第十七話 ぬくもり
汐海家の屋敷の庭には、枝が大きく広がり、幹が節くれて太い桜の木が一本あった。
樹齢は二百年を優に超えているという。
その根も、枝に負けないぐらい、うねりながら地面に広がっていた。
四月上旬。
その木が今年も、淡い桜色の花を咲かせ始めた。
過ごしやすい季節になった。
暖かくなると、怪我の治りも早まるものだと、医者が話していた通り、清磨の傷も季節が暖かくなるに連れ、どんどん快方に向かった。
この頃になると高鉄は、隻腕とは思えぬほどの鍛冶仕事ぶりを見せていたが、まだ刀を打ってはいなかった。
清磨はここに来てから、鍛冶場に一度も入っていない。
しかし、この日は鍛冶場に入り、汗を流して作業をしている高鉄の傍に立った。
高鉄は手を止め、清磨の顔を見た。
「清磨、儂の刀を打ちたいんじゃが、手伝ってくれぬか?」
「いいよ」
見合わせた二人の口元には、笑みが浮かんでいた。
その日から二人は、鍛冶場に殆ど籠りっきりになった。
汐海家の者達は、それを見て歓喜した。
潮やなみは勿論の事、豊丸とさきまでも涙を流して喜んだ。
千歳は皆の前では決して涙を見せなかった。
しかし、庭の桜の太い幹に額を押し当て、一人声を上げて泣いた。
千歳の気持ちは複雑だった。
清磨が元気になった喜びと、里に戻る日が近付いていく寂しさが、入り混じった涙だった。
高鉄の小刀が完成したのは、作り始めてから、ひと月を数日過ぎた頃だった。
刃長一尺一寸五分(約35㎝)、柄五寸(約15㎝)、全長一尺六寸五分(約50㎝)、身幅一寸五分(4.5㎝)、棟厚三分(約9㎜)、大太刀を無理やり縮めたような刀。
二重の湾れ刃文は、緩やかな波を思わせた。
派手さはなく、落ち着きと強さが感じられる。
なんとも、高鉄に似つかわしい姿となった。
切先寄りの背側に、鋸目模様で黒錆色をした印が短く刻まれていた。
その小刀を、朴の木を削って作った簡素な鞘に納めた。
高鉄は『朧』と名をつけ、暇さえあれば腰に差し、抜く、振る、納めるの動作を幾度も繰り返していた。
初めはぎこちなかった所作も、十日もすると流れるような動きとなった。
そんな頃、清磨が高鉄に手伝いを頼んだ。
「お爺、俺の仕事も手伝ってくれるかい?」
「おう。幾らでも」
朧完成後、ひと月と経たないうちに、二人は鍛冶場で作業を始めた。
それから約ひと月の間、飯と厠と寝る時以外は鍛冶場で作業に勤しんだ。
そして一本の小刀を清磨は打った。
刃長七寸(約21㎝)、柄四寸(約12㎝)、全長一尺一寸(約33㎝)、身幅七分(約2.1㎝)、棟厚二分(約6㎜)、細かな波を連想させる刃文は、陽光に照らされた波しぶきを思わせた。
黒漆の簡素な拵に、小さな鉄鍔。
切先付近の背側には、波型で短い黒錆色の印が刻まれていた。
これは正しく、鬼寄せが施されているのを意味した。
この小刀を目にした高鉄は、目を細めながら言った。
「千歳殿に似合いそうじゃな。うん、千歳と名をつけるかのう」
そう言って、勝手に千歳と彫ってしまった。
それを清磨は止めるでもなく、眺めていた。
その後も二人は鍛冶仕事に勤しみ、刀二振り、小刀二振りを打った。
四本を打ち終えた頃には、盆がとっくに過ぎていた。
そして二人は、本格的な冬を迎える前に、浜守の里に戻ると潮に話した。
潮はいつまでも居てくれて良いと言ってくれたが、そう世話になってはいられない。
自分達が長居をすればするほど、この家の者達に危険が迫るのだから。
今にも景雅等が嗅ぎつけて、襲って来たとしても不思議は無いのだから。
九月半ば、清磨達が里に戻る前の晩、二人は汐海家の者達に、打った刀を感謝の気持ちとともに渡した。
潮と豊丸には高鉄が打った刀を。
なみとさきには清磨が打った小刀を。
そして千歳には、清磨が打った鬼寄せの小刀『千歳』を。
その晩は、汐海家の者達だけで、小さな宴を開いた。
翌朝、清磨がまとめた荷を馬に乗せていると、千歳が二人分の握り飯を渡しに来た。
「はい、これ。お腹がすいたら食べてね」
硬く微笑んだ千歳が、なんとも健気に見えた。
「ありがとう。多分、すぐに喰ってしまうよ。千歳ちゃんの飯は旨いからな」
清磨はそう言って微笑んで受け取った。
千歳も微笑んだが、ぽろぽろと涙が溢れて止まらなくなった。
千歳が顔を両手で覆い、下を向き泣き声を押し殺した。
清磨は溜まらず抱き寄せてしまった。
千歳は驚きはしたが、そのまま清磨の胸で泣いた。




