第二十一話 ある村の言い伝え(二)
行者は恐怖を覚えていた。
あれ程の妖気を放っている人間に、遭った事が無かった。
いや、あれ程強い妖気を、怪異でも放つものだろうか?
そんな事を考えながら、話を聞いた村へ向かった。
行者の心には、力になってやりたいという強い思いがある。
しかし、自分一人でそれを成す事が、どれ程の事なのかも想像がつく。
恐らく一人では無理であろう。
そして、もっと詳しくあの異常な村について、知る必要がある。
思案しながら村に着くと、話を聞いた女を探した。
女は直ぐに見つかり、見て来た事を話して聞かせた。
すると、周りから村の女達が集まって来て、話に加わった。
ここの女達は、ただ泣き寝入りしていた訳ではなく、これまであの村の事を調べていた。
それによると、村の裏山にある洞窟の中には大きな牢屋があり、その中に得体の知れない大きな生き物が入れられている事。
満月の夜になると、村人達が狂った様に交わり、その時は朧な大犬の姿が見えない事。
人ならざる美貌を持った女が現れるのは滅多になく、普段は洞窟の中に居る事。
ここ迄の話で考えられる事は、満月の夜なら村への侵入が可能なのではないかという事だった。
それに恐らく男達は、何かの薬の様なものを呑まされ、それによって正気を失い、あの村に留まっているのではないか。
もしかしたら、あの村に居た女達も、薬を呑まされているのかもしれない。
侵入するには、もう少し詳しく調べる必要があった。
そこで、次の満月の夜に、この村の数人の女達と共に、調べに向かう事になった。
主に調べる事は、満月の夜、あの尋常ならざる妖気を発していた女が何処で何をしているのか?
洞窟で牢に閉じ込められている生き物が、何故そうされているのか?
朧な大犬が何頭居て、満月の夜はどこで何をしているのか?
これらの事が掴めたなら、何か手立てが見つかるかも知れない。
行者には、札を使った業が幾つかあった。
一つは、『物見の札』を通して光景を見るという業だった。
物見の札に描かれた目が向いている方向の光景を、見る事が出来た。
又もう一つは、『退魔の札』を使って怪異を祓う事も出来た。
怪異に退魔の札を貼り、退魔の呪を唱え、怪異を異界へ送り返すのだった。
先ずは物見の札を貼り、それで様子を探る事にした。
手筈としてはこうだった。
次の満月の夜に、女数人が先に村へ侵入。
朧な大犬や、見張りが居ないか確認。
居なければ行者が入り、洞窟へ侵入。
洞窟内に物見の札を貼り撤収。
物見の札を通して、次の満月を過ぎる頃まで様子を見張る。
そして、次の満月の夜になった。
煌々と満月の明かりが辺りを照らす中、行者は女五人とその村に近付いた。
村に侵入するのは、拍子抜けする程容易だった。
それは、村の中に朧な大犬も見張りも居なかったからだった。
只々その村では、村人達が所かまわず交わっていた。
それは常軌を逸した光景だった。
男も女も異性を見れば、行為をしようと迫っていく。
行為が終われば、又相手を変え交わる。
それが延々と繰り返されていた。
行者達は、正気を失って獣の様に行為を続ける村人達に気付かれぬ様、物陰に隠れながら進んだ。
洞窟に近付くにつれて、村人たちの淫声は遠のいた。
洞窟の入口が見えた。
そこにあの朧な大犬が一頭、丸くなっていた。
その大犬の注意を引く為、二人の女が行者達と別れ、別の方向から大犬に近付いた。
ある程度の距離に来た所で、二人の女は小石を大犬に向かって投げた。
その小石は、大犬の身体をすり抜け、地面に落ちた。
だが、大犬は気付いた。
大犬は石が飛んできた方向を向き、じっと見据えた。
二人の女は、わざと気付かれる様に大きく身体を動かしながら逃げた。
大犬がそれに気付き、追い始めた。
二人の女は途中で二手に別れ、喘ぎ声のする方向へ走って行った。
それを大犬が追った。
女二人の役目は成功だった。
二人の女は、行為をしている村人達に紛れながら、なんとか村の外に出て行く事が出来た。
その間に、行者と三人の女は先に進んだ。
陰に隠れながら、洞窟の中の様子を見る事が出来た。
そこからは、あの人とは思えぬ女の姿は見られず、朧な大犬の姿も見えない。
奥の方に巨大な牢屋と、中に大きな薄桃色の生き物が入っているのが見えた。
四人は注意深く近付いた。
ここで気付かれたら、元も子もない。
朧な大犬も、女の姿も見られない。
余程これまで、侵入する者が居なかったのだろう。
三人の女は洞窟の入口で辺りを警戒し、行者は牢屋迄近付き、物見の札を牢の柱の目立たぬ場所から外に向けて一枚貼った。
牢屋の中に居る生き物は、よく見ると毛のない巨大な皴だらけの鼠の様だった。
行者はこの洞窟に漂う甘い芳香に眩暈を感じ、直ぐに鼻と口を布で覆った。
正気を失いかけながら、気付けの丸薬を取り出し、口に入れて嚙み砕いた。
口の中に雷が落ちた様な衝撃が走り、遠のきかけた意識が戻った。
危なかった。
そこから更に洞窟の奥へ進んだ。
奥は左に曲がっていて、先が見えなかった。
慎重に進んで行くと、少し開けた空間が現れ、遠くに朧な大犬が二頭丸くなって寝ているのが見えた。
大犬達は時折顔を上げて、異常が無ければ又休んだ。
そして、二頭に挟まれる様に、金色に輝く、人一人が入れるほどの大きさの繭の様なものが見えた。
その方向に向け、洞窟の壁面の目立たぬ所に物見の札を貼り、静かに戻った。
行者達は元の村へ、無事に戻る事が出来た。




