第十五話 兆し
清磨と高鉄はその年、汐海家の慌ただしい年末を共に過ごした。
身体が動くようになった高鉄は、少しでも汐海家の役に立とうと鍛冶場を借りて、漁で使う傷んだ刃物等の修繕を始めた。
だが、隻腕での鍛冶仕事は思うように行かない事も多かった。
それでも身体をうまく使い、道具を工夫しながら仕事をこなしていた。
そうしながら高鉄は、まだ終わる訳にはいかないと思っていた。
景雅と賊達に、自分と清磨が何故狙われたのかは分からない。
しかし、これで終わったとは思えなかった。
ならば、自分の役目も終われない。
それは、清磨を守り抜く事だ。
今の清磨が奴らと対峙したら、勝ち目はないだろう。
清磨の事だから、鬼を寄せ、最後の最後まで戦うであろうが、万に一つも勝てる見込みはない。
高鉄は清磨を守れるのなら、自分の首くらいくれてやっても惜しくはないと本気で思っていた。
そしてその為にも、片腕になったからといって、刀を置く訳にはいかなかった。
片腕で扱える、神斬高鉄に負けないような一振りを打つ。
その為には、いつまでも怪我人でいる訳にはいかなかった。
清磨の体調は日を追うごとに良くなっていた。
やっと一人で厠へ行けるようになったのが、清磨にとってはこの上なく嬉しかった。
最近では普段と変わらないものを食べられるようになり、喰う量も増えた。
汐海家の飯は旨かった。
海産物中心の料理はどれも新鮮で、清磨の好みによくあった。
自分の体調が日に日に良くなっているのは、汐海の人達のお陰だと、清磨は心から感謝していた。
師走とあって、献上品や贈答用の海産物の加工から、庶民の食卓に上る干物、年越しの支度まで、汐海家の人達は座る暇もない程忙しく働いていた。
そんな時でも、この家の人達は、清磨の事を気にかけてくれた。
特に、さき、豊丸、千歳は暇があれば様子を見に来たり、飯を運んできてくれたり、干物の余り物を肴に今日あった出来事なんかを話に来てくれる。その気遣いが心にしみた。
そして、最近は千歳が随分と色んな話をしてくれるようになった。
飯を運んでくるのも、殆どが千歳だった。
千歳の話は、他愛のない日常の話が殆どで、それを時に楽しそうに、時に腹を立てながら、感情豊かに話した。
清磨は、いつもきらきらしている千歳の目をじっと見てしまう。
その瞳はどこか、幼い頃の友、ウミボウズの瞳と似た輝きをしていた。
澱みも濁りも無いその瞳は、持ち主の心を映しているように感じた。
千歳に感じる感謝の気持ちは、いつしか愛情に変わりつつあった。
そして、千歳の為に一振りの小刀を打ちたくなった。
一方、千歳はあれ程話したくても話せなかった清磨に、今では何でも話している自分に気が付いて一人で小さく笑う事があった。
清磨の容態が峠を越え、静かに寝ている時から、千歳は囁くように話しかけて来た。
そのせいか回復した清磨にも、自然と言葉を掛ける事が出来た。
清磨は殆ど相槌を打っているだけだったが、それで良かった。
目を見て、頷きながら話を聞いてくれた。
どんな話でもだった。さきとちょっとした事で喧嘩した話。豊丸が変な事をして可笑しかった話。干物を間違って包んで、母がやり直してくれた話等々。
いつしか一番なんでも話をする相手になっていた。
不謹慎ではあるが、怪我が治らず、清磨がこのまま家に居続けてくれればいいとさえ思った。
そして、年が明けた。
清磨は何とか一人でも、外へ出られるようになっていた。
ゆっくりではあるが、足取りに不安は感じられなかった。
清磨はそっと、鍛冶場を覗いた。
そこでは高鉄が、鍛冶仕事に精を出していた。
清磨は声を掛けずに暫く見つめ、また歩き出した。
そして、海が見える場所に来た。
そこには大時化で流れ着いたのか、一本の大きな木が横たわっていた。
そこに腰を掛けた。
清磨が歩けるようになり、海が見たいと言った時、千歳が連れて来てくれた場所だった。
その日から、よくここに来て、海を眺めるようになった。
今日の海は、少し荒れていた。曇り空で、風が冷たい。
清磨も小さい頃から親しんで来た海だった。
ぼんやり見つめながら、物思いにふけった。
最近、同じ夢をよく見た。
それは、ウミボウズと遊んでいる夢だった。
小さい頃に遊んだウミボウズは、昔のままの姿をしているのに、自分は大人になっていた。
けれど、昔と同じようにウミボウズと遊んでいる自分がいた。
楽しかった。
懐かしくもあった。
ひとしきり遊ぶと、ウミボウズは突然遊ぶのを止め、こう言った。
「キヨマ、ボクヲ、ツカッテ…ボクハ、キミヲ、マモリタイ…」
そして、ウミボウズは微笑んで消えた。
清磨の頬を涙が伝った。




