与えている赤子が男だけなのだと考えれば納得出来る。
あの青い体液から、大事な何かを妖の女が得ているのは、先ず間違いないのではないか。
行者はそう考えた。
そして、自分なりの結論を、女達に話した。
妖の女を、自分は倒せないという事実。
だが、怪異を異界へ送り返す事なら、出来る可能性があるという事。
怪異が妖の女にとって、非常に重要な存在で、恐らくあの女の力の根源だという仮説。
その後、行者と女達は長い時間話し合い、怪異を異界へ送り返す手立てを考えた。




